*愛し君へ*

前編


 公瑾と想いを確かめ合った後、花はふたりで玄徳の元に向かう。

 着いて来てくれるのが何よりも頼もしい。

 玄徳の部屋にふたりそろって通されると、花は玄徳に、公瑾のそばに残ると伝えた。

「…そうか…。お前を見ていればそういう選択もするかもしれないと思っていた…」

 玄徳は特に驚くことなく頷いてくれた。

「今まで本当に有り難うございました」

 花が話す間、公瑾もそばに着いてくる。

 花が頭を下げると、一緒に頭を下げてくれた。

「花、幸せになれよ。公瑾殿、花を宜しく頼む。花を少しでも不幸にするのであれば、俺たちは花を直ぐに奪還しにくるから。そのつもりで」

 玄徳は花には優しいまなざしを向けてくれたが、公瑾には何処か牽制するようなまなざしだった。

「勿論、お誓い致します。花を幸せにします。あなたが軍を動かすことは有り得ないでしょう…。ですが、あなた様が花を取り返そうとされたらー私は軍を動かしますから、そのつもりでいて下さい」

 公瑾はにこやかな表情のまま、冷徹に呟く。

「解った。その覚悟なら、花を幸せにして下さるだろう」

 玄徳と公瑾のやり取りを聞いていると、武将ならではの厳しさを感じる。どちらもこのひとありと言われる理由が理解出来た。

「花」

 玄徳は頷くと、花を兄のゃうなまなざしで見つめてくれた。

「花、幸せになれよ」

「はい」

 最後まで玄徳の優しさは頼り甲斐があって兄のようで好きだった。

 

 玄徳に許可を貰った後、他の仲間たちにも報告をした。

 玄徳軍は勿論、仲謀軍の誰もが、温かな気持ちで受け入れてくれた。

 苦しんでいるのは、本人たちだけだったようで、周りはふたりを見守ってくれていたようだった。

 みんなに支えられていたのだということを、花は改めて知らされた。

 有り難い仲間だ。

 こんな仲間なら、戦は起きない。

 そんなことすら思う。

 ふたたび公瑾と二人きりになった。

 公瑾とようやく想いを通じ合えた。

 愛するひととのキスは総勢するよりも甘くて、切なくて、そして幸せだった。

 涙が瞳の奥から滲んでくる。

 涙は哀しい時にも、嬉しい時にも出るものなのだということを、花は改めて感じた。

「…本当にあなたはしょうがないひとだ。泣き虫で」

 公瑾はいつものように意地悪なことを言ってくるが、その声はこの上なく優しい。

 もう一度キスをした後、公瑾は花を優しいまなざしで見つめた。

「もう何処にも行かないで下さい。花…」

 公瑾は心の奥底から気持ちを搾り出すように言うと、花を再び抱き寄せた。

「全く…今日は仕事になりませんね…」

 公瑾は溜め息を吐くと、花のフェイスラインをそっと撫でる。

「部屋に戻りますね」

「戻らないで下さい」

「え…? 仕事にならないんじゃ…」

 花が目を見開いて公瑾を見つめると、甘く微笑みを向けられた。

「…ですから、あなたはここにいて下さい」

 公瑾は溜め息混じりに言うと、花をしっかりと抱き締めた。

「一緒に私の屋敷に帰りましょう。あなたのお荷物は既に纏めて貰っていますから」

 公瑾はそっと花から離れると、柔らかなまなざしを向けてくれた。

「…花、玄徳殿たちをお見送りしたらうちに帰りましょう。あなたの家は、今日から私の家なのですからね。後は、着物を着替えて頂かなければならないですからね…。あなたはもう…軍師ではありませんから…」

