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曹孟徳と言えば、今や世界を代表する企業体のCEOだ。 小さな子供ですら、孟徳の会社が何をしているのか一部ではあるが答えられるだろう。 花とは住む世界が全く違うひと。 だから関わりになることはないと思っていた。 ついさっきまでは。 花はホテルでの給仕のアルバイトで、パーティに駆り出された。 世界的な実業家である曹孟徳の企業パーティの為だ。 アルバイトに来ているホテル自体が、曹孟徳がオーナーである高級ホテルだ。 花は自活している高校生であることを認められて、特別にアルバイトとして雇われている。 パーティの給仕はとても忙しい。 しかもスピード、タイミング、マナーが求められる。 総ての教育がそつなく行われているのは、やはり孟徳の徹底したお客様主義によるものだろう。 きちんと教育をしてくれる上、給料も弾んでくれる。 直接逢ったことはなかったが、花は孟徳に感謝をしていた。 花がテキパキと動いていると、プールの辺りで揉めている男女のカップルを見掛けた。 男はチャラい感じがするがなかなかのハンサムで、女性はいかにもモデルといった雰囲気だった。 花は近付かないようにしながら、一生懸命仕事をする。 すると、男女カップルの近くにいる男性に呼ばれた。 恐らくはアルコールの注文だろう。 花は、カップルに気を遣いながら、男性のところに向かった。 「あなたなんてサイテーよっ!」 通り掛かったタイミングが最悪だった。 女は男を思い切り突き飛ばそうとした。 「…あ…っ!」 男が上手く避けたせいで、女の腕が花に当たってしまい、そのままバランスを崩す。 「…あっ…!」 脚を縺れさせてしまい、気付くとプールに真っ逆様に墜ちて行く。 「おいっ…!」 男が手を差し延べてくれたが、それを掴むことなくプールに墜落する。 そこからの記憶はプツリと切れた。 頭の痛みで花は目が覚めた。 目を開けると、そこは見慣れない場所だ。 頭がズキズキしてしょうがない。 花は何が起こったのかが、全く分からなかった。 口を開けるにも頭痛が邪魔をする。 「大丈夫か?」 声が聞こえた方向に視線を向けると、そこには先ほどのチャラい男が心配そうにしていた。 「…頭が痛くて…」 「頭を軽く切ったんだ。幸い、その怪我以外は異常はなかった」 頭に手を伸ばすと、確かにきちんと包帯が巻かれていた。 「…良かった…」 頭の怪我はやはり何があるかが分からないから不安だ。 花は、男の言葉にホッと胸を撫で下ろした。 「…良かった…」 「すまなかったね…。巻き込んでしまって…」 男は本当に申し訳なさそうに呟く。 「…しょうがありません。仕事中でしたから…。…だけど…、仕事が当分出来ないのが辛いです…」 花は生活をしてゆくために必要な仕事を取り上げられたら、本当にどうして良いのかが分からなくなる。 この仕事があるから、今まで食い繋ぐことが出来ていたというのに。 そこが花にはとても辛いことだった。 「仕事には直ぐに復帰出来ますか…? あいたあっ!」 花が痛みで蹲ると、男は慌ててやってきた。 「…大丈夫!?」 「あ、有り難う」 男は本当に心配そうに眉を下げている。 チャラい見た目だと思っていたが、優しい上にきちんと治療をしてくれる。 その上よく見ると甘い容貌をした男前だ。 「…仕事のことは心配しなくても良いよ。復帰出来るまでの給料は補償する。もちろん仕事も保証しよう」 男は花を安心させるかのように優しい笑顔を向けてくれている。 男の言葉に花は少しだけホッとした。 「有り難うございます。社長に交渉して下さるんですか?」 花は純粋な気持ちで言うと、男を見た。 すると男はおかしそうに笑う。 「俺が社長だから大丈夫だよ」 「え…?」 花は一瞬、男が何を言っているのかが理解出来なかった。 「俺が曹孟徳だよ。山田花ちゃん」 くすりと笑いながら孟徳が名乗った瞬間、花は瞳を大きく見開いた。 「えーっ!?」 まさか。 曹孟徳がこんなに若いとは、花は思ってもみなかった。 驚いて目を見開いたまま孟徳を見ていると、またくすりと笑われてしまった。 「…そんなにお若いとは思ってもみませんでした…」 「ははは。若く見えるだけだよ。まあ、それなりに年はいっているよ。と言っても、他の企業体の代表よりはかなり若いとは思うよ」 孟徳はただ笑っている。 「とにかく。君を怪我をさせてしまったのは俺の責任であるからね。君は一人暮らしらしいから、当分、うちで療養をすると良いよ。うちにはハウスキーパーもいるから、花ちゃんものんびり出来ると思うよ。だからここにいな」 流石はCEOだ。 花のことを直ぐに調べさせたのだろう。 「君の世話はきちんとさせて貰うよ。お詫びも込めてね」 「有り難うございます…」 「君は何にも心配しなくても構わないから」 流石は一流企業体のトップを務めるだけあり、きちんとした対応をしてくれるのだろう。 「不安かな? いきなりこんなことを言われても信じられないだろうけれどね。君が全快するまでは全力で面倒を見させて貰うよ」 「有り難うございます。だけど本当に宜しいんでしょうか?」 花が遠慮がちに言うと、孟徳は少し困ったような表情をする。 「君を怪我させる原因を作ったのはこちらだからね。当然のことをしたまでだよ。女の子の頭に怪我をさせるなんて事だよ」 孟徳は本当にそう思っているらしく、済まなさそうに言っている。 そこまで言ってくれているのであれば、受けなければ逆に角が立つだろう。 花は素直に頷くことにした。 やはり孟徳の申し出は受けておくべきだろうから。 「有り難うございます。では、怪我が治るまではお世話になります」 「うん。そうして貰えると嬉しいよ」 孟徳は笑顔で言うと、花に手を差し延べた。 「え…?」 「手を握れば契約成立だよ。花ちゃん」 「はい」 孟徳の何処か愛らしさが残る笑顔に、花はつい誘われるように手を差し出す。 がっちりとお互いの握手をし合う。 孟徳の手はうっとりするような力強さを持っている。 花は、暫くの間、この人になら世話になっても大丈夫だろうと思った。 「これで契約成立だね。花ちゃん、うちに行くよ。君が必要なものは総てうちで揃えておいたから、何にも準備しなくても大丈夫だよ」 「はい、有り難うございます」 孟徳は、花が起き上がるのを手伝ってくれる。 「薬が出ているから、きちんと飲むようにね。鎮静剤と抗生物質が出ているから」 「はい」 花は神妙に頷くと薬を受け取った。 「色々と有り難うございます。休んでいる間の保証と、治療費だけで良かったんですよ」 「だけど、女の子に怪我をさせてしまったのは駄目だよ」 孟徳はそう言うと、花を病院の駐車場まで連れて行ってくれた。 流石は大企業のCEOなだけあり、駐車場には立派なロールスロイスが停まっていた。 テレビでは見た事があっても、実物を見たことはなかった。 花は大きな瞳を開けながら、ただ見てしまう。 「ロールスロイスは初めて?」 「はい。普通は乗った事ないのではないでしょう」 「そっか。まあ乗って。見た目だけは凄いけれど、乗り心地は、どの車も変わらないから」 「はい」 孟徳にエスコートされながら、花は恐縮しながら車に乗り込む。 傷の痛みを忘れてしまうほどに、妙な緊張してしまった。 これから少しの間、どのように過ごして良いのかが、分からなくて戸惑っていた。 |