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顔色を悪くして現れた未来に、古賀は驚いた。 だが、なるべく、顔色を未来に見せないように努める。-----不安そうな未来を、これ以上そのような状況にしたくはなかったから。 「立花君、今日はどうしたんだ?」 「-----先生…ヤクザの人から…、お父さんの仕事のことを聞きました…」 古賀はヨーロッパの事業処理については、未来には知らせてはいなかった。 和希の死後、古賀が極秘で処理をした。 未来に知らせない------それは和希との暗黙の了解でもあった。 これから未来は人生の荒波に立ち向かわなければならない。古賀は彼女の灯台になりたかった。明るく照らしてやり、どんな困難にも力になってやりたい。 少しでも彼女の負担を減らそうとやったことだった。 処理はかなり困難を極めたが、なんとか終えることが出来た。それは一生彼女に知らせないつもりだったが、こんなところで露見するとは。 やはりヤクザたちのことを軽く見過ぎていたかも知れない。 本腰を入れて、真剣に、ヤクザのことを含めて、立ち退きの処理をする時が来ているのかも知れない。 古賀の沈黙に未来は耐えられないのか、不安な様子で言葉を続ける。 「…お兄ちゃんがそれを引き継いで大変じゃなかったかって…」 頼りない横顔はいつもに増して苦しげで、古賀は不憫に思う。 唇を噛みしめて俯く未来の姿は、どこか切なかった。 だが終わってしまったことだ。 あったことはなかったことには出来ない。 今は、今出来ることを懸命にするしかないのだ。 今すること-----それは立ち退きを上手く処理することだ。 全面的に戦うのか、それとも相手の和解案を呑むのか----- 古賀的には、未来が戦いたいと言えば、全力で力になるつもりでいた。 例えどんなことが犠牲になったとしても…。 覚悟の元、古賀は未来を真摯に真っ直ぐに見つめると、落ち着いた声色で言った。 「それで」 さらりと感情なく言葉は響く。 「え?」 「それで、どうする?」 あくまで選択肢は未来にある。 古賀は未来を只見つめ、彼女の中にある真意を導き出そうとした。 「それで…どうするって…」 未来はとたんに口をつぐんだ。 本当にどうしたんいんだろうか。 戦うのか、戦わないのか。 重要な選択に、未来は上手く言葉を導き出すことが出来ないようだった。 古賀はそんな未来の様子を観察しながら、唇に煙草を押し込めると、ライターで火を付ける。紫煙を宙に吐き出しながら、未来の答えを待った。 だが、未来はなかなか言葉を導き出せずにいるようだ。 古賀はさりげなく助け船でも出すつもりで、話し始める。 「岩崎グループの再開発話は聞いただろ? あの周辺の問題は私も数件抱えているんだ。…実際円満に解決している例も幾つかあってね…。バックに岩崎グループが付いているから、大概は良い条件を出しているけれど…」 「そんなことも…言っていました」 「ただ、桜塚市は古い街でね、住人には思い入れもあるし、そのせいか沢山の人が立ち退きを断固拒否しているんだ…。ただ…、その人たちの周りで、ここ1,2年、奇妙な事件がいくつも起こっている」 未来は何か思い当たる風な形で「あ」と声を上げる。 そう、ことは身近に起こっている、独り身の少女にはとてつもなく重いものなのだ。 「あの時…古賀さんとお兄ちゃんが話していたのも、このことだったんですか…?」 「それもあるが…」 古賀はまた言葉を誤魔化す。 本当に話していたことは、今、まだ彼女に告げることは出来ない。胸が甘く苦しくて、古賀は一瞬目を伏せた。 「お兄ちゃんは…、自分の躰の事全部判っていたんですね…。こんな事になってしまうだろう事も判っていたから、きっと私を残していくのは心配だったんでしょう…。ひどい目に遭わないようにって、何とか出来るようにって、古賀先生に話をしたんですね…」 古賀は苦い思いを感じる。 和希は未来を古賀に託して逝った。目の前の未来を見ていると、その無念がひどく共感出来る。きっと、自分こそ、どんな状況に置いても未来を守り抜くことをしたかっただろう。