くれないに燃ゆるとも

第2章


 面と向かって、誰かに”幸せにする”と、堂々と宣言されたことが未来には今までなかった。
 新しく、この場所で生きていける------不思議とそう思えた。
 目の前の夫になった青年を見つめる。
 優しさを滲ませた穏やかな眼差しが、未来を包み込んでくれている。
 光希とは全く正反対の眼差しだった。
 光希は冷たさと焦燥が交差した情熱的な瞳を持っていたが、秀春は優しさと脆さが交差した憂いのある深い瞳の持ち主だった。
 …全く正反対…。
 だがその優しさを未来は心地よく思えた。
「-----未来…。私が一生そなたをお守りいたす」
 ゆっくりと秀春の手が未来の頬を捕らえる。不思議なほどに優しく、温かな手に、未来の心は潤むような気がした。
 ここに来るまではずっと悶々としていたが、そういったものが総て晴れ渡っていくような気がする。
 光希の事を想い、結ばれぬことを嘆いていた時間が、嘘のように溶け出していくのを未来は感じた。
「------秀春様、宜しくお願いします」
 自然と声が出た。
 屈託もなく、秀春に着いていくと言うことが出来、未来は自分でも驚いていた。
「-----未来、今日からそなたはこの八上城の女主だ。この城を案内してさしあげよう」
「有り難うございます」
 秀春に手を取って貰い、八上城の探索にはいる。元来好奇心が旺盛な未来は、新しい住まいをきょろきょろと見つめている。
「とても素敵なお城ですね! 秀春様、こんなに広かったら、本当に迷ってしまいそうです!」
 未来があまりにもはしゃぐものだから、秀春はくすくすと優しい笑みを浮かべる。
「未来、ここの女主人はもうそなたなんだから、そなたの自由にして構わないんだよ?」
 女主人と言われて、未来は何だか恥ずかしくなり、顔を真っ赤にさせる。
 秀春と本当に婚礼したことを、改めて感じる。
「あ、お部屋の位置を覚えるのに時間がかかりそうですね…」
 未来は真っ赤になったのを誤魔化すかのように、しどろもどろに言ったが、それを見た秀春がまた笑った。
「あ、お庭…」
「ああ。ここからは丹波の城下町が見渡せる。そんなに発展している町ではないが、私にとっては大切な町だ」
「秀春様…」
 未来はじっと秀春を見つめる。城下町のことを話す秀春はとても精悍で、領民や城下町を深く愛していることを見て取れる。
 その横顔がとても魅力的に映り、未来は思わず見惚れた。
「未来、そなたも城下町を見ぬか?」
「あ、でも、このままじゃ」
 未来は仰々しい着物姿に苦笑しながら、肩をすくめてみせる。しかも、草履もない。
「でも見たいだろう?」
「見たいです…」
 未来がもじもじと躊躇いを魅せていると、秀春はいきなり抱き上げてきた。
「きゃっ!」
「これだったら、そなたにも城下町を楽しんで貰えるはずだ」
「秀春様…」
 しっかりと抱き上げられるのは、子供の頃に光希に抱き上げられて以来。
 だが、あの時は子供だった。しかし今は、夫となった秀春に抱き上げられている。
 心臓が飛び出してしまうかと想うほどドキドキしてしまう。
 甘い鼓動-----恥ずかしくて溜まらなくて、真っ赤になって目を閉じていると、僅かに秀春が笑う吐息を感じた。
「外に出るから、しっかりと掴まっておいで」
「…はい」
 緊張の余り腕が震える。未来は呼吸すらも速くなるのを感じながら、秀春の首に腕を回した。
 縋る秀春の躰は意外に鍛えられている。第一印象が、”綺麗なか細い男性”だと想っていたが、それをあえなく撤回する。
 いくら美しい容貌であるとはいえ、やはり彼は男性で、武人で、大名なのだ。
「…重くないですか…? 私…」
「そなたは軽いよ。石垣の一片のほうがよほど重い」
「へんなのと比べないで下さい」
「軽いって事を言いたかったんだよ」
 秀春は笑いながら未来を抱き上げて、庭に出て行く。
「ここからの眺めは最高だよ。ほら、見てみなさい」
「はい」
 秀春に勧められて、未来は眼下に広がる風景を見つめた。
「うわあ!」
 はしたないと判っていても、未来は思わず歓声を上げる。とても美しい風景だ。
「とても綺麗です! ここから見る丹波は何て美しいんでしょうか!」
 はしゃぎながら、未来は本当にうっとりと美しい景色を楽しむ。これほどの見事な情景は、故郷ではついぞ見たことはなかった。
「この城は山自体に作られた、一つの要塞だ。だから、その頂上から見る里は美しいんだ。私たち相馬一族は、この城の城主であったから、長きにわたってこの土地を護っていくことが出来た…。だが…」
 一瞬、秀春の言葉が淀んだ。未来はその言葉尻の変化を、敏感に察知する。
「どうかされましたか?」
「いや…。何でもないよ!」
 先ほどまで愁いを帯びていた秀春の上々は、またすぐに未来が好ましく想う優しく柔らかな物に変わっていた。
 ほっとして、未来も思わず微笑む。
「あ、あの丘だけ、大きな桜が一本だけですね。あんなに遠くにあるのに、凄く目立って、綺麗に見えます」
「そなたも気付いてくれたのか。とても嬉しいよ。あの場所は”桜の丘”と言うところでね、私が一番好きな場所なんだ」
 真っ直ぐと秀春と共に桜の丘を見つめる。その存在感に未来は圧倒されてしまった。
「とても綺麗…」
「いつか連れて行って上げるよ」
「はい! 約束です!」
 まるで子供の時と同じように、未来は小指を差し出す。
「指切りか…。いいよ、未来」
 秀春はご機嫌に微笑むと、未来と小指を絡める。
 その瞬間、未来は胸がきゅんと締め付けられるような、切なくも甘い感覚を覚えた。
「いつか、あの場所にふたりで行こう」
「はい、秀春様…」
 未来はぎゅっと秀春に抱きついて、しばらくは、丹波の美しさに見入っていた。


