Confession

7


 顔色を悪くして現れた未来に、古賀は驚いた。
 だが、なるべく、顔色を未来に見せないように努める。-----不安そうな未来を、これ以上そのような状況にしたくはなかったから。
「立花君、今日はどうしたんだ?」
「-----先生…ヤクザの人から…、お父さんの仕事のことを聞きました…」
 古賀はヨーロッパの事業処理については、未来には知らせてはいなかった。
 和希の死後、古賀が極秘で処理をした。
 未来に知らせない------それは和希との暗黙の了解でもあった。
 これから未来は人生の荒波に立ち向かわなければならない。古賀は彼女の灯台になりたかった。明るく照らしてやり、どんな困難にも力になってやりたい。
 少しでも彼女の負担を減らそうとやったことだった。
 処理はかなり困難を極めたが、なんとか終えることが出来た。それは一生彼女に知らせないつもりだったが、こんなところで露見するとは。
 やはりヤクザたちのことを軽く見過ぎていたかも知れない。
 本腰を入れて、真剣に、ヤクザのことを含めて、立ち退きの処理をする時が来ているのかも知れない。
 古賀の沈黙に未来は耐えられないのか、不安な様子で言葉を続ける。
「…お兄ちゃんがそれを引き継いで大変じゃなかったかって…」
 頼りない横顔はいつもに増して苦しげで、古賀は不憫に思う。
 唇を噛みしめて俯く未来の姿は、どこか切なかった。
 だが終わってしまったことだ。
 あったことはなかったことには出来ない。
 今は、今出来ることを懸命にするしかないのだ。
 今すること-----それは立ち退きを上手く処理することだ。
 全面的に戦うのか、それとも相手の和解案を呑むのか-----
 古賀的には、未来が戦いたいと言えば、全力で力になるつもりでいた。
 例えどんなことが犠牲になったとしても…。
 覚悟の元、古賀は未来を真摯に真っ直ぐに見つめると、落ち着いた声色で言った。
「それで」
 さらりと感情なく言葉は響く。
「え?」
「それで、どうする?」
 あくまで選択肢は未来にある。
 古賀は未来を只見つめ、彼女の中にある真意を導き出そうとした。
「それで…どうするって…」
 未来はとたんに口をつぐんだ。
 本当にどうしたんいんだろうか。
 戦うのか、戦わないのか。
 重要な選択に、未来は上手く言葉を導き出すことが出来ないようだった。
 古賀はそんな未来の様子を観察しながら、唇に煙草を押し込めると、ライターで火を付ける。紫煙を宙に吐き出しながら、未来の答えを待った。
 だが、未来はなかなか言葉を導き出せずにいるようだ。
 古賀はさりげなく助け船でも出すつもりで、話し始める。
「岩崎グループの再開発話は聞いただろ? あの周辺の問題は私も数件抱えているんだ。…実際円満に解決している例も幾つかあってね…。バックに岩崎グループが付いているから、大概は良い条件を出しているけれど…」
「そんなことも…言っていました」
「ただ、桜塚市は古い街でね、住人には思い入れもあるし、そのせいか沢山の人が立ち退きを断固拒否しているんだ…。ただ…、その人たちの周りで、ここ1,2年、奇妙な事件がいくつも起こっている」
 未来は何か思い当たる風な形で「あ」と声を上げる。
 そう、ことは身近に起こっている、独り身の少女にはとてつもなく重いものなのだ。
「あの時…古賀さんとお兄ちゃんが話していたのも、このことだったんですか…?」
「それもあるが…」
 古賀はまた言葉を誤魔化す。
 本当に話していたことは、今、まだ彼女に告げることは出来ない。胸が甘く苦しくて、古賀は一瞬目を伏せた。
「お兄ちゃんは…、自分の躰の事全部判っていたんですね…。こんな事になってしまうだろう事も判っていたから、きっと私を残していくのは心配だったんでしょう…。ひどい目に遭わないようにって、何とか出来るようにって、古賀先生に話をしたんですね…」
 古賀は苦い思いを感じる。
 和希は未来を古賀に託して逝った。目の前の未来を見ていると、その無念がひどく共感出来る。きっと、自分こそ、どんな状況に置いても未来を守り抜くことをしたかっただろう。それを他人に託すのはよほどの苦痛だっただろう。
 和希は魂の総てを賭けて未来を愛していた。
 そんなことを今更思い知らせるような気がして、古賀はどす黒い嫉妬の感情をわき上がらせていた。
「立ち退きのことは、私が力になる…。君の弁護士として、全力を尽くそう」
「有り難うございます」
「だがその前に、とにかく、君の意志が必要だ。ご両親と和希君が亡き後の、あの家の主は君だ。今となっては君が総てを決めなければならない。…判るね?」
「はい…!」
 思い詰めたように未来は力強く返事をする。古賀もそれに応えるように軽く頷いた。
「…今すぐに、決めるのは難しいだろうけれど、少し、考えると良い…。ただ、答えによっては、それなりの覚悟をしなくちゃならないよ」
 淡々と言ったつもりだったが、未来の背筋は僅かに伸びる。緊張したのが直ぐに判った。
「覚悟、ですか…」
 声もどこかしら硬い。
「今までは、相手も話し合いで解決しようとしていたから、ソフトだったけれどね…。これからは、相手も余り時間が無くなってきたところもあるから、強行に嫌がらせをしてくるかも知れない…」
 感情なく言ったつもりだが、未来の恐怖を倍増させるのには充分だった。生唾を飲む音が聞こえる。
「じゃあ、私はどうすればいいんでしょうか…」
 古賀は大きく紫煙を吐き出すと、未来に向き直る。
「家から出ていかないなら、毅然とするしかないな…。実際に被害が出ないと警察も動かないしね…。動けたとしても、馴れた奴らは証拠を残すようなヘマはしないさ」
「そんな…」
 ぞくり。
 華奢な肩を落として、未来は一瞬泣きそうな顔をした。
「君…次第だ」
 未来の意志で古賀は動こうと心に決めていた。
 どんな状態でも、未来のために動いてやりたかった。
「…私…」
「ん?」
 未来は総ての感情を瞳に凝縮させて、古賀を見つめてくる。
 じっくりと古賀は視線を未来に送った。
 どんな選択でも俺は君に従う-----
「-----私、あそこを離れるつもりはありません!」
 凛とした声だった。
 未来の潔癖で純粋な部分が総て声に出ている。
 決意を秘めた表情の未来は、本当に美しかった。
 古賀は嬉しかった。
 彼女が戦うことを選択してくれたことを。
 そして------
 彼女のためならどんなことでもすると、心から誓う。
「そうか…。判った。また連絡しよう…」
「お願いします」
 ぺこりと未来は頭を下げると、背筋を伸ばして事務所を出て行く。
 その後ろ姿を見つめながら、古賀は煙草に火を付ける。

