ワイン色の溜息

前編


 グラス越しに彼の憎らしい顔が見える。
 私は、何度もグラスを揺らして、じっと観察をする。
 憎らしい-----だけどとても素敵な表情。
 怜悧で甘いから、どんな女性も虜にする-----だから憎らしい。
 私以外の女性をそんなに虜にしないで。
 私以外の女性を情熱と冷静さの交差した、あの魅力的な眼差しで見つめないで。
 どれもナチュラルでセクシーに行うから、私は、拗ねずにはいられない。
 ねえ、雅也さん?
 私だけが、いっぱい、いっぱいあなたのことが好きなのかな?
 ねえ、雅也さん?
 私だけが、いっぱい、いっぱいやきもきしているのかな。
 ひとりごちていると、小気味よいハイヒールの床を蹴る音が聞こえて、私たちの前にぴたりと止まった。
 私の目の前に、美しく手入れをした指先が置かれる。
 深紅のネイル-----今の私にはまだ似合わない色。飲食店でバイトをしているから、絶対に考えられない色。
「お久しぶりね、雅也」
「-----ああ」
 躰の奥から染み入るような低いバリトンの声が、女性に向かって放たれる。
 ヴェルヴェットの声-----ねえ、そんなセクシーな声を私以外の女性に出さないで。
 きっと、そんなことを言っても雅也さんには通じない。
 目の前の女性を見ると、彼女は、私が全く見たことのない顔だった。
 ワインを片手に、じっと観察をしてみる。
 派手だけれども、どこか魅力的な顔立ち。綺麗な手。きっと、家事なんかしたことはないだろう、手入れの行き届いた指先だ。左手の薬指には堂々とマリッジリングが光っている。
 だけど-----眼差しは明らかに雅也さんを誘惑している。
 私を値踏みするようにちらりと見る。
 それが気分が悪くて、私は目の前のワインを飲み干した。
 最近、解禁となった飲酒。
 初めて飲んだ時はとても酔っぱらってしまった上に、野獣のように雅也さんと烈しく求め合った。
 愛がたっぷりの想い出深いセックスだ。
 私はそれを想い出してほんのりと顔を赤らめた。
 ワインのせいか、甘くて情熱的な想い出のせいかは、判らなかったけれど。
 新しいワインがタイミング良く私のグラスに注がれた。
 私は再びワイングラスを手に持つ。
 焦れる想いで、雅也さんと女性の会話をじっと聴く。
 本当に他愛のない話だけれど、私はその会話の一つですらも憎らしい。
 早く私の雅也さんを返して。
 意地悪に曲がる真っ赤なルージュがぬられた唇を、私はいらいらして見つめた。
 余裕のある唇-----私をバカにしているように見える。
 気持ちを抑えるために、私は更にワインを飲んだ。
 胃が熱くなるのを感じる。アルコールのせいなのか、焦れる心のせいなのか、私には全く判らなかった。
 また、ワインがタイミング良く注がれる。
 全く、ここのボーイは私の気持ちを理解しているのだろうか。
 苦笑しながら、また、ワインを飲んだ。
 何だか、飲まずにはいられないサラリーマンの心境になってしまっている。
 早く、早く、私に雅也さんを返して…!
 心の中で、私は何度も強く叫んだ。
 本当に返して…。
 雅也さんは、私のものなんだから…。
 こんなに誰かに独占欲を持ったのは、正直言って初めてだった。
 本当に心から愛した初めての男性だったから、余計に独占欲が強くなってしまうのかもしれない。
 恋に関しては、総てを雅也さんに教えて貰った。
 愛することも、性愛という名の行為も、総て…。
 本格的な恋愛経験は雅也さんしかいない。
 だから…。
 このような時に上手く立ち回れるよな術を私は持ってはいない。
 子供だから…。恋に関しては本当に私はまだよちよち歩きだから…。
 私が、吾妻木さんみたいに大人な女性だったらよかったのに…。
 雅也さんが、かなりの女性と”遊んでいる”ことを知ってはいる。
 その事実が、私の中で重くのしかかるのが判る。
 愛がないからと割り切ってはいるけれど、ホントは苦しくてしょうがない。
 素直な気持ちを言うことが出来ればいいのに、私はそうすることが出来ない。
 悔しかった------
「じゃあね、雅也、また…」
