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いよいよ月子も臨月を迎えた。 いつ産まれてもおかしくはないと医師からは言われている。 琥太郎はと言えば、以前からの過保護ぶりに輪を掛けて月子を大切にしてくれている。 保健医という職業柄、琥太郎はかなり大切にしてくれ、事あるごとに月子を無理させないようにしてくれていた。 苦手な掃除まで琥太郎はしてくれる。 掃除ぐらいしても大丈夫だといくら言っても、琥太郎は家事をさせてくれない。 本当に幸せだ。 ここまでしっかりと守られていると感じる。 だが、琥太郎よりも過保護な人物がいたのだ。 琥春だ。 月子が臨月になると、琥春は日本に帰ってきた。 「まあ! お花ちゃん! 随分とお腹が大きくなったわね!」 すっかり突き出た月子のお腹を見るなり、琥春は嬉しそうに笑う。 「臨月になったら更に大きくなったんです」 「まあ! 星月の初めての子供ですものね! お腹の子供はお花ちゃんに似て元気いっぱいだと良いわね。あ、琥太郎のぐうたらな部分は似て欲しくはないんだけれど」 琥春はちらりと弟を見つめている。 「ぐうたらは余計だ」 琥太郎の拗ねるような声に、月子はつい笑ってしまう。 「私は琥太郎さんに似ている子供が良いです」 月子が真っ赤になりながら呟くと、ちらりと琥太郎を見つめた。 「まあお花ちゃんってば。本当に琥太郎を愛しているのね」 琥太郎は笑みを浮かべると、しっかりと手を握り締めてくれる。 「当たり前だ」 さらりと認める琥太郎の言葉が嬉しくて、月子は真っ赤になってしまった。 「まあまあお花ちゃんは相変わらず可愛いわね」 琥春は明るく艶のある優しい声で、呟いてくれる。 「ねえ、お花ちゃん、赤ちゃんが産まれるまで、うちで過ごす気はないかしら」 琥春はニッコリと呟くと、琥太郎と繋いでいないほうの手を取った。 琥春の申し出はとても嬉しいのだが、月子はどうしても琥太郎のそばで子供が産みたい。 愛するひとのそばで、ふたりの愛の結晶を産みたいと思っていた。 戸惑いながらも、困った微笑みを月子は琥春を見つめる。 「あ、あの、琥春さん……。ごめんなさい……。赤ちゃんは、琥太郎さんのそばで産みたいんです……」 温かな申し出はとても嬉しい。 だが、月子はどうしても琥太郎のそばで産みたかった。 ふたりで流れ星に願った想い。 ふたりの愛の結晶が欲しい。 それはふたりで叶えた願いだから、出産の時には一緒にいたかった。 「解っているわよ、そんなこと。お花ちゃんと琥太郎を離れ離れにするわけがないでしょ?」 琥春は笑顔でふたりを見つめる。 「赤ちゃんが落ち着く一月間は、琥太郎とお花ちゃんはうちにいてちょうだい。お花ちゃんには、快適な環境で、最初の子育てを始めて欲しいからね」 「有り難うございます」 琥春の気持ちは本当に嬉しい。 家族として実の妹のように可愛がって貰っているのが、本当に嬉しい。 だが、初めての子供だからこそ、琥太郎とふたりで頑張りたいと思う。 ふたりで子供を育てることで、かけがえのない絆や愛情が産まれてくるのではないかと、月子は思った。 「姉さん、色々と有り難う。だが、初めての子供だからこそ、月子と一緒にやりたいと思っているんだ。姉さんの手を借りたい時は遠慮なく貸して貰うが、ふたりで出来る限り頑張りたいんだ」 琥太郎は、キッパリと力強く呟く。 月子も同じ事を考えてしまう。 琥春に話している間、琥太郎はしっかりと月子の手を握り締める。 琥太郎は真摯に姉を真っ直ぐ見つめた。 琥春はただ静かに、琥太郎の話を聞いてくれている。その横顔が真剣で、またとても美しかった。 「しょうがないわね、琥太郎とふたりで頑張ってみるというのならね。