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月子が痛みに堪えながら、ふたりの子供のために頑張ってくれている。 月子の滲む汗を、琥太郎は滅菌されたガーゼのタオルでふく。 「大丈夫か?」 「琥太郎さんがいるから大丈夫っ!」 月子がすがるようなまなざしで、一瞬、見つめてくるものだから、琥太郎は手を更に強く握り締めた。 「……月子……」 「はい、もう少しですよ。頑張って!」 「はいっ!」 月子は真っ直ぐ頑張っている。 自分では何も出来ないことに、琥太郎は唇を噛む。 「もうすぐですから。後、ひと頑張りですからね、星月さん」 月子は最後の力を振り絞っていきむ。 やがて。 子供の鳴き声が聞こえて、琥太郎はホッと力を抜くのと同時に、涙が溢れそうになった。 「男の子ですね。初めてのお子さんは」 医師は素早く子供を取り上げると、直ぐに出産の事後処理にかかる。 「……有り難う……」 琥太郎は、疲れ果てた月子を覗きこむと、心からの感謝の気持ちを贈る。 「私も嬉しいです……。琥太郎さん……」 「月子……」 うっすらと瞳に涙を滲ませながら、月子は琥太郎を真っ直ぐ見つめた。 「男の子ですよ」 産湯につかり、綺麗にして貰った息子を、助産師が月子の前に連れてきてくれた。 「有り難うございます」 息子を抱き締めて、月子は至福の表情をしている。 琥太郎の子供が欲しいと初々しく言っていた時から、間も無く一年。 月子は願いを叶えた。 琥太郎とふたりで。 ふたりで叶えた願いだからこそ、月子は今にも泣きそうな顔をしていた。 「……琥太郎さんによく似ているような気がします」 月子は嬉しそうに涙ぐんで微笑みながら、子供と琥太郎を見つめた。 「俺はお前にも似ているような気がするけれどな」 「それだったら嬉しいです」 月子は本当に透明感があって美しい。 こんなにも綺麗な月子を見た事はないと思うぐらいにだ。 「ご主人も抱いてみますか?」 「はい」 助産師から息子を手渡されて、琥太郎はぎこちなく抱く。 かなり緊張してしまう。 喉がからからになるぐらいに緊張してしまい、琥太郎はどうして良いかが解らなくなる。 だが、腕の中にある温もりも、重さも総てが琥太郎の息子の物なのだ。 愛しいと感じるほどに重い。 琥太郎は子供を抱きながら、この温もりに対しての責任が生まれたのだとひいうことを、つくづく感じた。 「宜しくな。今日からお前のお父さんだ」 琥太郎は愛を込めて、わが子に挨拶をした。 「ではお父さんは一旦着替えて外でお待ち下さいね。お母さんと赤ちゃんはもう少しかかりますから」 「解りました。宜しくお願いします」 琥太郎は一旦、子供を助産師に渡す。 ほんの短い時間抱っこをしただけだというのに、もう自分の腕の中から離すのが寂しくなってしまっている。 琥太郎は苦笑いを浮かべながら、分娩室から出た。 琥太郎が着替えて待合に行くと、月子の両親や琥春を始めとする琥太郎の家族が待っていた。 「琥太郎、お花ちゃんと赤ちゃんは?」 「無事ですよ。男の子です」 琥太郎の言葉に、琥春はホッとしたようでそれでいて、甘い笑みを浮かべる。 「それは良かったわね、おめでとう、琥太郎」 「有り難う、姉さん」 事後処理が終わったからか、分娩室から担当医師と助産師がやってくる。 「おめでとうございます。母子ともに健康ですよ」 医師の言葉を聞いて、月子はホッとした。 「良かったわ」 「良かった」 そこにいる家族は、誰もがホッとしたように笑顔になった。 助産師が連れてきてくれた息子を、先ずは月子の両親が抱いて、続いて琥太郎の両親が抱く。 