Confession


 パスケースが依頼人のジャケットからこぼれ落ち、古賀はそれを拾い上げる。
 どこにでもあるパスケース。
 そこには家族写真が入れてあり、古賀の視線に入った。
 立花夫婦とその息子-----そして。
 そこには高校生だと思われる、栗色の髪した愛らしい少女がひまわりのような笑顔を浮かべて映っている。
 何の変哲もない家族写真。
 だが、古賀はそれに思わず見入ってしまっていた。
 純粋な笑顔。
 それは自分が遠い昔に無くしたものだと思っていた-----

 どうして、この写真を俺はじっと見つめずにはいられないんだ…。

「あ、パスケースは!」
 立花が慌ててポケットを探っていたので、古賀ははっとしてパスケースを差し出した。
「これではありませんか、立花さん」
「あ、そうです! 有り難うございます」
 立花は直ぐにパスケースを受け取ると、照れくさそうにしている。
 パスケースの写真に釘付けになっている古賀の視線を感じたのか、立花は、優しい微笑みを浮かべた。
「私の大事な家族なんですよ。妻と、ふたりの子供たち…。
 娘の未来は今年高校3年でして、先生と同じ甲晃大学を目指しているんですよ。関西では、私学の雄ですからねえ。そこの英文科に行って、交換留学をして通訳になりたいと、それはもう頑張っています」
 立花は目を細めて娘のことを語っている。
 通訳-----
 古賀の心に甘い引っかかりを残す。

 …あいつも英文科で、通訳になった…。
 あんなことさえなければ、私たちは結婚し、アメリカで暮らしていたかもしれない…。

 胸が切なく痛み息苦しくなって、古賀は一瞬瞳を閉じた。

 どうしてこんなに似ていると思うんだろうか…。

「古賀先生?」
「あ、すみません」
 古賀は一瞬にしていつものポーカーフェースに戻る。
 そこにいるのはいつもと同じ好きのない弁護士としての顔だ。
「すみません。何だか親ばかなところを見せてしまいまして」
「いいえ」
 クールさを保っているものの、古賀の視線は直されたパスケースにむかっていた。
「それではまた宜しくお願いします。海外の法律に精通している古賀先生で助かりました。
 暫く、ヨーロッパでの交渉に入りますが、何かありましたら連絡いたしますので、宜しくお願いします」
「はい。では…」
 頭を深々と下げた後、立花は帰っていく。
 その姿を見送りながら、古賀は苦笑した。
「参ったな…」
 彼は自分の心を落ち着かせるために、煙草を口に銜えそれに火を付ける。
 煙草が心を落ち着かせてくれるようだ。

 まったくどうかしている…。
 何も知らない…。
 逢ったこともない少女に、こんなに心を乱されるなんて…。
 私としたことが…。
 あの瞳の輝き-----
 あいつと同じだった…。
 出逢ったことのあいつに…。

 古賀は紫煙を宙に吹き出すと、珍しく大きく溜息を吐くのだった。


 出逢いは写真で-----
 次出逢ったのは、桜塚の街で偶然だった。
「どうしたの雅也?」
「いや…」
 吾妻木が不思議そうに見つめているが、詮索されないように誤魔化すのがやっとだ。
 心臓が蠢くように鳴り、息が苦しい。
 遠くに見えるのは立花一家だった。
 誰もが幸せそうに笑っている。
 そして、その輝きに奥にいながらも、未来は古賀の視線を引いていた。
 初めて見る彼女は、写真と同じように希望に溢れ輝いている。
 美しかった。
 隣にいる吾妻木が色あせるほどに、未来の存在は衝撃だった------
「雅也、約束の時間に遅れるわ。クライアントに失礼よ」
「そうだな…」
 視線を少女に置いたまま、古賀は後ろ髪を引かれる気分で約束の場所に向かった。


 そして------
 次に出逢ったのは立花夫妻の葬儀の日だった。
 吾妻木とふたり、古賀は葬儀に出かけた。

 …いた…!!

 そこには喪服に身を包んだ、か細い未来の姿がある。
 気丈にも涙をこぼさずに、兄と一緒に参列者に挨拶をしている。
 一生懸命堪える姿は、凛とした雰囲気で美しい。
 古賀と吾妻木の番がやってきた。
「今回はお忙しいなかご参列いただきまして、誠に有り難うございました」
「この度はご愁傷さまでした…」
 古賀は低く呟くと、奥に進んでいく。
 目線は未来に送ったまま、胸が張り裂けそうになる。
 このまま、気丈に振る舞う少女を抱きしめてやりたかった-------


 そして------
 弁護士事務所に兄和希と共に現れた未来は、写真の中よりも更に美しく、原石が宝石に変わる瞬間の美しさを持っていた。
「初めまして、立花未来です! 宜しくお願いします!」
「古賀です。よろしく」
 名刺を渡し、事務的に接しようとする。
 法廷で鍛え上げた精神力を駆使して、何とか冷静になれた。
 話すと無垢な19歳。
 古賀の言葉を素直に聞き入れる、まっすぐと育った少女。

 養女だと聞いているが、本当の娘のように両親を慕っていたのだな…。

 言葉の端々にそれを感じ、古賀は言葉に表せない穏やかな感動を覚えていた。
 ほんの僅か側にいるだけであったのに、少女は、深い瞳でまっすぐと古賀の心に入っていく。
 そんな感覚は、今までないに等しかった。

 写真だけの姿が似ていると、そう自分に言い聞かせていた…。
 だが、違っている…。
 この娘はまっすぐと俺の心に入ってこようとする…。


 簡単な相続などの話を終え、少女が何度も頭を下げて帰っていく姿を見つめながら、古賀はふっと微笑む。

 逢ってしまった以上、もう引き返せないかもしれない…。
 私は、冷静になれるのか…。

 凛とした美しさを持つ未来に、古賀は甘い気分を久々に味わっていた。






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