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数日後、未来が少し思い詰めたような顔で訪ねて来た。不安の中にも僅かに成長が感じられ、古賀は目を細める。 「古賀先生…、お忙しいところを申し訳ございません。ご相談したいことがあって…」 真っ直ぐで無垢な眼差しを向けられると、古賀自身も弱い。 腕利きとして評判の売れっ子弁護士である古賀には、民事訴訟や示談関係だけでも処理をしなければならない書類は、山とある。だが、書類の処理を 一旦終えて、未来の相談事に集中することにした。 「立花君、ソファにかけてくれ。コーヒーでいいかな?」 古賀が小さなキッチンに向かおうとすると、未来が制止してきた。 「先生、サイフォンなら私扱えますから、私にやらせて貰えませんか?」 少女の甘やかな笑顔に、古賀もついつい甘えたくなる。護ってやりたくなる一途さと柔らかな母性を秘めた少女に。 「じゃあ、お願いしようか」 「はいっ!」 屈託のない笑顔で返事をされるのは、本当に気持ちが良いものだと、古賀は感じずにはいられなかった。 煙草で一服しながら、古賀は未来の様子を眩しく見つめる。 慣れた手つきで、扱いの難しいコーヒーサイフォンを難無く扱っている。古賀にとっては好ましいことだ。 「随分とサイフォンの扱いが上手いんだな」 「あ、お兄ちゃんが大学生時代に本格的な珈琲店でバイトしていたんです。それでお兄ちゃん、凝っちゃって、私にも色々と教えてくれたんです」 ”お兄ちゃん”。その言葉に胸が激しく痛い。どうしてなのかそんな理由は、問わずも解るもの。だが、心の奥で認めたくない所もある。 「それで、そんなに慣れていたのか…」 「お口に合うかは解りませんが、一生懸命たてますね。ビターチョコレートも持ってきたので、それを食べながらコーヒーはいかがですか?」 「そうだね。休憩するには良さそうだね」 古賀が甘く笑うと、未来ははにかむように笑った。それがまた愛らしく瞳に映し出される。 この少女が、自分の為に何かをしてくれるということが、心地良くてしょうがなかった。そして。彼女にとって自分が特別の存在のように思える。ひとときの温かな夢を見せてもらえたような気がした。 「古賀先生、どうぞ」 「有り難う」 未来がいれてくれたコーヒーは特別のもののような気がする。目の前にあるコーヒーカップに口をつけるのが、何だか勿体ないような気がした。 だが、未来は目の前でじっと古賀を窺っている。これではコーヒーを飲まないわけにはいかなかった。 口をつけると、深みのある芳醇なコーヒーの味が広がる。割とコーヒー好きだと思っている古賀にとっても、未来がいれてくれたコーヒーは、最高部類に属した。 「…美味いね…、本当に…」 「有り難うございます!」 明るく嬉しそうに笑う未来が、古賀には愛しくてたまらなかった。 今は自分だけに微笑んでくれる。この笑顔を一人占めにしたかった。 用意してくれたビターチョコレートを口に含みながらコーヒーを飲むと、味わいは更に素晴らしいものになる。 「本当に美味いよ…。久し振りに、疲れが癒されるコーヒーだよ」 「有り難うございます」 照れが入っているのか、未来は何度もコーヒーカップをくるくるとスプーンで掻き混ぜていた。 「…で、私に相談したいこととは?」 「…先生、ご相談したいことは、あしながおじさんのことなんです」 古賀は意外な未来の相談に、正直驚いていた。てっきり、立ち退きの相談だと思っていた。 「…あしながおじさんしか…、私にはもういないんです…。出来たらあしながおじさんに逢って御礼を言いたい…! どなたかを知りたいのです。お願いです…! 古賀先生! どうか、あしながおじさんを探してください!」 未来の瞳には強い懇願が含まれている。強い眼差しの光りに本当は応えてやりたい。だがそれは無理難題ことだ。 未来には”あしながおじさん”として慕って貰うのを望んではいない。古賀雅也として、ひとりの男として彼女に愛してほしいのだ。 真実が喉まで込み上げるのを感じながら、古賀はポーカーフェイスを装っていた。 「これしか手掛かりはないですけど」 示されたのは直筆の手紙と、メールアドレスだけ。もし、相手の正体を知っていなかったとすれば、かなり判明するには困難だ。 古賀は冷静にそれを見た後、わざと溜め息をついた。 「手紙とメールアドレスだけでは、相手を特定しにくいんだよ…」 「はい…」 頷きながらも、心は晴れていないように、古賀には見えた。 「あしながおじさん…、とってもお会いしたいんです! だからお願いします!」 思い詰めたように唇を噛み締めた姿は、本当に切ない顔をしている。 そんなに”あしながおじさん”を慕ってくれている未来が、愛しくてたまらなくて、このまま抱きすくめたくなる。