*甘いチョコ 青い恋*


 バレンタインのチョコレート。
 恋をする女の子には、とても甘い魔法のお菓子のように思える。
 甘くて、しっとりと優しい美味しさがあって…。
 そして。告白の背中を押してくれるもの。

 義理チョコのどさくさに紛れて、チョコレートを渡そうと、望美は目論んでいた。
 毎年、義理チョコに紛れて、将臣に本命チョコレートを渡してはいるが、気付かれた試しはない。
 幼馴染みで、同性の友人よりもより友人らしいふたりにとっては、なかなか超えられない壁だ。
 今年もまたこっそりと将臣だけに本命チョコレートを渡す。
 気付かれないかもしれない。
 だが、望美にとってはそっと渡すのが精一杯だった。
 チョコレートを気軽に渡せる間柄であることを、これほど感謝して、憎む瞬間はなかった。

 今年もまた、巷では華やかな甘い季節がやってくる。
 休日、望美は鎌倉駅の近くにあるショコラティエに来ていた。
 父親、有川家の父、譲に渡すチョコレートは既に決まっている。
 なのに将臣への本命チョコレートがなかなか決まらなかった。
 美味しいビターチョコレートを探して、ひとつぶ、ひとつぶを悩みぬきながら選んで行く。
 どれも美味しく食べてくれますようにと、願わずにはいられない。
 譲たちへのチョコレートは、予め箱に詰められたものを買ったが、将臣にはいつもこうしてひとつぶずつ選んでいる。
 同じ店で買うものだから、将臣が気付かないのは当然といえば当然なのだが。
 望美が眉間に皺を寄せて最後のひとつぶを選び終ったところで、後ろから声を掛けられた。
「先輩も買い物ですか?」
 振り返ると、不機嫌な将臣と、にこやかな譲の兄弟が立っていた。
 将臣の存在に、飛び上がってしまいそうになるぐらいに心臓がびっくりする。
「まあちょっと、うん」
 望美は言葉を濁らせた後、これ以上追及されないように言葉の矛先を変えた。
「珍しくふたり揃って買い物?」
「家の使い物があったから、届けきた。後は母さんに頼まれた甘いものを買いに」
「私も大漁だよ♪ 甘いものは」
 自分用のチョコレートやキャラメルも買ったので、結構な量になっていた。
「出来ましたよ」
 ラッピングが終ったことを知らされて、望美は大量のチョコレートが入った紙袋を受け取った。
 将臣たちはといえば、適当にチョコレートを選んで買い求めている。
「この後帰るんだったら一緒に帰ろうよ。鎌倉カスターだけはよるからね」
「そうですね、そうしましょうか」
 時期が時期なだけに、バレンタインのチョコレートを買っていると茶化されるかと思っていたが、それがなくて 望美は内心ホッとしていた。
 三人で、まるで小さな子供になったようにカスターを買い求め、江ノ電に乗る。
 こうして幼馴染みでしか出来ないことをするのも楽しいが、やはり恋人としてロマンティックな時間を過ごして見たいとも思う。
 そんな瞬間が、果たして訪れるのだろうか。
 将臣が他の誰かさんとその時間を過ごすのを、黙って見ていなければならないのだろうか。
 考えれば考えるほどに、望美のこころは甘酸っぱい想いにかき乱されていた。

