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月子が落ち着いて準備を終えた後、琥太郎が慌てて帰ってきた。 髪が乱れていて、かなり慌てているのが分かる。 月子はくすりと笑いながら、琥太郎を出迎えた。 「おかえりなさい、琥太郎さん」 「ただいま……。おい。大丈夫か!?」 琥太郎は本当に心配そうに月子を真っ直ぐ見つめている。 「大丈夫ですよ。陣痛には山がありますから。正確には、今は大丈夫だということなんですけれどね」 月子がニッコリと笑うと、琥太郎はギュッと抱き締めてきた。 「さあ、直ぐに行こうか。姉さんとお前のお義母さんには連絡をしておいた」 「有り難うございます」 これで、病院に行って赤ちゃんを産むのに備えるだけだ。 「月子、行くぞ。お腹が痛くなったら直ぐに言えよ」 「はい、有り難う」 琥太郎は本当に待遠しいようだ。だが、それと同時に、何処か不安そうにもしていた。 琥太郎の車に乗り込んで、病院へと向かう。 病院は、月子が出産の時に苦労しないようにと、所謂、セレブリティが使うようなところを、琥春が探してくれたのだ。 だからかなり快適に出産が出来る筈だ。 本当に至れり尽くせりで、月子は、自分はなんて恵まれているのだろうかと、思わずにはいられない。 本当に心から愛するひとの赤ちゃんを、万全の態勢で産むことが出来るのだから。 琥太郎はいつもでも、ソフトに運転してくれるのだが、今日は更にそれが輪を掛けてソフトだった。 月子と子供のことを考えてくれているからだろう。 それは本当に有り難かった。 琥太郎の気遣いに、月子は心が温かくなった。 月子は、琥太郎がそばにいてくれれば、きっと頑張れると思う。 大好きなひとがそばにいるから、子供を産む痛みも、恐怖も総て耐えられるような気がした。 病院に到着すると、琥太郎が直ぐに手続きをしてくれて、月子は病室へと向かった。 病室だから普通のところだとばかり思っていた。 しかし、まるでホテルのようで、月子は驚いてしまった。 しかも、琥太郎が泊まるスペースまである。 この気遣いは、月子には嬉しくてしょうがない。 「琥太郎さん、何だか病院ではなくてホテルみたいですね」 月子が苦笑いを浮かべながら言うと、琥太郎もまた甘さを含んだ苦笑いを浮かべた。 「姉さんが、お前には快適な環境で子供を産んで欲しいと、産婦人科の特別室を早くから押さえていたんだよ。お前は初めての出産だから、色々と大変だからだとな。それに初めての出産なら、俺がそばにずっと着いていられる環境のほうが良いと、あのひとは言っていたからな。まあ、俺もそれはそう思っている。それにお前のそばにいたいということもあったしな。俺も姉さんも、とことんまでお前には甘いということになるな」 琥太郎は喉をくつくつと鳴らしながら、幸せそうに笑う。 月子は泣きそうになった。 本当に愛されている。 なんて幸せなのだろうかと。 「幸せです」 月子が甘く呟くと、琥太郎もまた頷いてくれた。 ふたりで病室にいると、担当医師がやってきてくれた。 「星月さん、まだまだ時間がありますから、ゆっくりして下さい。陣痛の間隔がもう少し短くなったら、分娩室に入りましょう。ですからご主人、奥さんの陣痛の間隔を、きちんと測っておいて下さいね」 「はい。解りました」 琥太郎は頷くと、時計を見ながら月子の陣痛間隔を測り始めた。 「琥太郎さん、また……」 「解った」 琥太郎は丁寧に間隔を測ってくれる。 月子は琥太郎がそばにいてくれるだけで、痛みに耐えられるような気がした。 またしばらく治まって、月子は安堵の余りに深呼吸をする。 そのタイミングで足音が聞こえてきた。 「お花ちゃん、いるかしら?」 