 大人になった…。
 また一つ成長した…。

 紫煙を吐いた後、帰る未来を窓越しで見つめる。

 君を護ってみせる。
 一緒に頑張っていこう…。

 古賀は未来が見えなくなるまで、ずっと見送っていた------


 未来の為に資料を家にまで持ち帰り、古賀は仕事に没頭していた。
 彼女が頑張ると決めた以上、それ相応のサポートをしてやらなければならない。
 いつものように未来からのメールがないかとチェックする。
「…メールだ…」
 未来からのメールを早速古賀は開けた。

 To XXXXXXXX@hopmail.com
 From mirai_cherryblossom@np-k.ne.jp
 Subject:逢いたい…。
 足長おじさま。
 色々なことがありました。
 なんだか、自分が世界でひとりぼっちになったような気がしてしまいます。
 これほどひとりだと感じたことはありません。
 ひとりでは寂しい…。
 どうか逢って頂きますか?
 未来。

 古賀はメールを見るなり胸が締め付けられるような気がした。
 未来の切実な心が彼の心を刺していく。
 応えてやりたい。
 だが出来ない。
 古賀は自分の苦しい心を抑えて、メールを綴った。

 To mirai_cherryblossom@np-k.ne.jp
 From XXXXXXXX@hopmail.com
 Subject:いつでも傍にいる。
 未来へ。
 大丈夫、いつも僕は君の傍にいるから。
 安心してお休み。
 どこにいても愛しい君へ。

 古賀はメールを打ち終えると直ぐに送信する。
 本当は直ぐに未来の側に行って、その躰を抱きしめてやりたかった。
 窓から見える夜空を見つめながら、古賀は切ない恋心を持て余していた。





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