孟徳の過保護ぶりは相変わらずだ。 ただ、少しではあるが、改善されているのは確かだ。 自分の身の回りのことぐらいはさせて貰えるのと、後は簡単な料理ならさせて貰えるようにはなった。ただし、その料理といいのも、あくまで孟徳の為に作るという条件があるのだが。 花は仕事を手伝いたいと思っている。 孟徳がかなり忙しいのは解っているからだ。 少しでも手助けが出来たらと、花は思わずにはいられない。 文若の手伝いぐらいなら大丈夫だと思っているのに、それを孟徳は許してはくれなかった。 花は、先ずは孟徳が許してくれているところから、頑張ろうと思っている。 今夜もふたりきりで蜜のように甘い時間を過ごした後で、寝台で抱き合いながらのんびりとした幸せな時間を過ごしていた。 「孟徳さん、そろそろ躰も良くなってきましたし、毒もすっかり躰の中から消えています。そろそろ、お仕事を手伝わせて貰っても良いですか?」 「ダメだよ、まだ。俺にしてみたらまだまだだ。君の躰を無理させないようにしているんだから、そこは解ってくれないかな?」 「もうこんなにも元気なんですよ」 花は元気であることを強調するように、わざと手足を動かしてみた。 だが、孟徳は、それでも曇ったままの表情だ。 「駄目だよ…。本当に。君に何かあったら困る…」 過保護過ぎるぐらいに愛してくれているのは解る。 だが、花にとっては、それは嬉しいことではあるが、同時に窮屈なことでもある。 「孟徳さん、本当に大丈夫ですよ…。だけどあなたがそう言うなら、もう少しだけ待ってみますね」 「ああ。助かるよ。君には小さな怪我すらめして欲しくないんだ。これは本当だよ」 「…はい…」 花は、孟徳に頷くと、柔らかく抱き締めた。 「いつも心配して下さって有り難うございます。感謝しています」 「花…。君は優しいね」 孟徳はホッとしたように呟くと、花をギュッと抱き締めてくれた。 孟徳は直ぐに花から離れると、名残惜しそうに仕事に行ってしまう。 花はその後ろ姿を見送りながら、ふと切ない気分になった。 ひとりになった花は、室へと戻る。 今は孟徳がここに通ってくれている。 孟徳には妾が沢山いることは解っている。女性については様々な噂があることも知っている。 だが、正妻はいない。 花も今や孟徳の妻ではあるが、正妻であるということを認められたわけではなかった。 毎晩のように花のところに通ってきてくれ、一番大切にされていることも、愛されていることも解っている。 だが、あくまでも今は、だ。 これからまた別の女性を迎えるかもしれない。 現在、妻として公式に認められているのは花だけではあるが、いつ妾から正妻が出てきてもおかしくはない状態にはある。 花はそんな切なさをいつも抱えているのだ。 言い知れぬ不安が常にまとわりついて離れないのだ。 孟徳には口が裂けても言えない不安ではあるのだが。 花は必死になって、孟徳の妻になろうと頑張っている。 奥方様と呼ばれていても、花の立場は、今、最も愛されている妾に過ぎないのだ。正式な妻としては認められてはいても、いつ、飽きられるかは解らないのだ。 だからこそ、なるべく自分ひとりで出来ることを増やして、頑張ろうとも思っている。 その気持ちを孟徳は理解してくれないのだ。 籠の鳥。 愛されて過ぎてそう感じる。何でも出来るようにと、漢字の勉強も始めたのだ。 漢字が読み書き出来るようになれば、少しはここで生きてゆく意味が出て来るだろう。 花はひとりになって、漢字の勉強を始めた。 これだったら、いくら過保護な孟徳でも認めてはくれるはずだ。 この世界で生きてゆく為に、必ず必要なものであるから。 孟徳は生涯変わらない愛を誓ってくれている。 それを信じてはいる。 花自身も孟徳以上に愛することが出来るひとは現われないことぐらいは解っている。 信じていても、それでも不安なのだ。 不安でしょうがないこともあるのだ。 そして、愛しているからこそ、役に立ちたいと思う気持ちが合わさって、花は孟徳に、何かをさせて欲しいとお願いをしているのだ。 だが。願い通りにはなかなかいかないようだ。 花がひとりで漢字の勉強をしていると、扉が開いた。 「花! 仕事が終わったよ!」 やれやれとばかりに孟徳が帰ってきた。 国の為に頑張ってくれている孟徳を、花はつい抱き締めてしまう。 孟徳がいかに国のことを考えているかを、花は誰よりも解っている。 「おかえりなさい、ご苦労様でした」 「有り難う、花」 孟徳もまた、花に甘えるようにしっかりと抱き締めてくる。 頼られている。 愛されている。 それをひしひしと感じずにはいられない。 「こうして君に抱き締められるだけで、俺は何よりも癒されるんだよ。君がいるだけで心が落ち着くんだ」 孟徳はしみじみと呟くと、花をチャージするかのようにギュッと抱き締めてきた。 「君がいるから俺はこうして頑張れるのかもしれないな」 孟徳は暫くの間、花を抱き締めたままでじっとしていた。 「…花…、どこにも行かないよね? ずっと俺のそばにいてくれるよね」 まるで小さな子供のように呟いた。 「…何処にも行きませんよ。孟徳さんが望む限りはずっと…」 「…花、有り難う…。死んでもずっと一緒にいて。花…」 孟徳は不安な声で呟くと、花の躰に密着してきた。 「花…」 「どこにも行きませんから、大丈夫ですよ」 花の優しいリズムの声に、孟徳はホッとしたようだった。 「うん」 花は静かに孟徳の背中を何度も撫でてあげた。 「花ちゃん、君の室だけれど、ようやく完成したんだ。俺とふたりで過ごすことが出来る室だよ」 「ここで私は充分ですよ」 「君はここではたったひとりの妻なんだからね」 「孟徳さん…」 まさかここに花しかいないなんて思ってもみないことだった。 「…他の奥さんは…」 花が目を見開いて孟徳を見ると、優しい笑みになった。 「花、君には辛い想いをさせたくはないんだ。それに、他の妾がいたとしても、俺は君以外の女性のところにはいかないし、行きたくもないよ。だから彼女たちとは離縁をした」 これには花も驚いてしまった。 ここにいる妻が、花ひとりだけだったなんて。 「…俺はね、君には誠実でいたい。だから君が嫌なことは排除したかった」 孟徳の言葉に、花は涙が瞳に滲んでくる。 こんなにも自分の事だけを考えてくれている。 花は孟徳を思わず抱き締めた。 「有り難う」 「それに、俺はもう君しかいらないからね。彼女たちをいつまでも引き止めておくことは出来ないしね…」 くすりと笑うと、孟徳は花を抱き寄せる。 「…愛しているよ、花。過保護過ぎるかもしれないけれど、俺はいつも君をそばにおいておきたい。だから、そのためには何だってするよ…。そばにいて。そして、少しぐらい過保護なことは、許して」 孟徳の優しい声を聞いていると、今までの苦しい悩みは何だったのかと、花はつい思ってしまう。 「孟徳さん、だけど甘やかせ過ぎないで下さいね」 「それは困るかな。君を甘やかすことが、俺の生きがいでもあるからね」 「…孟徳さん…」 花が苦笑いを浮かべると、孟徳はしっかりと抱き締めてきてくれる。 花は孟徳を抱き返しながら、ほわほわとした幸せを感じる。 こんなにも幸せはないと思いながら。
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