「姉さん、どうぞ」 「有り難う」 琥春はうきうきするような声で言うと、ゆっくりと病室に入ってきた。 「お花ちゃん、様子はどうかしら?」 「……はい。今は陣痛が治まっているのでマシなんですけれど、始まると痛いですね……」 なるべく笑顔でいようとは思ったが、月子はそう出来なかった。苦々しい笑みになってしまう。 「お花ちゃん、余り無理はしないようにね」 「有り難うございます」 月子が笑顔で礼を言うと、琥春は大きな荷物を琥太郎に渡した。 「はい、どうぞ」 「有り難う、姉さん。だけど、凄い量だな……」 「それはそうよ! お花ちゃんと私の可愛い赤ちゃんの物が沢山入っているもの! 新生児でいるものをセレクトしているのよ。後は、お花ちゃんが入院中と暫くは必要なものをね」 「有り難うございます、琥春さん」 琥春は相変わらず、笑顔で月子を見つめてくれている。 とても優しい顔だ。 「姉さん、俺のは?」 「あるわけないじゃない。そんなもの」 琥春の言葉に、琥太郎は顔をひきつらせている。 「相変わらずだな。姉さんは」 「決まっているじゃない。そんなこと。お花ちゃんと赤ちゃんが、私には一番大事な家族なんだからね」 わざと言っているのが分かるぐらいに、琥春は嬉しそうに話している。 きっと、月子が琥太郎の妻で、赤ちゃんが琥太郎の子供だからこそ可愛くてしょうがないのだろう。 琥太郎への琥春の愛情が感じられて、月子は何だか嬉しかった。 「また……っ!」 「大丈夫かっ!?」 月子は食い込むような腹部ね痛みに、つい琥太郎の手を握り締める。 息が出来ないような痛みでも、琥太郎がそばにいてくれるだけで、何とか乗り越えてゆくことが出来る。 「…少し間隔が短くなったな」 「はい」 月子は何度も深呼吸をしながら、痛みに耐え抜く。 月子のそんな姿を見て、琥春は泣きそうな顔になっていた。 「お花ちゃん、偉いわね……。これが母親になる強さなのね。感動してしまうわ」 「琥春さん……」 大好きなひとと自分の子供。 だからこそ痛みにも耐えられるのだ。 痛みが和らぐと、今度は食事が運ばれてきた。 温かくて美味しそうな食事に、月子は笑顔になる。 「美味しそう……」 「星月さん、しっかりと食べて下さいね。お産は体力勝負ですし、それに暫くは食事が出来ませんからね。軽くですけれど」 「はい」 月子は出された食事を綺麗に食べて、元気になる。 これでお産の時に備えられる。 月子は後は子供を産むだけだと、落ち着いた気分になれた。 どんどん加速して、陣痛の間隔が短くなる。 月子は、ただ琥太郎にすがりついて痛みに耐えた。 月子の両親も到着して、愛する家族に見守られる。 なんて幸せ者なのだろうかと思う。 「そろそろ行きましょうか、星月さん。ご主人は立ち会われるんですよね。でしたら、先ずは準備をして下さい。分娩室に入っても暫くかかりますからね」 「解りました」 医師と看護師は、先ず、月子をストレッチャーに乗せて、分娩室へと運んでゆく。 月子はいよいよだと思う。 愛しい琥太郎の子供に逢えるのだ。 月子は今から泣きそうになるぐらいに嬉しかった。 いよいよ分娩台に乗せられる。 恥ずかしいだとかは言っていられない。 痛みに堪えながら、月子は子供を産む事に集中する。 「呼吸を覚えていますか? ひーひーふーですよ」 月子は教えられたように一生懸命に呼吸をする。 呼吸をすると、痛みが和らいだような気持ちになるのがとても不思議だ。 「頑張って、ご主人も直ぐに来ますから」 「はいっ……!」 月子はただ、愛するひとたちのために、痛みに耐え抜いていた。
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