3
花は華やいだ気分で、公瑾の前に立つ。 解ってはいる。 公瑾は花よりもずっと美しいひとの相手をしているから、綺麗だとは思ってはくれないのかもしれない。 だが、花は、少しで良いから、嫌いで良いから、「綺麗だ」と言って欲しかった。 公瑾は花の姿を見るなり、一瞬、驚いたように息を呑む。 だがそれは本当にほんの一瞬で、直ぐにいつも通りのクールな表情に変わった。 「花、まあ、まあですね。悪くないでしょう」 公瑾はいつものように何処かひねくれたような笑みを浮かべて、クールに言う。 素直に綺麗だと思われてはいないと思うのが、花には悔しかった。 「では行きましょう。あなたは私のそばにいれば良いのです」 公瑾はキッパリと言うと、まるで花を守るかのように先を歩いてゆく。 宴に通されて、花は公瑾の隣に座らされる。 何だか守られているような気がして安心するのと同時に、何処か緊張もしてしまう。 やがて宴が始まると、酌をする侍女たちがやってきた。 公瑾のところにも素晴らしくない美しい侍女がやってくる。 「公瑾様、どうぞ」 「有り難うございます。ですが、私は花に酌をして貰いますから結構ですから」 公瑾はあくまでクールに酌を断ると、花に杯を向ける。 「酒を淹れて頂けませんか?」 「あ、は、はいっ」 花はたどたどしい手つきで、杯に酒を注ぐ。 公瑾は静かに杯を煽るが、その姿は実に美しかった。 花はついうっとりと公瑾を眺めて、とても幸せな気分だった。 ずっと見つめていたいとすら思わずにはいられない。 「これは周都督…」 落ち着いた重厚な声が聞こえて顔を上げる。 するといかにも高官そうな中年の男と、美しい女性が立っている。 「娘が是非、周都督と話をしたいと連れて参りました」 高官はちらりと花を見る。 すると若干ではあるが怒ったような顔になっている。 こんなにも洗練されてはいない女が、こんなにも公瑾の近くにいるのが気に入らないのかもしれない。 花は心の中で溜め息をひとつだけ吐いた。 しょうがない。 これが自分なんだから。 飾りようがない花自身なのだから。 花はそう思いながら、背筋を伸ばした。 ふと公瑾の杯に酒が少なくなり、花はお茶を淹れるように丁寧に注いだ。 「有り難うございます」 公瑾は静かに言うと、花を見た。 公瑾の月の光のような瞳で見つめられると、花は胸が苦しくなる。 息苦しいといっても良い。 どうしてこんなにも切ないぐらいに美しい瞳で見つめてくるのだろうかと、花は思った。 綺麗だ。 だが、何処か満たされてはいない切なさがにじんでいる。 それがなくなれば、公瑾は幸せになれるなだろうか。 そんなことをついぼんやりと考えてしまう。 再び高官の出立ちをした男が現われやはり娘を連れている。 しかし目を見張る程の美しいひとだ。 花ですら思わず見入ってしまう。 「これは公瑾殿。本日は娘を連れて参りました。あなたと話がしたいと申しておりましてな」 「こんばんは周都督」 声までもとても愛らしい。 公瑾はこの女性をクールに見つめている。 だが少なくとも花に対してよりはかなり好意的にも見えた。 「…こんばんは」 「娘を隣によろしいですかな?」 男はちらりと花を見る。 花はこの場にいるのが息苦しくて、立ち上がろうとした。 「え…?」 いきなり公瑾に手首を掴まれて、花は驚いて公瑾を見た。 だが、公瑾はいつもどおりにクールでしらっとしている。 「…花…ここにいなさい」 公瑾は窘めるように言うと、花から手を離さない。 「申し訳ありませんが、私の隣は彼女が指定席なのです。どなたにもお座り頂くつもりはございませんので」 公瑾は淡々と凄いことを言っている。 花がいるから、手出し無用だと言っているのだ。 だが、あんなにも美しいひとを相手にして、役不足のような気分だ。 そんな花の気持ちを、公瑾は解ってくれているのだろうか。 「それは…既にこの方を妾だと決めているということですかな? 正妻がいなければ、意味はないでしょう」 花はあくまで妾なのだと、そんなことを平然と言われてしまう。 確かに花は公瑾の正妻になれる程の後ろ盾はないのだ。 妾扱いをされたのが、花にとってはショックだった。 ここにいたくない。 何だか無理をしていれば、気分が悪くなってしまう。 花はいたたまれなくなった時だった。 「彼女は妾ではありません。きちんと妻に迎えます」 公瑾はキッパリと言うと、男を見据える。 「生き難くなりますぞ」 「…それはいかがでしょうか…。彼女の後見人は劉玄徳殿と孫仲謀様ですから」 ふたりの君主の名前を出すと、男は驚き、頬をひくひくと震わせる。 「…そうですか…。ではまた」 男は娘を連れてまた誰かに取り入るようにキョロキョロしながら行ってしまう。 「…やれやれ…」 公瑾はうんざりとしたように溜め息を吐く。 こんなことばかりが何度も続くというのはかなり辛いことには違いない。 花は公瑾が、このようなことを頼んだ理由をようやく理解した。 これではかなり堪らない。 だが、うっとうしい相手を追い払うために、あのような出任せを言われても花としては辛いのだということを、公瑾はきっと微塵も解ってはいないと思う。 それが胸を苦しめる。 「…公瑾さん…、息苦しいので外に出ます」 花は静かに立ち上がると、宴から出てゆく。 このまま宴には戻らずに、室に帰ってしまったら良い。 そんなことを考えながら夜風を浴びていると、不意に抱き寄せられた。 「…え…?」 顔を上げると、そこには相変わらずクールなまなざしをした公瑾がいた。 「…花…、どうして私ひとりにするのですか?」 「…だって、公瑾さんならばおひとりで大丈夫だと思ったんです…」 「あんなに、娘ばかりを紹介されるのも本当にうんざりとしてしまいますよ。だからあなたをそばにおいていたのです」 「…私なら余り威力はないのではないですか? 私なんかがそばにいるよりも、一目で黙らせるような…んっ」 これ以上は花の言うことは聞いてはいられないとばかりに、公瑾は唇を深く塞いできた。 深く、深くくちづけられて、花はこれ以上は何も言えなくなってしまう。 立っていられなくて、花は躰を僅かに震わせた。 すると公瑾が腰を引き寄せて、抱き締めてくる。 何度も貪るようにくちづけられて、花はこの場にはいられなくなるぐらいに、感じていた。 頭がまだぼんやりとしている。 すると公瑾は、花を更に抱き締めてきた。 「…公瑾さん…」 「あなたを綺麗にして、虫除けになるだろうと思っていたのに、あなたを見つめる男達の視線に、私は堪えられなかったんです…。私の存在なんて、虫除けにもならないぐらいに…あなたは美しくも甘い蜜のように、私たち男を引き寄せるんですよ…」 「…そんなつもりは…」 本当にそんなつもりはないどころか、全く役に立っていないと思っていたというのに。 「…私こそ…少しも公瑾さんと釣り合ってはいないですし、…いくら勉強をしても女性としての嗜みを身に着けられなかった…。これが私なのだと、思ってはいてもやはり…」 花は息苦しくてどうして良いのかが解らない。 答をこうように、花は公瑾を見た。 すると、公瑾は煌めくようなまなざしを花に向けて、抱き締めてくる。 お互いの情熱を止められそうにはなかった。 |