*愛しき君へ*

前編


 花はまだ療養とばかりに休みを取っている。

 花としてはすっかり良くなったと思っているのだが、孟徳がそれを認めてはくれないのだ。

 過保護だと言っても良いぐらいに、看病をしてくれている。

 花は寝台から起き上がると、のんびりとしていた。

 漢字の勉強をしたり、ぼんやりしたり。

 自分の出来ることをやっている。

 花が勉強をしていると扉が叩かれた。

「花、いるかな」

「孟徳さん!」

 大好きなひとは度々顔を出してくれる。

 かなり心配してくれているのだろう。

 それが花には嬉しかった。

「どうぞ」

 花が声を掛けると、孟徳が静かに中へと入ってきた。

「具合はいかがかな?」

「もう大丈夫ですよ。本当に」

 花が笑顔で言うが、孟徳は未だに心配そうに見つめる。

「…散歩ぐらいは出来ますよ」

「本当に?」

「はい。それに部屋の中でばかりいるよりも、散歩をするほうが気分転換になります」

「そうか…」

 まだ心配とばかりに、孟徳は花を見つめる。

 だが花は大丈夫だからと、あえて笑顔になった。

「花、本当に大丈夫なの?」

「お散歩ぐらい、本当に平気なんです。孟徳さんと一緒に散歩をしたいです」

「そうか。じゃあ散歩しようか」

「はい」

 孟徳は花に手を差し延べると、そっと小さな手を握り締めてくれた。

「じゃあ行こうか。散歩」

「はい…」

 孟徳と手を繋いだまま、ふたりで中庭に出る。

 眩しい光を浴びながら、花はとても心地が良かった。

 やはり、陽射を浴びるというのは、とても気持ちが良い。

「久し振りの陽射が嬉しいです。温かい陽射しが気持ち良いです」

 花は踊ってしまいそうになるのを感じながら、ニコニコと笑った。

「だったらこれからは毎日散歩をしようか」

「そうすれば体力も回復してくると思いますから、ちょうど良いのかもしれません」

「そうだね。確かにこうして陽射を浴びながら歩くのは、健康に良さそうだ」

「はい」

 孟徳とこうして温かな陽射を浴びているだけで、とても気持ちが良いわ

 楽しくて花はずっと笑顔になっていた。

「だけどまだまだ君の体力は戻ってはいないからね。余り無理をしないように」

「はい」

 ここまで大切ににして貰って、本当に幸せだと花は思う。

 孟徳は花を部屋まで連れて帰ってくれた。

「明日、先生がまた君をみてくれる。良くなっていると良いね」

「そうだと嬉しいです」

「うん。俺としても君には早く良くなって貰いたいからね」

 触れるだけの甘いキスに、花は耳まで真っ赤にしながら俯いた。

「はい。頑張りマス」

「うん。先生が元気だと太鼓判を押してくれたら良いね」

「はい…」

 花が笑顔になると、孟徳も蕩けるような笑顔になり、ギュッと抱き締めてくれた。

「俺としては、早く君の傷が治って、元の暮らしに戻って欲しいね」

「はい」

 花は早く元気になりたいと思う。

 孟徳の為にもそれは必要だと、心から思った。

 

