*甘いチョコ 青い恋*


 将臣が本命の子からしかチョコレートを受け取らない。
 その事実が、望美に重くのしかかってくる。
 将臣は誰からのチョコレートを一番欲しいと思っているのだろうか。
 悶々と考えてしまい落ち込んでしまう。
 近過ぎるから。
 幼馴染みだから受け取ってくれるかもしれないが、だが、それはそれで哀しい。
 ひとりの女の子として、チョコレートを受け取って欲しかった。
「やっぱり本命チョコレートは手作りかなあ」
 友人のひとことに、望美の耳がピクリと動いた。
「手作り?」
「うん、簡単なものでもやっぱり手作りは女子度が上がるからポイント高いみたいだよ」
 男の子の気持ちが書かれている、ティーン雑誌を、友人が見せてくれた。
「手作りかあ…」
 雑誌を華やかに彩る男子のコメントを読みながら、望美は溜め息を吐く。
 やはり将臣も手作りチョコレートが良いのだろうか。
「手作りチョコレートって言っても、なかなかねえ…」
 望美がひとりごちると、友人は意味深なからかうような視線を向けてくる。
「望美、本命いるの?」
「あ、う。そ、そのっ! あ、わわわ」
 まるでマンガに出て来るコミカルなキャラクターのように、望美がジタバタしていると、友人は益々おもしろがった。
「本命って誰よ? もしかして、幼馴染みな旦那さん?」
 将臣のことを言われて、望美は耳まで紅くして抵抗する。
「そ、そんなことないよー」
「どうかなあー。望美ってば凄く分かりやすいからね。有川くんでしょ?」
 友人に名前を出されてしまい、望美は益々頭から湯気を出した。
「…だけど手作りか…。望美の腕じゃかなりチャレンジよね…」
 望美の了解の腕がどのようなものなのか、充分に解っている友人は、腕を組んだ。
「このカステラに溶かしたチョコレートをまぶして固まらせるっていうのが、一番簡単そうだよ。これなら望美にでも出来るかもしれないよ」
「そうだね。まあ、ちゃんとしたチョコレートも買っているんだけれどね」
 望美は、友人が教えてくれた簡単なレシピページを何度も指先で叩く。
 一見して簡単そうに見えるレシピでも、望美にとってはかなりの難関であったりする。
「これと本命チョコレートを両方渡せば? とろけるような私の気持ちって」
 にんまりと笑う友人を殴るふりをして、望美は溜め息を吐いた。
 果たして。ここまでしても将臣がチョコレートを本気で受け取ってくれるのは未知数なのだから。

