前編
優しくてとても安心する温もりに包まれて、美優は花園にでもいる気分になった。 こんなにも素敵で幸せな温もりはない。 満たされた想いに、思わず笑みが浮かぶ。 不意に温もりが離れて、美優は思わずしがみつこうとした。 離れてしまったらと思うだけで、泣きたくなる。 まるで美優のそのような気持ちを知っているかのように、心地好い唇が優しく瞼に下りて来た。 温もりがなくなるのと同時に、雨の音が聞こえて来る。 今は何時だろう。 ここはどこなんだろう…。 下半身には痺れたような異物感があり、ピリピリとした痛みを覚える。 私は何をしていたんだろう…。 ぼんやりと霧がかかったままの頭を抱えながら、美優はゆっくりと目を開いた。 視界に映ったのは、見覚えない天井。 落ち着いた部屋で、美優の部屋よりも随分と広い。 傍らに遺っていた温もりと香りで、ようやくここが何処なのかを思い出した。 長谷川響介の部屋。 「…響介さん…」 名前を口にするなり、生々しいほどに先程の睦みあいを思い出して、顔から火が出そうになった。 先程、雨の音だと思っていたのは、響介がシャワーを浴びている音だ。 「…私も起きなきゃ…。明日、仕事だし…。帰らなきゃ…」 躰を起こそうとしたが、鈍い痛みに思わず顔をしかめた。 初めては痛いと聞いていたのに、響介のお陰で、痛いどころか気持ち良いとすら感じてしまった。 「…何だか…恥ずかしいな…」 顔の半分までシーツを被った後、美優は溜め息を吐いた。 響介がシャワーを浴び終わるまでに、ちゃんと服を着てしまわないと。 ベッドから下りようとして、鈍い痛みが走り抜け、美優は思わず顔をしかめた。 「…後から来ちゃうんだ…。私の場合…」 それでも何とか服を取ろうとしたところで、部屋のドアが開いた。 「美優、起きたのか。何をしているんだ?」 「…響介さん…、今は何時?」 「8時だよ」 「・あ、か、帰らなくちゃ、明日会社だし…」 美優が言うなり、響介はまるで宥めるように抱き締めて来た。 「今夜は泊まっていきなさい。明日の朝、君の家に送っていくから。それに、さっき、沢山、話をしようと約束しただろ?」 響介は、何も身に纏ってはいない美優の滑らかな背中を、意味ありげに撫で付けて来る。 「…あっ、響介さん…」 「腹が減っただろ? 何か買ってくるから、君はその間にシャワーを浴びてなさい。俺のバスローブがあるから、今夜はそれを纏うと良い」 響介の落ち着いた深みのある声で囁かれると、その通りにせずにはいられなくなってしまう。 「…はい」 「実に素直だな…。悪くない。直ぐに帰ってくるから、手早くシャワーを浴びて待っていなさい」 響介は美優の唇に触れるだけの甘い砂糖菓子のようなキスをすると、名残惜しげに離れていった。 「行って来る」 「いってらっしゃい」 響介が素早く部屋を出て行った後、美優はなんとかベッドを下りた。 正直言ってかなり痛い。そこに擦り傷があるかのように、ヒリヒリしている。その上、しっかりと異物感があるせいか、歩くのがかなり辛かった。 自分の衣服や下着がシワにならないように綺麗に畳んだ後、脚を中途半端に開いた状態で、ひょこひょこと歩いた。 パウダールームに入ると、響介の大きなバスローブが置いてある。 それを確かめてから、美優はバスルームに入った。 シャワーを丁寧に浴びて、いつもより念入りに躰を洗う。 白い肌にいくつか紅の華が散り、美優は恥ずかしさの余りに躰を捩られた。 全部見られてしまった。 愛している響介であるから許せるものの、恥ずかしくて卒倒してしまいそうになった。 シャワーを浴び終わり、ひょこひょことしながらバスローブを羽織る。下着を身につけないのは、何だか心許無かった。 髪を乾かしていると、玄関ドアが開く音が聞こえた。 「美優、美優! どこだ?」 響介の声が心配そうに響いているのを聞きながら、美優はパウダールームから顔を出した。 