誰もが本当に幸せで嬉しそうな顔をしているのが、とても嬉しかった。 そして琥春が真打ちとばかりに息子をしっかりと抱いた。 「まだまだ軽いわね。琥春お姉さんよ、宜しくね。将来は一緒に商売をしましょうね」 琥春は今から甥と一緒に働けることを楽しみにしているようだった。 それは父親も一緒のような気がした。 星月の家に生まれてしまった以上、それは宿命だとは言いたくはなかった。 子供には自由な選択肢の中から選んで欲しいと、琥太郎は思わずにはいられなかった。 出産を終えたばかりの月子が、疲れた顔で、ストレッチャーに乗せられて、運ばれてきた。 透明感があるなんて綺麗な表情なのだろうかと、琥太郎はついじっくりと月子を見つめてしまった。 「…月子、大丈夫か?」 琥太郎は直ぐに月子に駆け寄って、その手を強く握り締める。 「大丈夫です……。有り難う、琥太郎さん」 「そうか……」 琥太郎はホッとしたが、まだ月子の手を離す事が出来なかった。 「奥様は大変お疲れですから、少し、寝かせて差し上げて下さいね……」 看護師の言葉に、琥太郎はしょうがなく離れる。 しょうがない。 月子は疲れているのだから。 月子の両親や琥春が、ストレッチャーの周りにやってきた。 「よく頑張ったわね、お花ちゃん」 「琥春さん……有り難うございます……」 月子は、両親や琥春、琥太郎の両親に礼を言った後、目をゆっくりと閉じる。 本当に疲れ切っているのだろう。 今はゆっくりと眠らせてあげたかった。 月子が納得いくまで、今は眠らせてあげることが大切だ。 琥太郎はそのまま月子と一緒に病室へと戻ってゆく。 ついていてやりたかった。 月子はフカフカのリラックス出来るベッドで今夜は眠る。 快適な環境を用意してくれた琥春に、感謝せずにはいられなかった。 琥春のお陰で、疲れを取ってやれるし、琥太郎も付き添ってやれるのだ。 妊娠中、月子が一生懸命頑張っていたことを思い出して、感謝の余りに泣きそうになる。 ずっと離せない相手。 子供を得た事で、その想いはとても強くなった。 月子のあどけないがとても綺麗な寝顔を見つめながら、琥太郎は幸せな気分で眠りに落ちる事が出来た。 翌朝は、バタバタしていた。 昨日は新生児室にいた息子が、問題がないからと、月子と同じ部屋に移ってきた。 今日から母乳なのだ。 母乳のあげ方を看護師から聞きながら、月子は息子を抱き上げて、見よう見まねで授乳をする。 まだまだぎこちないが、琥太郎は見つめているだけで神聖な気持ちになった。 なんて清らかなのだろうかと、思わずにはいられない。 「あ、吸ってる。いっぱい飲んで大きくなってね」 月子はくすぐったい気分になりながら、赤ちゃんに授乳をする。 その様子を見ているだけで感動して、琥太郎は泣きそうになった。 「では、何かあったらおっしゃって下さいね」 看護師はそれだけ言うと、病室から立ち去った。 琥太郎は月子と子供ごと、肩をしっかりと抱く。 「……有り難うな、月子」 琥太郎が静かに礼を言うと、月子もまた落ち着きと温かさに満ちた笑みを向けてくれる。 「こちらこそ、有り難うございます。本当に嬉しくて……」 月子は笑おうとして上手く笑えない。 「これから親子三人でしっかりと頑張って行こうな」 「はい」 月子は頷くと、子供とふたりで甘えるように琥太郎に凭れかかる。 「まだ赤ちゃんは増えると思いますよ。この子を産んだ時に、次も大丈夫だって思いましたから」 「母は強し、だな。父の俺もしっかりと頑張らないとな」 琥太郎の言葉に、月子は初々しくも真っ赤になった。 ふたりは子供を見守るように見つめながら、新しい人生の一歩を踏み出す。 明るい未来に向けて。 |