 将臣が教室に入ると、女子は誰もがバレンタインの話題に花を咲かせていた。
 自然と視線は望美を探している。
 コンピュータよりも早く探し出した望美もまた、バレンタインチョコレートについて話をしているようだった。
 何やら、チョコレートのレシピページを開いて唸っている。
 自分の席に戻るふりをして、将臣は望美の様子を伺った。
「…やっぱり、本命には手作りチョコレートかあ…」
 聞き捨てならない望美のひとりごとに、将臣は思わず立ち止まった。
 動揺するあまりに、顔が引きつってしまう。
 心臓が変なリズムを打ち、背中には嫌な汗が流れ落ちる。
 望美が手作りをしてまで、本命チョコレートをあげたい相手は誰なんだ。
 料理がどうしようもないほどに苦手な望美が、チョコレートを手作りしたいと思わせる相手は、一体、誰なのだろうか。
 将臣は息が荒くなるのを感じながら、望美を見た。
 真剣に考え込む望美は、今すぐに抱き締めたいほどに、愛らしくて綺麗だ。
 宝石のようにキラキラと輝いているように思える。
 誰が望美をこんなにも綺麗にしているのだ。
 全く腹が立つ。
 イライラしてしょうがない。
 将臣は眉間に深い皺を寄せながら、じっと望美だけを見ていた。
 周りなんて何も視界には入らない。
 そのせいで、望美の友人がそばにいることに、将臣は気がつかなかった。
「有川くん、どうしたの?」
 ニヤリと笑いながら望美の友達が見てくる。将臣の友人と付き合っているせいか、友人のように接してくるのだ。
「あ、そこ、俺の席だから」
 将臣は何とか誤魔化しながら、視線を自分の席に向けた。
「そうか、ごめんねー」
 含み笑いを浮かべながら立ち上がった望美の友人を不気味に思いながら、将臣は誤魔化すように髪をかきあげた。
「あっ! ま、将臣くん、も、戻ってきたんだ」
 ようやく将臣の存在に気がついた望美は慌てて雑誌を隠そうとしている。
 だが慌て過ぎているせいか、少しも片付いてはいなかった。
「…バレンタイン特集か…。ったく、猫も杓子もバレンタインか」
 将臣が溜め息を吐きながら、わざとクールに装うと、冷静かつからかいモードの望美の友人が声を掛けた。
「有川くん、今年は本命からしかチョコレートを受け取らないって言っていたけれど、それって充分にバレンタインを意識しているんじゃない?」
 全くの図星に、将臣の心臓は派手に跳ね上がった。
 動揺を隠したくて、制服のポケットに手を突っ込みながら、言葉を探した。
「望美、お前、チョコレートを手作りするのかよ?」
 からかうようにわざと望美を見ると、明らかに戸惑っているかのように、睫毛をパチパチさせる。
「て、手作りして悪いの…?」
「悪くはねぇけど、相手の男、きっと地獄絵図を見るぜ」
 わざと溜め息を吐くと、望美は眉も唇もへの字に曲げて、将臣を睨み付ける。
「そ、そんなことないもんっ!」
 こうしていつも以上にムキになるところを見ると、相手のことを相当好きであるらしい。
 将臣は妬ける余りに、腹の底が熱く捩じれてしまうような気分だった。
 望美はかたくなに雑誌を隠している。
 どこか追い詰められているような切なさに、将臣自身のこころも胃も、苦しく痛んだ。
「胃薬相手に付けてやると喜ぶかもな」
「もうっ! 知らない! 将臣くんのバカ!」
 へらへらと笑っていると、望美は将臣からわざと視線を逸らす。
「…将臣くんだって、どうせ手作りが上手な女の子が良いんでしょ…」
 完全に拗ねてしまった望美の声に、将臣はトンと机を叩いた。
「味がどうだろうと、後で腹が痛くなろうと、好きな女の想いが詰まっていたら、喰うのが男だろ。ちゃんと受け止めてやるのがな。お前の気持ちがしっかりと入ってたら、必ず喰ってくれるはずだ。だから味だとか、見た目だとか気にせずに、こころを込めて作れ」
 言葉を刻むたびに、言い様がないほどにこころが痛くなる。
 もし自分が望美の相手なら、間違なくそうする。
 どんなものだって食べるし、たとえ5円チョコレートだって嬉しい。
「…将臣くんは好きな女の子だったらそうするんだよね?」
 望美は泣きそうな声で呟き、潤んだ瞳で望美を見上げる。
「そうだ」
 嘘を吐いてもしょうがない。将臣はキッパリと頷いた。
「そうだよね。将臣くんは男らしいって思えるぐらいに優しいから…。自慢出来る幼馴染みだよ」
 望美は泣き笑いの表情をうかべながらこちらを見ている。
 幼馴染み。
 確かにそうだ。
 だかキッパリハッキリと言いきられてしまうと、将臣もまた辛い。
 望美だからこそ堪えるのだ。
 誰よりも好きで好きで好きでたまらない女だから。
 そんな望美に、切ない顔をさせるやつが許せない。
 将臣は自分の気持ちを抑え込むと、言い切った。
「お前も自慢出来る幼馴染みだ」





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