 公瑾はスッと甘く瞳を細めると、花の頬に触れる。

 軍師ではなくなる。

 ほんの少しだけ不安になる。

 必要とされていないのではないだろうかと、つい思ってしまう。

 その不安が伝わったのか、公瑾は優しく見つめてくる。

「…あなたはこれから私にとって必要になります…。あなたは私にとっては最も必要なひとです。あなたはいらなくならないのです。私にとっては…永遠に…」

 背後からしっかりと抱き締められて、花は愁いが消えてゆくのを感じた。

 公瑾に必要とされている。

 それだけでこの世界での存在理由は充分だ。

「…有り難うございます」

「私こそ有り難うございます。残ると言ってくれて…」

 公瑾は花を抱擁から解くと、机に向かう。

「どうしてもやらなければならない仕事があるから、少し待っていて下さい」

「はい」

 公瑾は机に向かうと、仕事を始めた。

 公瑾が仕事をする姿を見るのは大好きだ。

 花は幸せな気持ちで、じっと見つめる。

 すると公瑾が落ち着かないような仕草をする。

「…あ、気が散りますね。ごめんなさい」

「いいえ、そうじゃありませんよ。あなたに見つめられるだけで、鼓動が早くなるだけですから」

「だったら邪魔ですね」

 花は苦笑いを浮かべると、視線を窓に向ける。

「花…そうされたほうが落ち着かないのですが」

 公瑾は少し冷たく言い放つ。

「え?」

「見つめて頂いたほうが落ち着きます…」

「はい」

 花が再び公瑾を見つめると、静かに頷いてくれた。

「しかしあなたも不思議な方ですね。私が仕事をしているのを見つめるなんて…。そんなに楽しいですか?」

「楽しいです。公瑾さんが仕事をされているのを見ているだけで、幸せな気分になります」

「あなたは不思議な方ですね…」

 公瑾は苦笑いをしながら、花を見た。だが直ぐに竹管に視線を落とす。

 しょうがない。

 国と同じような集まりで政治をみているのだから。

 花は公瑾が仕事をする姿を見つめる。

 いつまでも見ていても飽きないと思う。

 それぐらいに公瑾が仕事をする姿は、素敵だと思っていた。

 じっと見つめながらニコニコしていると、公瑾が筆を置いた。

「花…、仕事が片付きましたよ」

 公瑾は静かに言うと立ち上がる。

「さあ、行きましょうか?」

 公瑾に手を差し延べられて、花はそれを素直に取った。

「公瑾ーっ!」

「公瑾!」

 地響きがしたかと思うと、扉が大胆に開けられる。

 その瞬間、花も公瑾も驚いて目を丸くした。直ぐに取り合った手を離す。

 入ってきたのは、賑やかな大喬小喬、それに仲謀に、尚香まで。

 みんなが楽しそうにがやがやと執務室に入ってくる。

「皆様、いかがされましたか?」

 公瑾はいつものように穏やかな笑みを浮かべていたが、よく見ると額に血管が浮き上がっている。

 かなり怒っている。

 それが直ぐそばにいて感じられて、花は苦笑いを浮かべた。

 邪魔が入ったから、当然と言えば当然なのだが。

 花は公瑾の横でさり気なく笑顔を向ける。

「花、公瑾、お前たちの祝いをしようかと思ってな」

 仲謀はふたりをからかうようにニヤニヤと見つめている。

「…有り難うございます、仲謀様。私も花も嬉しく思います」

 公瑾がいつもの調子で言うと、仲謀は頷いた。

「いきなり今夜は流石に準備が大変だから、三日後はどうだ?」

「有り難うございます。それならば是非」

 怒っているのにもかかわらず、公瑾は静かに落ち着いているのを演じるのがとても上手い。

 公瑾が怒っているのに気がついているのは、恐らくは花だけだろう。

「じゃあ決まりだな。みんなで精一杯の祝いの宴をするから、楽しみにしておいてくれ」

「有り難うございます」

 仲謀にもあくまで礼儀を忘れてはいない。

「公瑾ー楽しみにねー」

 大小がそろってニヤニヤしながらふたりを見ている。

「私たちが背中を押してあげたからだよ」

「ねーっ!」

 大小が公瑾をからかうものだから、更に怒りを滲ませている。

 花は端からそれを凄く感じていた。

「じゃあまたな」

「またねー」

 台風のような一行が去っていくと、公瑾は溜め息を吐いた。

「全く…」

 公瑾はふと花を見る。

 優しい笑みになる。

「花、仕切り直しです。行きましょうか」

「はい」

 公瑾は再び花の手を取ると、エスコートしてくれる。

 それが嬉しかった。



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