*Lady And Gentleman*

1


 曹孟徳と言えば、今や世界を代表する企業体のCEOだ。

 小さな子供ですら、孟徳の会社が何をしているのか一部ではあるが答えられるだろう。

 花とは住む世界が全く違うひと。

 だから関わりになることはないと思っていた。

 ついさっきまでは。

 

 花はホテルでの給仕のアルバイトで、パーティに駆り出された。

 世界的な実業家である曹孟徳の企業パーティの為だ。

 アルバイトに来ているホテル自体が、曹孟徳がオーナーである高級ホテルだ。

 花は自活している高校生であることを認められて、特別にアルバイトとして雇われている。

 パーティの給仕はとても忙しい。

 しかもスピード、タイミング、マナーが求められる。

 総ての教育がそつなく行われているのは、やはり孟徳の徹底したお客様主義によるものだろう。

 きちんと教育をしてくれる上、給料も弾んでくれる。

 直接逢ったことはなかったが、花は孟徳に感謝をしていた。

 

 花がテキパキと動いていると、プールの辺りで揉めている男女のカップルを見掛けた。

 男はチャラい感じがするがなかなかのハンサムで、女性はいかにもモデルといった雰囲気だった。

 花は近付かないようにしながら、一生懸命仕事をする。

 すると、男女カップルの近くにいる男性に呼ばれた。

 恐らくはアルコールの注文だろう。

 花は、カップルに気を遣いながら、男性のところに向かった。

「あなたなんてサイテーよっ!」

 通り掛かったタイミングが最悪だった。

 女は男を思い切り突き飛ばそうとした。

「…あ…っ!」

 男が上手く避けたせいで、女の腕が花に当たってしまい、そのままバランスを崩す。

「…あっ…!」

 脚を縺れさせてしまい、気付くとプールに真っ逆様に墜ちて行く。

「おいっ…!」

 男が手を差し延べてくれたが、それを掴むことなくプールに墜落する。

 そこからの記憶はプツリと切れた。

 

