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公瑾による特訓が始まった。 先ずは立ち振るまいからだ。 優雅なお辞儀の仕方や、仕草、そして微笑み方。 立ち姿の美しさまで追求される。 公瑾が雇ってくれたのは、厳しいマナー講師だ。 先ずは座り姿や立ち姿にも細かくダメ出しをされた。 「お腹に力を入れて、お尻の穴を引き締めて、上から釣られるように立つの。勿論、しっかりと胸を張るのよ」 「こ、こうですか…!?」 花は言われた通りにやったつもりだが、躰の筋肉がかちかちになる。 何だか硬い。 モデルや女優が立つと、優雅で美しく柔らかいのに。 花が立つと、まるで鎧でも着ているかのようにガチガチだ。 「それじゃあ五月人形よりも酷いわよ、花さん」 マナー講師は容赦がない。 「もっとエレガントに。立つ時は、真直ぐ気を付けの姿勢じゃないのよ。片方の脚をもう片方の脚に重ねるように斜め方向に出すのよ。良い? そうすると脚が綺麗に見えるから。後、手は脚と揃えて、上に来るのは、脚が出ている方よ。良いわね」 「…はあ…」 一度に様々なことを言われても、一気に消化することは出来ない。 花は頭の中がゴチャゴチャになるのを感じた。 「もう…。エレガントになるには、心も大切なのよ。自分は優雅な女性であるということを思い込みなさい」 「はい」 優雅な女性であるように思い込む。 花にはそもそも優雅な女性とはどのような女性なのか、イメージをすることが出来なかった。 花が曖昧に誤魔化すように笑うと、女性は呆れ果てたとばかりに溜め息を吐いた。 「少し休憩をしましょうか。あなたにはまだまだレッスンが必要のようだから」 「…はい…」 花は返事をした後で、大きな溜め息を吐いた。 立ち振る舞いなんて、少し頑張れば出来るのかと思った。 だが実際には、なかなか上手く行かない。 「…才能がないのかな…」 花はひとりごちると、お茶を飲みながら溜め息を吐いた。 いくら仲謀に頼まれた事とは言え、断ったほうが良いのではないかと思う。 しかしそうなると、公瑾に負けることになる。 それだけはどうしても嫌だった。 「さあ、花さん、始めますよ」 「はいっ!」 声を掛けられると、花は姿勢を糺した。 「花さん、その制服がいけないのかもしれないわね…。だったら、明日からは着替えて貰ったほうが良いのかもしれないわね…。ね、花さん、エレガントなワンピースだとか持っていない?」 エレガントなスタイルなんて花の辞書にはない。 女子高生なのだから、当然と言えば、当然だが。 「…ないです…」 「ないの!」 女性は驚いたように声を上げた。 「…本当に困ったわね。エレガントな服がないなんて…」 マナー講師は溜め息を吐くと、花を呆れたように見た。 「あなたもそろそろエレガントなワンピースの一枚ぐらいは持っておいたほうが良いわよ」 「…はあ…」 カジュアルな服でまだ充分だと思っていたから、花は気のない返事をした。 「全く…、気のない返事ですわね…。とにかく明日からは私服で着なさい。このことは公瑾さんに報告しておきますから…」 「…はい…」 公瑾。 その名前を聞くと、花は複雑な気分になる。 公瑾には厭味のひとつでも言われることだろう。 それが花には痛かった。 「では、今日のレッスンはここまでです。また明日」 「…また…明日…。有り難うございました」 花は礼を述べた後にマナー教室を後にする。 花と入れ替わりで、とても姿勢の綺麗な美しい女性が中に入っていった。 本来ならばあれほど綺麗な女性が受けるレッスンなのだろう。 花は敗北感をしっかりと噛み締めながら、家路へと向かった。 翌日、下校するために校門をくぐると、漆黒のジャガーが停まっていた。 良家の子女も通っている学校だから外車は珍しくもないが、流石にジャガーは目立ってしょうがなかった。 花が通り過ぎようとすると、運転席のドアが開いて人が出て来る。 出て来るなと、花は一瞬、思った。 誰が出て来るのか、何となく予想がついたからかもしれない。 出て来たのは公瑾。 相変わらず表面だけの仮面のような笑顔を浮かべている。 「花、お待ちしていましたよ」 公瑾はあくまで落ち着いた雰囲気で、花に手を差し延べる。 「あ、あの、公瑾さんとお約束をした覚えはありませんが…。それに今からご存じのようにマナーレッスンです。公瑾さんが手配された」 花は戸惑いながらも、キッパリと言った。 「そのレッスンの準備の為に迎えに来ました。あなたはきちんと準備をしてあげなければ、マナー面が上達しないようだと、講師から伺っております。ですからきちんと準備に行きましょう。あなたが準備をしなければ駄目なレベルだということを知らなかったのは、私の責任ですから」 公瑾は穏やかに柔らかなリズムで話してはいるが、何処か怒っているようにも思えた。 「早く乗って下さい」 公瑾は何処か苛々するように言う。 「何処へ行くのですか?」 「ですから、あなたのマナーレッスンの準備ですよ」 公瑾は呆れ果てるように言う。 他の人の前では、こんなにも苛々する姿を見たことはないのに、花の前ではどうしてこんなにも苛々しているのだろうかと思う。 「花、仲謀様に恥をかかせるわけにはいきませんから、レッスンはきちんと受けて下さい。良いですね?」 「はい」 とりあえず返事をして置こうと、花は気のない返事をする。 「…花、あなたには気合いというものが全く足りません…。もう少し真剣に取り組んだらいかがですか?」 公瑾は笑顔で溜め息を吐きながら、ねちねちと言う。 どうして親の敵のように扱われなければならないのか、花には分からなかった。 「さあ、あなたと無駄話をしている間に、着きましたよ。車を降りて下さい」 「はい」 公瑾は車を高級デパートの駐車場に入れる。 花は納得がいかないまま、公瑾の後ろを着いていった。 公瑾がやってきたのは気品があるワンピースで定番のあるブランドのコーナーだった。 「彼女が品良く見えるワンピースとスーツをご用意下さい」 「分りました」 ブランドの女性は、花を見つめるなり、ワンピースとスーツを用意した。 「花、試着をしなさい」 「はい」 高校生の花にとっては、かなり高級ブランドに思える。 手が届かないブランドだ。 「私には高過ぎます、公瑾さん」 「良いから着替えて下さい」 公瑾は目を閉じて静かに言うが、何処か苛立ちが滲んでいる。 「…はい」 取りあえず試着をするのはタダだ。 花は試着するだけでも楽しい気分になれるから、とりあえずはファッションショーを楽しもうと思った。 先ずはスーツを着る。 シンプルで愛らしくて、気品がある、とても雰囲気の良いスーツだ。 着ているだけでエレガントな気分になれる。 「着ました!」 花が試着室を出ると、公瑾がチェックをしに来る。 一瞬、スッと目を細めた。 「…良いでしょう…。花、次に着替えて」 「はい」 花は花柄の清楚なワンピースに着替える。 公瑾は再び冷たいまなざしを向けてきた。 気に入らないのだろう。しょうがないと思っていたら、公瑾は花が着た服を購入していた。 「あなたにとって必要なものです。コスチュームプレイのつもりで着ると良い」 服が入った紙袋を手渡され、花は困惑する。 「は、払います」 払えもしないのについ言ってしまう。 「必要経費ですから」 さらりと言われて、花は何も返せなかった。 |