その代わり、しっかりと頑張るのよ。良いわね、ふたりとも」 琥春は笑顔で言うと、月子のお腹を優しく触れる。 「本当に、あなたはお父さんとお母さんに愛されてとても幸せね」 お腹から琥春の愛情が感じられて、とても嬉しい。 月子も子供もそれを感じていた。 「お花ちゃん、困ったことがあったら何でも言って頂戴ね。あなたが出産後、一月ぐらいはこちらにいるつもりだから」 「有り難うございます。琥春さんがいると心強いですから」 「それは良かったわ。私もお花ちゃんと赤ちゃんな役に立てるのがとても嬉しいのよ」 琥春は、月子を小さな妹のように可愛がってくれる。 頼れる素敵な女性がそばにいることが、月子は恵まれていると思う。 愛するひとのお姉さん。月子にとってはかけがえのない家族だった。 「琥太郎、お花ちゃん、陣痛が起きたら直ぐに連絡をするのよ。解ったわね」 「解ったよ、姉さん。何だか姉さんが父親になるみたいだな」 「それと同じようなものでしょう? だって、お花ちゃんの子供なんだから。私に似ていると嬉しいわねー」 琥春は相変わらずのトーンで話をしている。 琥太郎は溜め息を吐きながらも、何処か笑っている。 「琥太郎、あなたよりも、私に似たほうが育て易いとはおもうけれどね。お花ちゃんも」 「……た、確かにあなたとも血は繋がってはいますが、俺は女の子なら月子に似ているほうが良い」 琥太郎は苦笑いを浮かべながら微妙な表情をしている。ふたりの力関係が分かるような表情に、月子は思わず笑ってしまった。 「お花ちゃん、楽しみにしているわよ。いよいよですものね」 「はい!」 月子は、大きなお腹に手のひらをそっと宛てる。敢えて性別は訊いてはいない。その方が楽しみが大きいからだ。 健康な子供が産まれたらそれで良いと、月子も琥太郎も思っていたからだ。 「じゃあ、またね」 琥春は笑顔で挨拶をすると颯爽と帰っていった。 「やっぱり、琥春さんは素敵です。女の子だったら、琥春さんのような女の子も素敵だと思います」 「俺はそうは思えないけれど……」 琥太郎は相変わらず表情を引きつらせている。 その様子がおかしくて、月子は思わず笑ってしまった。 いよいよもうすぐ産まれるというお印が来て、月子も楽しみと緊張の中、時間を過ごす。 琥太郎はといえば、毎日出勤する前に、心配そうに月子の様子を見る。 「陣痛が始まったら、直ぐに俺に連絡をしなさい。後は、当分風呂には入れないから、俺が帰って来るまでにお風呂に入っておくこと。良いね。それと陣痛の間隔をきちんと測っておきなさい。良いな」 琥太郎はやはり保健医らしく、毎朝、色々ときめ細かく言ってくる。 「はい、解りました」 琥太郎は笑顔で頷くと、月子を抱き寄せて、唇に軽いキスをした。 「……今日も余り無理はするなよ?」 「はい、有り難うございます、琥太郎さん。いってらっしゃい」 「いってきます」 月子は琥太郎に手を振りながら、愛するひとを見送る。 もうすぐ赤ちゃんとふたりで見送ることも多くなるだろう。 そんなことを考えながら、月子はくすぐったい幸せに浸っていた。 軽く掃除を終えた時点で、お腹が急に痛くなる。 直ぐに治まったが、また起こる。 これが陣痛。 月子は直ぐに琥太郎に電話をする。 「琥太郎さん、あの……、陣痛が始まったの」 「本当か! では直ぐに帰るから、お風呂に入って、待っていなさい」 「はい、有り難うございます」 月子よりも琥太郎のほうが焦っているのではないかと、思わずにはいられなかった。 月子は入院の準備が整えられたスーツケースを出した後、入浴する。 幸せはもうすぐだった。
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