「ああ」
 ハイヒールが遠ざかる。
 女性と雅也さんが話していたのは、ほんの僅かだったかもしれない。
 だけど、私にはとてつもなく長い時間に感じられた。
 その証拠に、もう随分とワインにグラスを開けてしまっていたから。
「済まなかったね、昔の知り合いと話してしまっていて…」
 雅也さんは苦笑いをしながら、真っ直ぐと射るような眼差しで私を見つめてくる。
 捕らえられずにはいられないセクシーな眼差しだ。
 私は頭がくらくらするのを感じた。
 空きっ腹にワインを飲んだからなのか、それとも、雅也さんの艶やかな眼差しなのか。
 私の判断が狂う。
「だったら、今夜は私だけを見つめて?」
 いつもに増して大胆だとは思う。
 これもきっと、雅也さんとワインに酔ったせい。
「判った…。今夜はこの瞳にずっと君だけを映そう」
「…映して」
 甘く囁くと、私は雅也さんの綺麗で逞しい手の甲を意味ありげに撫でた。
 今夜だけじゃない。
 本当はずっと私を見つめて欲しい-----
「今日はいやにセクシーだね…。瞳が潤んでとても綺麗だ…」
「…雅也さん…」
 言葉だけでも、私を潤ませることが出来るのは、きっとあなただけだと思う。
 私は甘さの余りに鼓動が早くなるのを感じ、口の中と唇が乾くのを感じる。
 無意識で、私は唇を舌で舐めていた。
「未来…」
 僅かに雅也さんの鼓動が乱れる。
 彼は蝋燭の炎に隠れて、そっと唇を重ねてきた。
「…んっ…」
 甘くてしっとりと私を深く包み込んでくれるキスは、直ぐに下半身を痺れさせる。
 ねっとりと唾液が絡み合うのも構わずに、雅也さんはキスをしてきた。
 甘い極上のワインの味がする。
 唇を離したのは、ボーイの気配がしたからだ。
「-----ワインをいっぱい飲んだ?」
「…雅也さんが女の人とずっと話してたから、話し相手がいなかったからよ」
「それはすまなかったね…。でもワインだとまた期待してしまうね…」
 雅也さんは意味深に私を見つめると、テーブルの下にある私の太股を撫でてきた。
「あっ…」
 思わず唇から甘い声が上がる。
 雅也さんの巧みな指先は私の太股の弱い場所をわざと触れてくる。
 目の前の雅也さんを見つめると、瞳の奥に炎が燃えさかっていた。
 雅也さんの指が太股を通り抜け下着の上から敏感の部分を刺激てくる。
「あっ!」
 私は全身に鳥肌が立つほどの快楽を感じて、思わず声を上げていた。
 息が詰まる。
「お楽しみはおしまい。後は部屋に戻ってからね」
「雅也さん…」
「さて、美味そうな料理が出てきたよ。食べようか」
「はい」
 料理が出始めて、私たちは食べ始める。
 だけど雅也さんはずっと、太股の愛撫を止めない。
「君にずっと触れていたいから…」
 甘くて嬉しい言葉。
 だけど、ああだけど…。
 私以外の女性にこんな事をしていたの?
 そう考えると、本当に胸の奥が痛い。
 お願い雅也さん…。
 もう、私以外の女性にこんな事はしないで…。わたしだけにして…。
 雅也さんの気持ちが知りたい…。
 けれど、雅也さんの気持ちを知るのは、きっと、シャーロック・ホームズやミス・マープルを雇っても無理そうだけれど。


 食事が終わり、自室に戻る頃は、私は酔いが回ってふらふらになっていた。
 赤ワイン、シャンパン、カクテルと飲んだのだからしょうがない。
「全く、今日の君は凄い飲みっぷりだったね」
「そう…?」
 私は笑って誤魔化したが、これもぜんぶ雅也さんが綺麗な人妻と話していたせいよ?
 部屋に入り、雅也さんはベッドに私を連れて行ってくれる。
 このまま雅也さんとセックスがしたい…。
 私が雅也さんを誰よりも支配したい…。
 そんな想いと、酔っていたせいで気が大きくなり、私は雅也さんの首に、誘惑する為に腕を大きくかけた。
「未来…!?」
 私は雅也さんを押し倒し、そのまま彼の上に乗る。
 彼の唇を深く奪ってやった------
      
コメント

未来×雅也(笑)です。
次回は濃厚になります。




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