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クラスメイトである仲謀が凄い人物であるということは、花もよく知っていることだった。 あの若さでやり手のビジネスマンの側面を持っているのだ。 花は仲謀の広い世界観と、少し子供のところもあるが、調整力のあるところなどは、尊敬するところだ。 あの若さで、兄の後を継いで、きちんと会社を運営しているところは本当に素晴らしいと思っていた。 友人として誇らしい。 だが、仲謀を支えるブレーンも存在するのだ。 自らが立ち上げた会社を持ちながらも、しっかりと仲謀の会社のブレーンとして支えている公瑾の存在だ。 花は慇懃無礼な公瑾が苦手だ。 いつも穏やかでにこやかに笑っているように見えるし、人当たりもかなり良いが、本当のところは、キツくて厳しく意地悪な男なのだ。 仲謀の兄の親友で、父親とも親交があったのだという。 仲謀は、公瑾をかなり信頼しているようだが、花はなかなか信頼とまではいかなかった。 「なあ花、今度、海外の重鎮も呼ばれている財界のパーティがあるんだよ。呼ばれている以上は海外式に婦人同伴なんだが、すまないが、一緒に来てくれないか? お前にしか頼める相手がいないんだよ」 仲謀は本当に困っているかのように言うと、花を拝むような仕草をする。 このように頼まれると、なかなか嫌だとは言えない。 だが、仲謀ならば妹を同伴しても構わないだろうに。 「尚香ちゃんとかは?」 「あいつはたまたまスケジュールが合わなくてさ。小喬は公瑾と一緒に行くし、大喬もスケジュールがダメ。で、お前しかいないんだ」 「つまり消去法で私しか残らなかったというわけだね?」 「まあ、そういうこと」 仲謀は素直に認める。 花は溜め息を吐くしかなかった。 ただ仲謀にはいつも世話になっているから、ここはきちんと受けてあげなければならない。 「解ったよ。だけど私はパーティになんて行ったことがないから、どうして良いのかが分からないよ。マナーなんて知らないし…」 正式なマナーなんて必要ないし、使わないから、花はきちんとレッスンを受けた経験なんて全く無かった。 だから一抹の不安がある。 「仲謀、私、公式のマナーをきちんと習ったことはないよ? それでも良いの?」 「ああ、きちんとマナーレッスンをさせるから」 「それならば大丈夫かな」 マナーレッスンがあるというのなら、付け焼き刃でも何とかなるのではないかと、花は思った。 だからこそ軽い気持ちで頷いた。 「有り難うな! マナーレッスンは公瑾が主体でしてくれるから、そのつもりでな」 マナーレッスンの先生が公瑾だとは、思わなかった。 花は目を丸く見開くと、仲謀を睨む。 「マナーレッスンの先生が公瑾さんだなんて反則だよっ! 公瑾さんが先生なら受けないよっ!」 花は仲謀に対してまくし立てる。 公瑾とは本当に気が合わないのだ。 公瑾はいつも冷たくて厳しい。 特に花に対してはだ。 温厚な笑顔は氷で出来ている仮面だといつも思っている。 「もう決まったことだからな…」 仲謀がほんのりと困ったように言う。 「決まったって、今からキャンセル有効だよね?」 「花、私があなたの先生であることは不満ですか?」 落ち着いた少し嫌味っぽい声が聞こえて、花は慌てて振り返った。 そこにはいつものように鉄壁な笑顔の公瑾が立っている。 「こ、公瑾さんっ!」 「…花…。淑女と名乗るには、あなたはまだまだのようですね…」 わざと溜め息を吐かれて、花は余り良い居心地がしなかった。 「花、厳しく行いますからそのつもりで」 公瑾はいつもの笑顔を崩さないままに、口調だけは冷徹に呟いた。 「では、行きましょうか」 「えっ!? 今からですかっ!」 こんないきなりレッスンが始まるなんて、思ってもみなかった。 「行きますよ、花。私は待たされるのが嫌いですから」 公瑾はサッサと歩いてゆき、花は仕方が無く一緒に出て行く。 「私はまだ仲謀と一緒にパーティに出ることを決めたわけでは無いです」 花は公瑾の背中に向かって言うが、振り返りはしない。 「花、あなたが何と言おうと、あなたが仲謀様には一番年齢的にもバランスが取れている。仲謀様を国際的な舞台でデビューさせるのには、ちょうど良いですからね。あなたには、その舞台に相応しいように着飾って頂きますから」 公瑾は本当に冷徹だ。 「それが目的なら、公瑾さんがわざわざ先生されることはないかと思いますが。公瑾さんはかなり忙しいですから」 花が遠回しに断ろうとすると、公瑾はようやく振り返った。 綺麗に振り返った公瑾は、花を厳しいまなざしで見た。 「私以外であなたを立派な女性に仕上げられる者はいないと思いますが。時間は短期間ですからね。あなたにはやるべきことは山程あります。覚悟しておいて下さい」 公瑾をすっかり怒らせてしまったようだ。 しょうがないと言えばしょうがないが、花はこのまま仲謀に断りを入れたほうが良いかと思った。 「やっぱり、私には無理だと思います。なので、他に相応しい方を選んで下さい」 花は一礼すると、そのまま行こうとした。 「お待ちなさい、花。敵前逃亡する気ですか?」 敵前逃亡などと言われて、花はつい唖然となる。 「敵前逃亡なんて、闘っていませんが」 「あなたは闘っているんじゃありませんか? 私と…ね」 図星のことを指摘されて、花は思わず黙り込んだ。 「…分りました…。もし、上手くいったら…、公瑾さんに私の欲しいものをプレゼントして貰えるなんてことがあったら頑張りますが」 花は、公瑾に軽蔑するようなまなざしを向けられるのを覚悟しながら言った。 公瑾は僅かに眉を皮肉げに上げたが、次の瞬間、頷いた。 「分かりました。あなたが私を唸らせることが出来るぐらいに変わるこっが出来たなら、お約束を御守り致しましょう」 公瑾はいつものように静かに言うと、花に美しい手を差し出した。 契約ということなのだろう。 こちらも約束を守るから、そちらも守れということなのだろう。 このような約束事に関しては破るような男では無い。 それを花は解っているから、頷いた。 だからこそ公瑾に持ち掛けたということもあるのだが。 差し出した綺麗な公瑾の手を、花は戸惑いながらも取る。 本当に綺麗だ。 女の自分がうっとりとするぐらいに。 「これで契約成立です。花、あなたは逃げることは出来ませんよ」 公瑾は静かに言うと、花の手を思い切り強く握り締めてくる。 その力強さにくらくらしてしまいそうだ。 美しく、力強く。 まさに公瑾を象徴しているように思えた。 本当に綺麗だ。 しかし、そこには寂しさが隠されているような気がしてならなかった。 「では、早速ですが、花。レッスンを開始致しましょう。あまり時間が有りませんからね。先ずは立ち振る舞いから徹底的にやらなければなりませんね」 公瑾はあくまでいつものペースで話をしているが、厳しい殺気すら感じる。 「頑張りましょう、花」 「はい。一緒にガンバリマショウ」 花は、公瑾の冷徹振りが恐ろしくて、つい感情のない硬い雰囲気で話をする。 本当に冷徹という言葉がぴったりだ。 花は公瑾を見た。 これから有る意味公瑾と闘わなければならなくなる。 きっと鉄壁の仮面の笑顔を崩して見せる。 人間らしい公瑾が見てみたい。 このレッスンの間に見られるだろうか。 それが花の一番の願い事だった。 |