 世間はもうすぐバレンタイン。
 好きな女の子からチョコレートを貰えやしないかと、むさい男達も色めき立つ季節。
 なかには幾つチョコレートを貰えるかなどと賭けている不埒ものもいるが、男達の話題もやはり女と大差がない。
「将臣、お前は良いよなあモテるから。まあ、チョコレートがもしなくても、確実に春日からは貰えるしなあ」
 クラスの男子には羨ましがられるが、優越感なんてひとつもない。
 それどころかあるといえば、面倒臭いというひとことに尽きる。
 大体チョコレートのような甘ったるい菓子は苦手だから、そんなに数はいらないし、最近は、ブリーフなんて  バカなものを贈るヤツまでいて、全く始末が負えないと思っている。
 将臣は溜め息を吐きながら、そんなに義理チョコが欲しいなら全部くれてやるとさえ、言いたくなってしまった。
 欲しいのはただひとつ。
 望美がくれるものだけ。
 それが、所謂、『本命チョコレート』ならなおよしと言ったところだ。
 望美は誰か本命がいるのだろうか。
 そう考えるだけで、最近はイライラしていた。
 望美が、自分以外に本命チョコレートを渡すなら、バレンタインなんてなくなってしまえば良いのに。
 母親から頼まれた遣いの帰り、譲とぶらぶらと若宮大路を歩いていると、馴染みのショコラティエで望美の姿を認めた。
「兄さん、先輩です。声を掛けてみましょう」
「待てよ」
 声を掛けようとした譲を制して、将臣は眉間に皺を寄せながら望美を観察した。
 真剣にチョコレートを選ぶ姿には気合いが入っているが、どこか華やいだ雰囲気も隠し持っている。
 将臣は直ぐに、望美が本命チョコレートを選んでいることを察した。
 誰のために。
 そう考えるとはらわたが煮えくりかえるような気分になる。
 誰なのか。そんな幸せを手にするやつは。
 腹が立って、思わず店の前にあるゴミ箱を蹴飛ばしそうになった。
「選び終ったみたいですから、先輩に声を掛けるよ。先輩!」
 譲が声を掛けると、望美はゆっくりと振り返った。
 どこか驚いたように見えるのは、きっと本命チョコレートを選んでいたからだ。
 イライラする。
 この場で、望美を連れさってしまいたいぐらいに、イライラが止まらない。
 譲と楽しそうに話をする望美を無視するかのように、将臣は黙り込んでいた。
 ショコラティエを出た後、鎌倉カスターを買い、江ノ電に乗り込む。
 定番の甘い物にありつけた望美は、幸せそうだった。
「やっぱりカスターは優しい味がするねえ。定番なのが分かるよ」
 望美は将臣の横で、無邪気な幸せに浸りながら、カスターを頬張っている。
 思わず笑みを浮かべてしまいそうになるぐらいに、無防備な可愛いさがある。
 口の回りにカスタードクリームをつけて笑うと、昔からの『のんちゃん』だ。
幼馴染みしか知らない顔だ。
「おい、カスタードクリームが唇にいっぱい付いてるぜ」
「え!? ホント?」
 望美は恥ずかしそうに頬を赤らめると、舌で唇の周りを舐めた。
 何気ない小さな女の子のような仕草なのに、将臣のこころを打つ。
 息苦しくなるほどのエロチシズムに、将臣の全身は熱くなった。
 自分の舌で、唇で、カスタードクリームを舐めてやりたいとすら思ってしまう。
 全く重症だ。
 じっと見つめていると、望美がにんまりと幸せそうに笑いかけてきた。
「有り難う」
 こちらを骨抜きにしてしまうような笑顔に、将臣はたまらなくなった。
 電車が極楽寺に着き、三人は仲良く家路に向かう。
 道中、将臣は、望美のこころを支配している男が誰なのかとそればかり考えていた。
 望美以外の女のバレンタイン動向なんて、気にならない。
 ちらちらと、望美が持つ紙袋を覗きこみながら、将臣はさり気なく訊いた。
「バレンタインチョコレートを買ったのか?」
 図星なのは、望美がほんのりと頬を赤らめたことで解った。
「ま、まあね。将臣くんも譲くんも楽しみだよね。ふたりとも沢山チョコレートを貰えるから」
 望美は巧みに話題を逸らそうとしている。引きつった笑顔が何よりもの証拠だった。
「義理チョコにはあまり興味はねぇな」
「え?」
 望美は息を飲む。
「今年のバレンタインは、好きなヤツのチョコレートしか受け取らねぇ」
 将臣はキッパリと堂々と宣言をした。





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