それを他人に託すのはよほどの苦痛だっただろう。 和希は魂の総てを賭けて未来を愛していた。 そんなことを今更思い知らせるような気がして、古賀はどす黒い嫉妬の感情をわき上がらせていた。 「立ち退きのことは、私が力になる…。君の弁護士として、全力を尽くそう」 「有り難うございます」 「だがその前に、とにかく、君の意志が必要だ。ご両親と和希君が亡き後の、あの家の主は君だ。今となっては君が総てを決めなければならない。…判るね?」 「はい…!」 思い詰めたように未来は力強く返事をする。古賀もそれに応えるように軽く頷いた。 「…今すぐに、決めるのは難しいだろうけれど、少し、考えると良い…。ただ、答えによっては、それなりの覚悟をしなくちゃならないよ」 淡々と言ったつもりだったが、未来の背筋は僅かに伸びる。緊張したのが直ぐに判った。 「覚悟、ですか…」 声もどこかしら硬い。 「今までは、相手も話し合いで解決しようとしていたから、ソフトだったけれどね…。これからは、相手も余り時間が無くなってきたところもあるから、強行に嫌がらせをしてくるかも知れない…」 感情なく言ったつもりだが、未来の恐怖を倍増させるのには充分だった。生唾を飲む音が聞こえる。 「じゃあ、私はどうすればいいんでしょうか…」 古賀は大きく紫煙を吐き出すと、未来に向き直る。 「家から出ていかないなら、毅然とするしかないな…。実際に被害が出ないと警察も動かないしね…。動けたとしても、馴れた奴らは証拠を残すようなヘマはしないさ」 「そんな…」 ぞくり。 華奢な肩を落として、未来は一瞬泣きそうな顔をした。 「君…次第だ」 未来の意志で古賀は動こうと心に決めていた。 どんな状態でも、未来のために動いてやりたかった。 「…私…」 「ん?」 未来は総ての感情を瞳に凝縮させて、古賀を見つめてくる。 じっくりと古賀は視線を未来に送った。 どんな選択でも俺は君に従う----- 「-----私、あそこを離れるつもりはありません!」 凛とした声だった。 未来の潔癖で純粋な部分が総て声に出ている。 決意を秘めた表情の未来は、本当に美しかった。 古賀は嬉しかった。 彼女が戦うことを選択してくれたことを。 そして------ 彼女のためならどんなことでもすると、心から誓う。 「そうか…。判った。また連絡しよう…」 「お願いします」 ぺこりと未来は頭を下げると、背筋を伸ばして事務所を出て行く。 その後ろ姿を見つめながら、古賀は煙草に火を付ける。 大人になった…。 また一つ成長した…。 紫煙を吐いた後、帰る未来を窓越しで見つめる。 君を護ってみせる。 一緒に頑張っていこう…。 古賀は未来が見えなくなるまで、ずっと見送っていた------ 未来の為に資料を家にまで持ち帰り、古賀は仕事に没頭していた。 彼女が頑張ると決めた以上、それ相応のサポートをしてやらなければならない。 いつものように未来からのメールがないかとチェックする。 「…メールだ…」 未来からのメールを早速古賀は開けた。 To XXXXXXXX@hopmail.com From mirai_cherryblossom@np-k.ne.jp Subject:逢いたい…。 足長おじさま。 色々なことがありました。 なんだか、自分が世界でひとりぼっちになったような気がしてしまいます。 これほどひとりだと感じたことはありません。 ひとりでは寂しい…。 どうか逢って頂きますか? 未来。 古賀はメールを見るなり胸が締め付けられるような気がした。 未来の切実な心が彼の心を刺していく。 応えてやりたい。 だが出来ない。 古賀は自分の苦しい心を抑えて、メールを綴った。 To mirai_cherryblossom@np-k.ne.jp From XXXXXXXX@hopmail.com Subject:いつでも傍にいる。 未来へ。 大丈夫、いつも僕は君の傍にいるから。 安心してお休み。 どこにいても愛しい君へ。 古賀はメールを打ち終えると直ぐに送信する。 本当は直ぐに未来の側に行って、その躰を抱きしめてやりたかった。 窓から見える夜空を見つめながら、古賀は切ない恋心を持て余していた。 |