「響介さん」 「美優…」 美優の姿を見るなり、響介はあからさまにホッとしたように溜め息を吐く。 「…一瞬、帰ってしまったかと思ったよ」 「約束したら、帰りません」 「ああ。有り難う」 触れるだけのキスを唇に暮れた後で、響介はしげしげと美優を凝視する。 「…すっぴんの君も無防備で、実に可愛い…」 響介の総てを見透かしてしまうような艶めいたまなざしに、美優は全身が熱くなるのを感じた。同時に舌が渇く。 「寿司を買って来た。一緒に食べよう」 「はい」 響介に着いて行こうとしたところで、痺れる痛みに足元がおぼつかなくて転びそうになった。 「大丈夫か?」 引き締まった逞しい響介の腕に、しっかりと抱き留められる。 「大丈夫…です」 美優は一旦離れたが、上手く歩くことが出来ずに、つい、ひょこひょこと歩いてしまう。何時もなら、颯爽と軽く歩けているというのに、今はぎこちないガニ股に近い形で歩かざるをえない。 「今日は…おかしな歩き方をするな?」 含み笑いを浮かべながら、響介に甘く囁かれると、美優はいよいよ恥ずかしくてたまらなくなる。 こうなったのは、一体誰のせいなのかと思いながら、美優はバランス悪く歩いた。 「あっ…!」 再び何もないところで躓いて、また響介に抱き留められた。 「きょっ、響介さんっ!」 響介は、美優を軽々と抱き上げると、そのままスタスタ歩いて行く。 「…歩けるよ。これぐらいは」 「ダメだ。こんなに短い距離なのに、君は二度も躓いているんだ。俺がちゃんと責任を持って連れていく」 快適な床暖房が入ったリビングに連れていかれ、そこで下ろされた。 「夕食は適当に買ってきたから。好きなものを食べるといい」 「有り難う」 ふたりでリビングの一角に座り込んで、少し遅い夕食を取る。 「…この辺りでは評判のテイクアウトの寿司なんだ。俺は気に入っている」 「美味しいです。有り難うございます」 まるで小さな子供のように座り込んで寿司を食べるなんて、とても幸せな気分になる。 「…美優、上手く歩けないのは、俺のせい…?」 確信を持った笑みに、美優は思わず鼻にシワを寄せた。 だが、声も笑みも艶やか過ぎて、抗えない。なんてセクシーなのだろうかと、心臓がバクバク音を立ててしまうほどだ。 「…その…あの…、確かにちょっと痺れてるし…、鈍い痛みはありますが…」 美優は真っ赤になりながら俯く。まるで征服者のように笑う響介が気に入らなくてしょうがなかった。 「…初めての時は…、続けてすぐ…するほうが良いんだけれどね…」 ちらりと甘くて色香の漂った瞳で見つめられて、美優は益々恥ずかしくなる。 趣致とときめきが同時にやってきて、肌やこころを焼き尽くし始めた。 「…さっきは俺に余裕がなかったが、今度は君をじっくりと味あわせて貰う」 「響介さん…」 響介の言葉に、躰中に熱いものが駆け巡ってくる。 鈍い幸せな痛みがあった女の場所が、一気に沸騰してきた。 また響介が欲しいと悲鳴を上げているようだ。 耳の後ろまで脈拍が速くなるのを感じて、美優は大きな溜め息を吐いた。 もうこころもお腹もいっぱいで、熱情が含んだ溜め息しか出ない。 余り箸をつけなくなった美優の顔を、響介が覗きこんできた。 「…君を…じっくりと味わって良いね…」 「…はい…」 囁くように返事をすると、響介は微笑んで頷いてくれた。 「…実に良い選択だ、美優」 響介は食事の後片付けを適当にかつ素早く終わらせる。 美優が手伝うと言ったが、その必要はないと言ってくれた。 片付けを半ば乱暴に終わらせると、響介は美優を再びベッドへと運んでくれる。 ベッドに寝かされると、響介は素早くカッターシャツを脱ぎ捨てて、素肌を晒した。 美優のローブに手を掛けると、素早く脱がしてくる。 「…実に綺麗な肌をしている…。俺だけのものだと、たっぷりと証明させてもらうよ…」 響介は、美優を組み敷くと、優しく唇を凌辱していく。 その感覚は、甘い痺れを生む麻薬のようだった。 |