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「お見合いの協力…ですか…?」 「…ええ。ご協力願いたいのですよ。あなたにしか頼めないですから」 公瑾はうっすらと笑みを浮かべながら、花に協力を依頼する。 協力をしても構わないっ言えば、構わないのではあるが。 「…何をすれば良いのでしょうか?」 花は半ば困惑気味に公瑾に訊いてみた。 「あなたには、見合いを持ち掛ける相手への立ち居振る舞いに気遣って頂き、そして美しさを研いて頂きたい。誰もが思うような理想的な婚約者を演じて頂きたいのです」 公瑾は仕事を依頼するかのように、淡々と話をしている。 「やって頂けますか? 花。理由が理由なだけに、あなたにしか頼むことが出来ませんから…」 こんな風に言われると、断ることが出来る筈がないではないか。 選択肢を考えることすら出来ない。 「…解りました。出来る限りのことはさせて頂きます」 ほんのりと緊張した花とは裏腹に、公瑾はあくまで柔らかい淡々とした表情だ。 「余りお時間はございませんから、あなたが理想的な婚約者に短い時間で仕立てなければならないところが大変だとは思いますが、宜しくお願いします」 「はい」 かなり大変なことを引き受けてしまったと思いながらも、花はやるしかないと思った。 他の女性には明らかに渡したくはない役割だ。 「花、早速ですが、あなたにはかなり頑張って頂きますから、覚悟しておいて下さい」 「はあ…」 公瑾が言う以上は、かなりハードなのは間違いないだろう。 花は公瑾の恋人として、やらなければならないことだと理解するしかなかった。 公瑾の依頼を受けてからというもの、まるで花嫁修行のようだった。 立ち居振る舞いは勿論のことだが、作法や、美しさを保つ方法、そしてこちらの茶道から琴、舞いまでもを、一気に学んでゆく。 花は、公瑾の仕事を手伝う暇すらも与えられない程だった。 「これでは、なかなか公瑾さんの仕事をお手伝いすることが難しいですね…」 花が苦笑いを浮かべながら言うと、公瑾は落ち着いた笑みで首を横に振った。 「あなたは充分に私に貢献して下さっているのですよ。だから心配なさらないで下さい」 「はい、有り難うございます」 花は、くたくたになりながらも、このままで良いと思うと、少しだけだがホッとした。 「あなたがどれぐらい理想的な婚約者に見えるのかを、一度、見ておかなければならないですね」 くたくたになるまでの勉強成果を試される。 花は思わずビクリとしてしまう。 くたくたになるまで頑張ってはいるが、なかなか形になっていないのも事実だ。 しかも、教えてくれる誰もがかなり厳しくて、花はついてゆくのに精一杯なのだ。 「そうてすか…」 花が明らかに自信なく言うと、公瑾はいつものように美しい眉を上げた。 「自信がないようですが、それはどういうことなのでしょうか? あなたが短時間でも習得が出来るようにと、最高の者を雇って、こんなにも気遣っているというのに」 公瑾は呆れるように言うと、苛立ち混じりの溜め息を吐いた。 「くたくたになるまで頑張っているのですが…」 「だったらそれなりに成果は上がっているはずでしょう」 それは公瑾レベルならばだと花は内心思いながら、恨めしい気分で見つめた。 「では、私にお茶でも淹れて頂きましょうか?」 「はい」 お茶を淹れるのは好きだ。作法を学んだ時も、最もスムーズに出来たものなのだ。 「解りました」 花は頷くと、公瑾の為に、きちんとした作法でお茶を淹れる。 公瑾はそれを厳しい目で見つめていた。 「…確かに…。あなたは上手く淹れることが出来るようになりましたね」 お茶は認められて、花は半分ホッとしていた。 だが、その後の琴は、たどたどしい琴このうえなかった。 聴くのにも堪えられないからか、途中で公瑾の眉間には深々とした皺が刻まれていた。 その後の立ち居振る舞い等も全く出来ておらず、公瑾の苛立ちは頂点に立っているようだった。 「…酷いものですね」 「ごめんなさい…」 「あなたは何を勉強されていたのですか…」 公瑾は相変わらず冷たい物言いだ。 今出来る限りの精一杯のことがこれなのだ。 なのにそれを認めてはくれないなんて、酷過ぎる。 花は唇を噛み締めると、力強い目で、公瑾を見た。 「…これが今の私が出来る精一杯ですから!」 花はキッパリと宣言すると、公瑾の部屋から出る。 一生懸命頑張っても認めてはくれないなんて、酷過ぎる。 だが、公瑾の前では泣きたくはなくて、花は背筋を伸ばして自室へと歩いていった。 翌日も勉強があり、花は取りあえずは行くことにした。 何かの勉強になるのは間違いない。 自分なりに頑張るしかないのだ。 花は取りあえずは、勉強に集中することにした。 勉強が終わって、自室に戻ろうとすると、公瑾が待っていた。 「花、直ぐに支度をして下さい。今夜は宴がありますから、あなたも一緒に出て頂きます」 花は答えない。 昨日の今日だから行く気になれないのが本音だ。 「…行かなければならないですか…」 花がちらりと牽制するように公瑾を見つめると、いきなり手首を掴まれてしまった。 「いいから来て下さい」 苛つくように言われた後、公瑾は花を連れてそのまま廻廊へと向かう。 「離して下さい」 「離しません」 公瑾はキッパリと言うと、花の手首を掴む力を更に強くする。 「…離しません…あなたを…私は…」 公瑾は何処か切なさを滲ませた声で言うと、更に歩みを早める。 そのまま花を房へと連れていった。 「花、ここで綺麗にして貰って下さい。着物は用意していますから」 公瑾が言うなり、女官がやってくる。ここまでされると、花も黙っているしかない。 「は、はい」 花が返事をすると、女官たちは手ぐすねを引いて待っていた。 「さあ、花殿、美しくなりましょうね」 「は、はいっ」 言われた以上、花はやるしかないと思い、女官にお任せすることにした。 先ずは手早く美しく髪を結い上げられる。 いつもなら髪を緩やかにひとつにしているだけだが、今日は華やかに結い上げて貰える。 それが花には嬉しかった。 いつもなら全くしない化粧も、丁寧にして貰える。 何だかうきうきするシチュエーションだ。 花はこうしと美しくして貰えるのを感謝しながら、女官に総てをお任せをした。 「これでお仕上げに、着物を着るだけですよ」 女官が丁寧に持ってきてくれた漢服は、目に鮮やかな美しさを持っていた。 薄いブルーがとても清楚で麗しい。 公瑾の色だ。 花は、その美しさに、ついうっとりと見つめてしまった。 「本当に綺麗ですね、この服」 「そうですね。都督がお選びになったものなんですのよ」 「公瑾さんが…」 花は、公瑾の選んでくれた美しい着物に、ついうっとりと見つめてしまっていた。 「…本当に綺麗です…」 愛しくてつい漢服を撫でてしまう。 「ではおめしかえをして頂きましょうか」 女官もまた幸せそうな笑みを浮かべると、花の着替えを手伝ってくれた。 女官が手伝ってくれると美しい仕上がりになる。 「これで完成ですよ」 女官は嬉しそうに言うと、花の姿を珍しい鏡に映してくれた。 「まあ、なんて美しいのでしょうか」 女官は感嘆の声を上げてくれる。 それがまた花には嬉しかった。 公瑾がどう思うのかを想像するだけで、花はドキドキしながら房から出た。 |