前編
公瑾と婚儀も終えて、花は幸せな時間を過ごしている。 戦もなくなり、今は平和で安定しているといえる。 玄徳も今までよりもずっと重い職務を賜っているから、忙しさはかなりのものになってきている。 戦をしていた時よりも、ある意味忙しいのかもしれない。 だが政治的にはかなり安定をした、良い状態であるということが言えた。 そうなると浮上してくるのが、やはり跡継ぎのことだ。 政治的に安定し、結婚もし、重職にも就いた。 そうなると今度は、世継ぎということになるのだ。 ふたりに子どもがまだなのかと、俄かに騒がしくなってきている。 勿論、結婚したばかりではあるし、花もまだまだふたりきりの時間を楽しみたいとも思っているから、子どものことなどはなかなか考えられない。 それに子宝は神様の思し召しなところもあるから、意識してはいなかった。 それに新婚生活を楽しみたいということもあった。 公瑾とは、仕事も家でもずっと一緒で、花は新婚気分をたっぷり味わっている。 だが、ずっと甘い生活をしているわけではなく、仕事中はかなり厳しい。 この世界のことも、国のことも、星のことすらも、まだまだ知らないことが多いから、花は修行をしている最中だ。 しかも都督の妻だということもあり、妻としての修行もしなければならない。 どのような時でも勉強をしているような気分だ。 だが、かなり充実している。 公瑾の妻ではあるが、仕事中は上司と部下のようなものなので、メリハリがきちんと着いているのは確かだ。 今朝から、公瑾とふたりで、事務仕事に追われている。 「花、これを仲謀様に届けて頂けますか?」 「はい」 公瑾に手渡された竹簡を、花は丁寧に受け取る。 「あなたが戻ってきたらお昼にしましょうか」 「はい」 公瑾とふたりで取る昼食時間とお茶の時間が、花にとっては束の間の楽しいひとときだ。 こうしてふたりでのんびりと過ごす時間が、息抜きになっている。 花は昼食を楽しみにしながら、仲謀の所へと向かった。 「これは花殿、お忙しそうですね」 心の知れた兵と出会い、花は思わず笑顔になった。 「こんにちは。そちらこそ、お仕事が大変そうですよね。頑張って下さい」 「はい、有り難うございます。しっかりと頑張らせて頂きます」 兵の力強い言葉に、花はつい笑顔になった。 「花殿が我が軍に残って頂いてとても嬉しかったです」 「有り難う」 「今度は都督とのお子様を楽しみにしていますから!」 公瑾との子ども。 そう考えるだけで、花はくすぐったい気分になる。 いつか公瑾との子どもが欲しいと思っている。 だが、まだまだだと思っていた。 しかしそれは周りの人からするとそうではないことを、花はひしひしと感じた。 仲謀の部屋に入り、花は公瑾からの預かり物を手渡した。 「ああ、有り難う」 「では、私はこれで」 戻ろうとすると、仲謀がニヤリと笑った。 「花、公瑾とかなり仲が良いようだな。これだと、周家の世継ぎは安泰か」 仲謀は半ばからかうように言ってくる。 からかわれて反発をするというよりは、恥ずかしいといったほうが大きい。 花はほんのりと頬を赤らめた。 すると、益々、仲謀はニヤニヤとしてくる。 恥ずかしくてしょうがなかった。 花が紅くなっていると、微笑ましいとばかりに子敬が笑っている。 「花殿にお世継ぎが授かれば、公瑾殿はさぞかし可愛がるでしょうな。仕事も素晴らしくなさるでしょう」 子敬はのんびりと言いながら、花を優しいまなざしで見つめてくれた。 こんな風に見守られるように見つめられると、妙に緊張してしまう。 子どもはまだまだだと思っているのだが、やはり都督の世継ぎを期待するという人々が多いのが現実だ。 花としても、愛する公瑾の子どもだから、勿論、欲しい。 だがそれは、周囲に騒がれるのではなくて、ごく自然に欲しいと思った。 花はにっこりと笑うとふたりに挨拶をして。部屋から出た。 婚儀を挙げた時から、子どものことは言われていたが、このタイミングで言われることが多くなってきている。 それはやはりそろそろのタイミングなのだろう。 何だかプレッシャーを感じる。 公瑾は、良家の出身であるから、やはりきちんと血は残していかなければならないのだろう。 花はそう考えると、少しだけ切ない気分になった。 子どもが出来ない時間が長くなれば、それだけ重いプレッシャーはかかる。 花は溜め息を吐くしかなかった。 公瑾の執務室に戻ると、花はごく自然に仕事を再会した。 「花、どうかしましたか?」 流石は公瑾だ。 直ぐに花の愁いを察知したようだった。 「…いや、何でもありません」 「あなたの顔を見ていると、“何でもない”とは思えませんが…」 公瑾にピシャリと言われて、花は思わずその顔を見た。 公瑾の厳しくも澄んだ瞳には、嘘なんて吐ける筈がない。 花は鼻から大きく息を吸い込むと、公瑾をチラリと見た。 「色々な方々から“赤ちゃんはまだか?”と訊かれて、挨拶のようなものだとは思いますが、赤ちゃんがもし出来なかったらどうしよう…、なんて、つい考えてしまっていたんです…」 しょんぼりとしながら、花は公瑾を見つめる。 すると公瑾は困ったような表情を浮かべた。だがそれは何処か甘くて、優しいものだ。 「…私は何も心配していませんよ。あなたがおっしゃるように、挨拶のようなものですよ。私たちが新婚だからこそ、半分からかうように言っているんですよ」 公瑾は、大したことじゃないとばかりに、さらりと言う。 それが花には驚きだった。 「子どもは授かりものだと思っています。ですからちゃんと私たちにも授かればことが出来ますよ。まだ授かる時期ではないのでしょう…。あなたはまだまだこちらの世界に慣れていかなければならないですから…」 「…はい…」 そうだ。 まだまだこの世界のことを勉強していかなければならないのだから。 「…花、こちらに来なさい…」 「…はい」 公瑾に手を差し延べられて、花はそっと近付く。 するといきなり膝の上に乗せられてしまった。 「………!」 公瑾は、花を膝の上に乗せたままで抱き締めると、そのまま唇を重ねてくる。 いつもは公私共にきちんと区別をする公瑾だというのに、今日に限っては、全くそのようなことは気にしてはいないようだった。 誰かが訪ねて来るかもしれないのに、公瑾は平然としていた。 最初は、誰かに見られたら困るとおどおどとしていた花だったが、公瑾のキスにいつの間にか夢中になり、周りのことが全く気にならなくなってしまっていた。 何度も唇を軽く重ねた後、公瑾が抱き締めてくれた。 「気にされなくても構わないですよ。あなたが本気で子どもが欲しいと願えば、そうなるでしょうからね」 「はい」 公瑾は花の背中を優しくそして何処か官能的なリズムで撫でてくる。 鼓動が激しくなり、花は息苦しくなる。その甘苦しい感覚は、決して不快なものではなかった。 「公瑾さんは…、赤ちゃんが欲しいですか?」 花はドキドキで胸が苦しくなるのを感じながら、あえて公瑾に訊いてみた。 「ええ。あなたとの子どもたちが欲しいですよ。花、あなたはいかがですか?」 「わ、私も…赤ちゃんは欲しいです…。公瑾さんの赤ちゃんが…」 花は恥ずかしいと思いながらも素直な気持ちを伝えた。 「では決まりですね。子どもを作りましょう」 公瑾のストレートな言葉に、花は目を見開くことしか出来なかった。
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