 翌日、軍医に見立てて貰った。

 花も信頼している医師だ。

 恐らくはこの世界では最高の軍医なのだろうと思う。

 花はそのような医師に診て貰えて、なんて幸せなのだろうかと思った。

「花殿、もう大丈夫じゃよ。今日から普通の生活をしても構わん」

 軍医に太鼓判を押して貰えて、花は嬉しくてついつい笑顔になった。

 やはり医師からの御墨付きは嬉しい限りだ。

「有り難うございます」

 花は溢れる笑顔を抑えられずに、礼を言う。

「いいや。大丈夫じゃよ。花殿の生命力が素晴らしいと言ったところではないかの」

 軍医はちらりと孟徳を見つめて頷いた。

 診察に立ち会ってくれた孟徳もそれは嬉しそうだ。

 こんなにも喜んでくれるなんて、花は嬉しくてしょうがなかった。

「有り難う、先生。あなたはやはりこの世界で一番の名医だよ」

 孟徳は笑顔を綻ばせて、呟いた。

「いやいや。ではわしはこれで」

 軍医が行ってしまうと、孟徳は更に嬉しそうな笑顔で、花を見つめた。

「良かった!」

「はい!」

 孟徳は花を思い切りギュッと抱き締める。

 今まではずっと加減をしてくれていたのだろう。

 抱擁の強さでそれが解った。

「…花、本当に良かった…。君が元のように元気になることが出来て…」

 孟徳は心からホッとしたように呟くと、花の背中を柔らかく撫でてくれた。

 ようやく孟徳を安心させてあげることが出来る。

 花はそれが嬉しくてしょうがなかった。

 花は孟徳をギュッと抱き締める。

 このひとを安心させてあげたかった。

「これで孟徳さんも安心してお仕事が出来ますね。有り難うございます」

 花は孟徳に感謝の言葉を口にした。

 孟徳がいたからこそ、頑張って養生することが出来たのだから。

「今日から君は俺と一緒に正式に暮らすんだ。今までは傷に障ると思って、以前と同じ部屋を使って貰っていたが」

「はい…」

 孟徳と同じ部屋を使う。

 それだけで喉がからからになるほどにドキドキしてしまう。

 それが何を示しているのか。

 解らない花ではないから余計にだ。

 花はドキドキしながら、頬を赤らめて俯く。

「これで文若たちも喜ぶんじゃないかな」

「どうして文若さんたちが喜ぶんですか?」

「アイツら、俺が身を固めないものだから結婚も出来ないって言っていたからね」

 孟徳はおかしそうに笑う。

 二人とも違った意味で結婚出来ないのではないかと思ったが、花は黙っておいた。

「…花…」

 孟徳は花から抱擁を解くと、跪いてその手を取ってくれた。

「…花。正式に俺の妻になってくれないか? 君を俺の正妻にしたい。唯一の妻にしたい…」

 孟徳のまなざしはいつもとは違って、真摯かつ愛情に溢れている。

 花はそれが嬉しくて、泣きそうになった。

 孟徳の総ての愛情が自分にだけ注がれている。

 孟徳はそれ程までに愛してくれている。

 花はそれが嬉しくて、涙を零した。

「は、花!?」

 花が突然、涙を零したものだから、孟徳はうろたえるばかりだ。

「…嬉しくて…」

 花は一生懸命笑おうとするのだが、涙が止まらない。

 孟徳の妻になれる。

 もう永遠に離れなくても良いのだ。

 それが嬉しくてしょうがなくて、花は笑顔になるのに必至だった。

 こんなに素敵なプロポーズは他にはないよ。

 それを孟徳に誰よりも伝えたかった。

「…孟徳さん…有り難う…。こんなにも嬉しいことはないよ…」

 花が涙を手で拭うとすると、孟徳が顔を近付けてきて、唇で受け止める。

「だったら答えは前向きに受け止めても良いってことだね?」

「…はい。それは勿論…」

「うん。有り難う」

 孟徳は花の目にキスをして、頬に、その後は唇にする。

 何度もキスをして、花にたっぷりの愛情を伝えてくれた。

「婚礼の準備は今から正式に始める。花、君の荷物は今から俺のところに運ばせるから。それと今夜は二人だけでお祝いをしようか。良いね?」

「はい…。有り難うございます…。嬉しいです…」

 こうして孟徳とふたりで人生を歩いてゆく。

 花はきっと後悔しないと思う。

 後悔どころか、素晴らしい人生だったと、思うことだろう。

 花はこうして孟徳と出会えたことを心から感謝していた。

「花、今から荷物を出したりするから、その間、着物を着替えたり、湯浴みをしたりしておいてくれ」

「はい」

 孟徳が合図をすると、侍女たちがやってくる。

 花をそのまま別室へと連れていく。

 今日から花は孟徳夫人としてやってゆく。

 その第一歩を踏み出した。 



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