後編
花に子供が出来た。 これほどめでたいことは他にはない。 だが、どうして良いかが分からない。 嬉しいのに、どう表現して良いのかが分からない。 孟徳は花を見た。 花は落ち着いた優しい笑みを浮かべていて、とても幸せそうだ。 最初は驚いていたようだったが、今は幸せで清々しい少し強くなった雰囲気を醸し出している。 やはり子供を得ると女性は強くなるのだろう。 自分の方がずっと年上だというのにおろおろしているのに、花はかなり落ち着いている。 「…花」 咳払いをしてその名前を呼んでみる。 すると花は優しい落ち着いた笑みを向けてくれる。 あんなにおっちょこちょいで、子供のような無邪気さを兼ね備えている花なのに、子供が出来るとすっかり母親としての強さを滲ませている。 玄徳は或る種の尊敬の念を抱いていた。 「孟徳さん、とても嬉しいです…。私…。孟徳さんの赤ちゃんがお腹の中にいるのが、とても」 「俺も嬉しい。花と素晴らしい家族を作っていけるかと思うととてもね」 孟徳は素直な自分の気持ちを言うが何処かドキドキしている自分を強く感じていた。 「…花…嬉しいけれども、男はお腹の中に子供を宿さないだろう? だから、すぐには切替えが出来ないというか…」 孟徳はあっさり戸惑っていることを口にする。 だが、花はそれは当たり前のことだとばかりに、頷いてくれた。 「赤ちゃんが生まれるまではまだまだあります。私もそれまでにちゃんと母親になっていかなければならないですから。一緒に、この子の親となるように頑張って行きましょう。孟徳さんには甘えることがいっぱいあると思うから、その時は甘えさせて下さい」 花の言葉を聞いていると、前向きな気分になれるのが不思議だ。 花は笑顔で孟徳の戸惑いを受け入れてくれる。 今まで戸惑うことなんて、全くなかったと言っても過言ではなかった。 だが、こうして花の前にいると、素直に戸惑うことが出来るのだ。 「いっぱい甘えて貰って構わないから」 孟徳は花をふんわりと抱き締める。 「いっぱい甘えて貰って構わないよ。花なら特別大歓迎だ」 「有り難う」 花はにっこりと笑うと、孟徳に抱き着いた。 「孟徳さん、有り難う」 「俺が出来ることがあったら何でも言ってくれて構わないからね」 「有り難う…」 花がはにかんだ笑みを浮かべる。 母になる準備に向けての強さと相変わらずな無邪気な可愛らしさが同居していて、本当に綺麗で可愛い。 孟徳は愛し過ぎて、更に抱きすくめてしまう。 一瞬、息苦しくした花に、孟徳は慌てて抱擁をとく。 「ごめん、花」 「大丈夫ですよ、孟徳さん。平気です」 「うん。有り難う…。花が可愛いからつい抱き締めてしまうね」 孟徳は苦笑いを浮かべると、花の唇に触れるようなキスをした。 花は相変わらず愛らしく恥ずかしがって伏し目がちになる。 その表情がどれほど色っぽいのか、花自身は自覚がないだろう。 花は本当に可愛い。 可愛い過ぎて、更に抱きすくめたくなる。 「…花、有り難う…。これからは余り無理をしないようにね。君は一人じゃないから…」 「はい。有り難う」 「花の出産のための準備をする者たちを組織をしなければならないね…」 「まだ早いですよ? お腹はそんなにも大きくはなっていないですし…。赤ちゃんが生まれるのはまだ先ですから」 「駄目だよ。ちゃんとしておかなければね。準備をきちんとして、君に負担がかからないようにしたいからね」 花には負担をかけさせたくはない。 だから自分が出来る限りの最高のことをしてあげたかった。 「孟徳さん、私を甘やかせすぎですよ」 花は苦笑いをしながら孟徳を見ている。 「いいの。俺は女の子には優しいから。…その中でも、花は特別だ…」 孟徳は掠れた甘い声で呟くと、花の頬にキスをした。 「あくまで、俺は君が大切だから。色々と手配するよ」 「はい、有り難うございます」 「うん。花が笑顔でいてくれるのが、俺にとっては一番だから」 「有り難う…」 孟徳はフッと柔らかな笑みを浮かべると、花を抱き締めて離さない。 ふたりは何度もキスをして、甘い喜びを共有しあった。 「…しかし、子供がこんな平らなお腹にいるんだから、信じられないね」 「そうですね。だけどこれからお腹が大きくなってきますから、実感出来ますよ。ただ、私は不格好になってしまうかもしれないですが」 花は苦笑いを浮かべて、孟徳を見る。 花のお腹が大きくなっても不格好にはならないだろう。 恐らくはもっと美しくなるはずだ。 これは孟徳も充分過ぎるぐらいに解っている。 「俺は結婚しなかったし、子供もいなかった。だから、女性がどのように母親になっていくのかが、俺はイマイチ、ピンと来ないんだけれど、だけどそれが素晴らしいことであることは、君を見れば分かるよ。君がこうして、俺に素晴らしい過程を見せてくれる。何よりも愛している君が見せてくれる奇蹟を、俺は見られるかと思うと、とても嬉しく思うよ…」 「孟徳さん…」 「俺が今まで結婚もせずに、子供を作らずにずっとひとりでいたのは、君と出会うためだったんじゃないかって、物凄く思うよ」 孟徳は、花をギュッと抱き締めながら、その幸せを噛み締める。 「有り難う、花。君がいるから、俺は更に前向きでいられる。君というかけがえのない守る者が出来て、それと同じぐらいに守る者がまた出来る。それは素晴らしいことだよ。花、本当に有り難う…」 孟徳は話しながら、父親になる自覚が少しずつではあるが芽生えていることを感じる。 新たにかけがえのない守る者が出来ることだ。 その者が守らなくても良くなるまで、しっかりと花と共に守っていくこと。 これが父親になるための第一歩なのだ。 責任を持って守ること。 成長させること。 それが父親のひとつの役割なのだ。 孟徳は、父親というものがどのようなものなのかを、ようやく理解することが出来た。 花のために、子供のために前向きに生きていこう。 そう思うと、喜びが涌いてくるのを感じていた。 花は孟徳に抱き締められながら、いつも以上の安寧を感じていた。 母親になるということが、まだ具体的にどのようなものであるかは分からない。 だが、花にとっては確実に素晴らしいことであることは、本能で理解することが出来た。 愛する孟徳の子供を産む。 元いた世界を、花にとっては文字通り総てを捨てる選択をしたほどに、愛している男性なのだ。 その男性の子供を産むというのは、なんて素晴らしいことなのだと思う。 これ以上のハッピーエンドはない。 花はにっこりと幸せな気持ちで微笑みながら、孟徳を見つめる。 「花、一生、お前を守っていくから…」 「有り難う…。私も孟徳さんと赤ちゃんを一生、守っていきますね」 「有り難う。君を一番に子供も君ほどではないかもしれないけれど、君と同じぐらいに守っていく。一緒に少しずつ成長をして親になろう」 「はい」 孟徳とならきっと親として人間として更なる成長をすることが出来る。 花は強くそれを感じる。 「しかし文若がホッとするかもな」 「どうしてですか?」 「跡継ぎだよ。俺は子供たちには自由な人生を選んで貰いたいと思っているからね」 「そうですね。子供はひとりだけでは…ないとおもうので…誰か後を継ぎたい子が出てくるかもしれませんね」 「そうだね」 そうなるとどんなに幸せだろうか。 ふたりはそう思っていた。 |