願わくば、この感情がありのままの自分自身に向けられればと思う。 彼女に慕われていながら、だが実態は愛されてはない。 胸の奥がひどく傷んだ。 「何とか心あたり当たりを探してみるよ」 胸の奥の何かが痛く感じる。それを隠す通すべく、古賀は何事もないかのようにさらりと呟いた。 「お願いします」 ぺこりと古賀を慕うように真っ直ぐと見つめて、頭を下げる未来が切ない。 未来は確かに”あしながおじさん”、つまり自分に好意を抱き、愛してくれている。 愛とは様々な形があり、種類もある。 未来が”あしながおじさん”に向けている愛情は、どこか親に対しているものに似た”敬愛”の情に近いのを感じる。 愛してくれて嬉しい。 だが、もっと愛されたい。 違う種類の、男女間の大きな情熱を抱いて欲しい。 古賀はそんな想いを漆黒のコーヒーに託して飲みきった。 顔を上げると、未来の眼差しと眼があった。 眼差しが春を帯びて、白い肌が僅かに赤い。 きらめきを魅せられたような気がした。 愛しさが込み上げてくる。 このまま、今日はずっと傍にいたい、そんな気分にさせられる。 「先生、コーヒーのお代わりはいかがですか?」 白いコーヒーカップに手を伸ばそうとした未来の白くて小さな手を、古賀は何の躊躇いもなく握りしめていた。 「先生?」 「----今夜、一緒に食事に行かないか?」 自然と意識せずに唇から言葉が零れた。 今夜は未来と過ごしたかった。 未来と一緒に、様々な事を話して、温かな一時を過ごしたい。 素直にそう思えた。 いつもは『孤独』という名のものがついてまわるせいか、誰でもいいからベッドを共にし、温もりを感じていたいと思っていた。 だが、未来は違う。 純粋に彼女が傍にいるから、こうして誘ってみたいと思う。 未来だから誘いたかった。 「…嬉しいです! 有り難うございます!」 まるでひまわりのような笑顔で見つめてくる未来を心地よく想いながら、古賀もつられて微笑む。 「仕事を夕方まで簡単にさせて貰う。藤村には俺から言っておくから。ここでゆっくりしておいで」 「はい、有り難うございます」 未来の白い手から離すと、小さな唇から甘い声が漏れた。それを隠そうとする未来が可愛くて、古賀はまた微笑んだ。 最近は、自然に笑うことを忘れていたかも知れない。 だが、未来と出逢い、接して行くに連れて、笑顔のリハビリすらも出来るようになってきた。 今、少女の前でなら自然な笑みを浮かべることが出来る。 それが古賀にとっては嬉しくてしょうがなかった。 「あ、手持ちぶたさだったら、その当たりの新聞でも読んでてくれて構わないから」 「はい」 古賀のところにあるものといえば、新聞は硬派な経済新聞と総ての一般紙、そして判例集が主だ。 若い少女にはどれも退屈に違いない、だが少女はそんなことはおくびにも出さずに、「新聞、今日はまだ読んでいなかったんです」と言いながら、1紙を除いて読み始めた。 それは、未来が新聞をもう読んでいたことを如実に表している。 そんなところも、古賀には好ましくてしょうがなかった。 古賀は自分の席に戻ると直ぐに電話を取る。もちろんアルーラに連絡をするためだ。 「藤村か? ああ、古賀だ。今日は立花君は、俺の都合でアルバイトを休むから」 「おまえの都合って何だよ」 電話の向こうの藤村は苦笑している。古賀はそんな無粋なことを言うなと行間に滲ませた。 「それと、今夜、イタリアンフルコースをふたり分予約する。6時には行くから、準備しておいてくれ」 「強引だな。今日は未来ちゃんがいないから、女でも連れてくるのか?」 「そんなんじゃない」 きっぱりと古賀は言い切った。 この間の吾妻木以外は、未来の目にひと晩限りの相手を晒さないように気をつけてきた。 いつもなら、小娘にはそんなことは気にしないはずなのに、未来だけは特別だった。 「じゃあ、頼んだからな」 「判ったよ、おまえは一度言い出したら聴かないからな。待ってるよ」 「頼んだ」 電話を切った後、古賀は大きな溜息を一つ吐く。 あえて未来と一緒だとは言わなかった。 藤村のことだから、また詮索をしてくることだろう。 だがそんなことが苦にならないほど、未来と一緒にいたかった。 一生懸命新聞を読んでいる未来の所に向かう。 「立花君、食事に行こうか?」 手を差し伸べると、未来は古賀の手を取って立ち上がった------ もっと、君の声が、君の話が聴きたい------- 君のことが知りたい…。 今日は未来の話の聞き役に徹することに決めて、古賀は、駐車場に向かった------ |
| コメント 8回目です。初コメント(笑) Confessionは後3回ほどで分岐に入ります。 一つはとても幸せなED、もうひとつは切ない、一つの愛の成就としてのEDです。 交互に、或いは、描写があまり変わらないところは同時にUPとなっていきます。 どうぞよろしくおねがいします。 |