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言われるままに、孟徳の邸に連れていかれる。 曹孟徳の家だからかなり瀟洒な大豪邸だろうと思っていたが、実際には程よい広さで無駄のないスタイリッシュな雰囲気の邸だった。 花はこのようなところで本当にお世話になって良いものだろうかと思いながら、孟徳の後に着いていった。 「花ちゃん、君はここを使うと良いよ。バスルームもあるから気にする事ないから。ゆっくり、のんびりと養生してくれたら良いから」 「はい」 孟徳が案内してくれたのは、白を基調とした、明るく清潔感のある部屋だった。 まるでホテルの一室のようだ。 窓からは美しい夜景が見える。 こんな部屋に暮らすのは、一生、縁がないと思っていたから花は驚いた。 神様が少しの間、夢を見させてくれているのかもしれない。 「ここを使って。遠慮しなくても良いから」 「有り難うございます」 「今夜はゆっくりと休んで」 「有り難うございます」 花が礼を言うと、孟徳は柔らかな笑みを浮かべた。 怪我をさせてしまったの恵まれない女の子への憐れみなのかもしれない。 「うちのスタッフが必要なものをクローゼットとチェストに入れたらしいから、適当に見繕ってくれて使って良いよ」 「何から何まで有り難うございます」 「ああ。当然だよ。今夜はもうゆっくりと休むと良いよ。おやすみ」 「…おやすみなさい…」 花が挨拶をすると、孟徳は頷いてどちらかに行ってしまった。 花は部屋にひとりになった。 これからしばらくの間お世話になる部屋だ。 花は少しだけお姫様の時間を過ごさせて貰おうと思った。 まだ傷が痛むが、直ぐに治るだろう。 少しの間だけ、幸せな夢を見させて貰おうと決めた。 枕が変わったというのに、花は意外なぐらいにぐっすりと眠ることが出来た。 まだ頭の傷は痛むが、それでも清々しい朝を迎える事が出来た。 チェストには、当分の生活が出来るように衣服が揃えられており、花はその中の服を着させて貰った。 孟徳の傘下の企業にはアパレルメーカーもあると聞いているから、恐らくはそこの商品なのだろう。 身支度を整え終わったところで、ドアをノックする音が聞こえた。 「花ちゃん、起きているかな」 「はい」 孟徳の声が聞こえて、花は扉を開けた。 「おはようございます」 「おはよう。朝ご飯の支度が出来たよ。中華粥だけれど食べようか」 「はい。嬉しいです」 花がにっこりと笑顔で返すと、孟徳は頷いてくれた。 「花ちゃん、傷の具合はどうかな? 随分とマシかな?」 「はい。まだ少しは痛みますけれど、大丈夫です。すぐにまた元の生活に戻れるようになると思います。孟徳さんにはとても良くして頂いて、申し訳ないです」 「そんなこと、余り気にしなくても大丈夫だよ、花ちゃん。そんなに気を遣ってないから…」 孟徳は軽い雰囲気で言うと、花をダイニングへと連れていってくれた。 孟徳の家には手慣れた数人のハウスキーパーがいて、きちんと家を管理している。 流石は、大企業のCEO、独身貴族の孟徳の家だと思った。 「花ちゃん、好きなだけ食べて良いからね」 「はい、有り難うございます」 用意された朝食用の中華粥は、帆立てや海老、青梗菜が使われた美味しそうなもので、花は大いに味わった。 「美味しいです」 「それは良かった」 孟徳は柔らかな笑みを浮かべながら朝食を取る。 不意に携帯電話が鳴り響く。 「はい、文若か。買収の件か…。今は自宅だから直ぐに会社に行って話す」 ビジネスの話をしている時の孟徳は、鋭い鷲のようなまなざしだった。 厳しいといっても過言ではない。 何処か冷徹な雰囲気を醸し出している。 こんな雰囲気の孟徳は見たことはない。 だが、これが本当の孟徳なのだろうと花は思った。 だからこそ、経済界の覇者になれたのだろう。 花には窺い知らない世界ではあるが。 花はわざと気にかけないようにして、食事に集中することにした。 孟徳は携帯電話を切ると、またいつもの穏やかなまなざしに戻った。 これが本当は仮面なのかもしれないと、花は思った。 「花ちゃん、しっかり食べて早く怪我を直すようにね。病院にはきちんと行くように。手配はしておいたから」 「はい、有り難うございます」 こうしていると孟徳は穏やかに優しい。 これも孟徳。 そして先ほどの冷徹なまなざしもやはり孟徳なのだろうと花は思った。 孟徳が仕事に行くと、花は取りあえずは休むことにした。 今日はゆっくりと休んだほうが良いだろう。 そのほうが怪我も早く治るだろう。 花は病院にもきちんといって、早く治そうと思う。 病院に行くと告げると、ハウスキーパーが、車を手配してくれた。 大した怪我ではないというのに、こうしてサポートして貰えるのは有り難かった。 少し恐縮してしまう。 花は診察をして貰い、一週間もすればよくなると言われた。 孟徳にお世話になるのは五日間ぐらいだろうと考えながら、花は孟徳の家に戻った。 こんなによくして貰って、どうすれば返すことが出来るのだろうか。 そんなことを考える。 ただの勤労女子高生だし、孟徳には物とかでお礼をすることは出来ない。 何が良いのかを、花はのんびりと考えることにした。 夕食は流石にひとりだ。 孟徳のことだから、仕事が猛烈に忙しいのだろう。 花は、申し訳ないと思いながら、ご飯をもりもり食べる。 後片付けを手伝い、花は何もすることがなくなって部屋に入った。 とりあえず、今日は安静にしておくが、学校のことも考えると、早目に帰らなければならないだろう。 そんなことをぼんやりと考えていた。 暫くして、孟徳が帰ってきた。 「花ちゃん、いるかな?」 孟徳は知っている顔だから、ついその顔を見るとホッとする。 花は扉を開けると、孟徳のいつもの笑顔があった。 「ケーキを買って来たんだけれど、食べる?」 「有り難うございます」 花は笑顔になると、孟徳と一緒にダイニングへと向かった。 「ケーキ大好きなんです。久し振りで嬉しいです」 「それは良かった。一緒に食べようか」 「はい!」 孟徳は本当に花を気遣ってくれる。 それが嬉しくて、花はつい笑顔になる。 普通は怪我をさせたからと言って、ここまでしてはくれない。 流石は世界的なビジネスマンなのだろう。 花は、このひとの下ならば、これからもアルバイトを頑張ることが出来ると思った。 ケーキを食べると、本当に蕩けるぐらいに幸せな気分になれる。 花はついうっとりとしてしまった。 「花ちゃんはケーキを食べる時は本当に幸せそうな顔をするね」 「ケーキは贅沢ですからね。とっておきのご褒美です。今日は何もしていないですけれど」 花がケーキを食べていると、孟徳は優しい笑顔になってくれる。 その笑顔は何処か少年のようで可愛いと思った。 「花ちゃん、怪我の具合はいかがかな?」 「先生が一週間もすれば綺麗に治るとおっしゃってくれました。だから、明後日あたりにはうちに帰れそうです」 「焦らなくて良いよ」 「はあ…。だけど、かなりお世話になっているのは事実ですから」 花は言うと、孟徳に笑顔を向けた。 「私、孟徳さんが経営するホテルでアルバイト出来て良かったです。孟徳さんがずっとずっと上の上司だったら、働き易いですから」 「有り難う」 「本当ですよ」 花が素直に言うと、孟徳は微笑んでくれる。 温かい家族団欒のようで嬉しかった。 |