 夕食を済ませ、恭しく風呂に入る。
 今夜は秀春と真の意味で結ばれるのだ。
 侍女が付くのを断り、未来は独りで湯船に浸かった。
 肌がいつもに増して敏感になるのが判る。だがどうしてなのか、その理由は今の未来にはわからない。
 ほわほわと疲れと、気持ちを癒した後、白い寝間着に着替えた。
 袖を通すだけなのに、肌が痛くてしょうがない。
 未来が準備を整えると、秀春の寝所まで侍女に付き添われていった。
 この鼓動の音が、どうか侍女に聞こえませんように…。こんなに肌が敏感なことを悟られませんように。
 祈るようにして、未来は廊下を歩いた。
「殿、奥方様でございます」
「うん」
 襖を侍女が開けると、そこには秀春が同じような白い寝間着を着て待ちかまえていた。
 昼間に逢うよりも、官能的に思える。
 未来はドキドキしながら、秀春の傍に歩いていく。その腕に捕らえられた瞬間、襖が閉まり、寝所には文字通りふたりきりになる。
 控えの間には侍女侍従が控えているのを知ってはいるが、ここは完全に区切られた場所になる。
「待っていた、未来」
「秀春様…」
 腕の中に抱きしめられたまま、白い寝具の上に連れて行かれる。
「緊張してる?」
「少しは…」
 恥ずかしさの余りに声を震わせながら、未来は正直に言った。すると秀春が未来の手を持って、自分の胸の上に置く。
「ほら、私も一緒だ…。そなたと契れる事を考えるだけで、こんなに緊張しているよ」
「秀春様…」
 秀春も自分と同じだと思うと、少しはほっとする。だが、緊張はまだ収まりそうにはなかった。
「…未来…」
「あっ…!」
 寝具の上に座らされ、今までで一番強く抱きしめられてくる。甘い声が唇から漏れ、未来は自分の声だとは信じられなかった。
「私は一目惚れなんて信じたことはなかったんだが…」
 秀春は深い官能的な声で呟くと、未来の頬を意味ありげに撫でてくる。だんだん肌が熱くなるのを感じる。
「そなたの美しさに、私は参ってしまったようだ…。こんなに直ぐに人を好きになれるとは想わなかった…」
「秀春様…」
 秀春の情熱的な告白は、未来にとって最高に幸せなものになった。
 これだけ誰かに想われたことなどない。
 それが嬉しくて、内側から何かが溢れてくるのを感じた。
 純粋に想う。
 この男性のものになっても良い…。
「…未来…。さっき誓ったように、私はそなたを全力でお守りする。そなたを一生幸せにすると誓う…」
「秀春様…。私を幸せにして下さい…。私も日直ながら、秀春様を幸せにしますから…」
 まだ愛情がなんたるかを知らない未来にとっては、精一杯の愛の言葉だった。
「未来…」
 甘さの滲んだ情熱的な眼差しが下りてくる。
 次の瞬間、唇が深く重なり合う。
 未来は熱の余り、溶けてしまうのではないかと想った------

 つづく
  
コメント

「相馬前世編」をもっと掘り下げたくて、考えた創作です。
光希がなぜ相馬をなかなか攻めきられなかったのか、その辺りの理由も書きたかったのです。
あれじゃあ、秀春は浮かばれません。
秀春、未来、光希、そして千早丸を軸にした戦国話です。
勿論恋愛が主流(笑)
宜しくお願いします。

次回はいよいよ初夜です(笑)





 戻る 次