 頭の痛みで花は目が覚めた。

 目を開けると、そこは見慣れない場所だ。

 頭がズキズキしてしょうがない。

 花は何が起こったのかが、全く分からなかった。

 口を開けるにも頭痛が邪魔をする。

「大丈夫か?」

 声が聞こえた方向に視線を向けると、そこには先ほどのチャラい男が心配そうにしていた。

「…頭が痛くて…」

「頭を軽く切ったんだ。幸い、その怪我以外は異常はなかった」

 頭に手を伸ばすと、確かにきちんと包帯が巻かれていた。

「…良かった…」

 頭の怪我はやはり何があるかが分からないから不安だ。

 花は、男の言葉にホッと胸を撫で下ろした。

「…良かった…」

「すまなかったね…。巻き込んでしまって…」

 男は本当に申し訳なさそうに呟く。

「…しょうがありません。仕事中でしたから…。…だけど…、仕事が当分出来ないのが辛いです…」

 花は生活をしてゆくために必要な仕事を取り上げられたら、本当にどうして良いのかが分からなくなる。

 この仕事があるから、今まで食い繋ぐことが出来ていたというのに。

 そこが花にはとても辛いことだった。

「仕事には直ぐに復帰出来ますか…? あいたあっ!」

 花が痛みで蹲ると、男は慌ててやってきた。

「…大丈夫!?」

「あ、有り難う」

 男は本当に心配そうに眉を下げている。

 チャラい見た目だと思っていたが、優しい上にきちんと治療をしてくれる。

 その上よく見ると甘い容貌をした男前だ。

「…仕事のことは心配しなくても良いよ。復帰出来るまでの給料は補償する。もちろん仕事も保証しよう」

 男は花を安心させるかのように優しい笑顔を向けてくれている。

 男の言葉に花は少しだけホッとした。

「有り難うございます。社長に交渉して下さるんですか?」

 花は純粋な気持ちで言うと、男を見た。

 すると男はおかしそうに笑う。

「俺が社長だから大丈夫だよ」

「え…?」

 花は一瞬、男が何を言っているのかが理解出来なかった。

「俺が曹孟徳だよ。山田花ちゃん」

 くすりと笑いながら孟徳が名乗った瞬間、花は瞳を大きく見開いた。

「えーっ!?」

 まさか。

 曹孟徳がこんなに若いとは、花は思ってもみなかった。

 驚いて目を見開いたまま孟徳を見ていると、またくすりと笑われてしまった。

「…そんなにお若いとは思ってもみませんでした…」

「ははは。若く見えるだけだよ。まあ、それなりに年はいっているよ。と言っても、他の企業体の代表よりはかなり若いとは思うよ」

 孟徳はただ笑っている。

「とにかく。君を怪我をさせてしまったのは俺の責任であるからね。君は一人暮らしらしいから、当分、うちで療養をすると良いよ。うちにはハウスキーパーもいるから、花ちゃんものんびり出来ると思うよ。だからここにいな」

 流石はCEOだ。

 花のことを直ぐに調べさせたのだろう。

「君の世話はきちんとさせて貰うよ。お詫びも込めてね」

「有り難うございます…」

「君は何にも心配しなくても構わないから」

 流石は一流企業体のトップを務めるだけあり、きちんとした対応をしてくれるのだろう。

「不安かな? いきなりこんなことを言われても信じられないだろうけれどね。君が全快するまでは全力で面倒を見させて貰うよ」

「有り難うございます。だけど本当に宜しいんでしょうか?」

花が遠慮がちに言うと、孟徳は少し困ったような表情をする。

「君を怪我させる原因を作ったのはこちらだからね。当然のことをしたまでだよ。女の子の頭に怪我をさせるなんて事だよ」

 孟徳は本当にそう思っているらしく、済まなさそうに言っている。

 そこまで言ってくれているのであれば、受けなければ逆に角が立つだろう。

 花は素直に頷くことにした。

 やはり孟徳の申し出は受けておくべきだろうから。

「有り難うございます。では、怪我が治るまではお世話になります」

「うん。そうして貰えると嬉しいよ」

 孟徳は笑顔で言うと、花に手を差し延べた。

「え…?」

「手を握れば契約成立だよ。花ちゃん」

「はい」

 孟徳の何処か愛らしさが残る笑顔に、花はつい誘われるように手を差し出す。

 がっちりとお互いの握手をし合う。

 孟徳の手はうっとりするような力強さを持っている。

 花は、暫くの間、この人になら世話になっても大丈夫だろうと思った。

「これで契約成立だね。花ちゃん、うちに行くよ。君が必要なものは総てうちで揃えておいたから、何にも準備しなくても大丈夫だよ」

「はい、有り難うございます」

 孟徳は、花が起き上がるのを手伝ってくれる。

「薬が出ているから、きちんと飲むようにね。鎮静剤と抗生物質が出ているから」

「はい」

 花は神妙に頷くと薬を受け取った。

「色々と有り難うございます。休んでいる間の保証と、治療費だけで良かったんですよ」

「だけど、女の子に怪我をさせてしまったのは駄目だよ」

 孟徳はそう言うと、花を病院の駐車場まで連れて行ってくれた。

 流石は大企業のCEOなだけあり、駐車場には立派なロールスロイスが停まっていた。

 テレビでは見た事があっても、実物を見たことはなかった。

 花は大きな瞳を開けながら、ただ見てしまう。

「ロールスロイスは初めて?」

「はい。普通は乗った事ないのではないでしょう」

「そっか。まあ乗って。見た目だけは凄いけれど、乗り心地は、どの車も変わらないから」

「はい」

 孟徳にエスコートされながら、花は恐縮しながら車に乗り込む。

 傷の痛みを忘れてしまうほどに、妙な緊張してしまった。

 これから少しの間、どのように過ごして良いのかが、分からなくて戸惑っていた。



Top Next