1
改まってホワイトデーを意識すると、どうして良いか分からなくなる。 以前は、望美以外の女の子たちには適当に近所の菓子屋で買ったものを配っていた。勿論、望美と母 親には、日頃の感謝を込めて少しだけ高い菓子を買って渡していた。 今までなら気合いなんて入れなかったのに、今年は勝手が違う。 望美とようやく恋人同士になったのだから、ここは気合いを入れたかった。 何を贈って、望美への愛情を表せば良いのか。巷では3倍返しなどと言われているが、それをしたところで、想いをきっちりと伝えてられるのか。 そんなことを悶々としている日々が続いている。 ちらりと今日も望美の様子を見ながら、ぐるぐると考えていた。 「望美、帰るぞ」 「うん!」 以前なら声を掛けることはなかったし、どこか意地を張ってしまい、素直にならなかったところがあったが、今は堂々とカレシとして声を掛けることが出来る。 「うん! 帰ろうよ」 しっかりと手を握り締めあって、ふたりは堂々と教室を出て行く。今は、手を繋ぐ時間ですらもドキドキして、楽しくて、ひとときも離れたくない。 ふたりで日坂を下りながら、視線の先にある、キラキラと輝く海を見つめた。 「もうすぐ春だね。春になったら、私たちも三年生だよ」 「その前に学年末があるだろ? ちゃんと進級出来たらな」 ニヤリと意地悪な笑みを浮かべると、望美はあからさまに頬を膨らませた。 「ちゃんと進級ぐらいしますよっ!」 「どうだか」 「進級出来るもんね! 学年末テストは嫌だけれど、その先には試験休みが待っているもんねー」 「そうだな」 試験休み。その間に、ホワイトデーがある。勿論、その日は初めて予定を開けていた。 今まではホワイトデーなんて、面倒臭いものに過ぎなかった。 お返しだなんて儀礼臭くて、バレンタインデーとホワイトデーは、学生の歳暮と中元だと、正直、思ったほどだ。 だが、生涯でたったひとりの恋人と結ばれると、そんな面倒だった行事が楽しくてドキドキもののものだと思えるのだから、不思議だ。 恋とは本当に摩訶不思議。知れば知るほど、その深みに入り込んでしまう。 「ねぇ、あんなに七里ヶ浜が綺麗だからさ、寄っていかない? プチデート」 望美が楽しそうに笑顔で言うものだから、将臣も動員して着いていくことにした。 長い信号を越えて、階段を降りて浜辺へ。 吹き抜ける潮風は、随分と優しくて温かなものになっていた。 「随分と気持ち良い気候になったねぇ!」 「そうだな」 灰色の砂浜を、望美がステップするように歩く。ふわふわとした動きは、まるでピンク色の綿菓子だ。 愛らしくてついその手に取りたくなってしまう。 「望美!」 思わず声を掛けて、自分の腕に引き寄せる。 突然、腕のなかに閉じ込められて、望美は驚いてしまったようだ。 「ま、将臣くんっ!?」 恥ずかしそうにおどおどとしている望美が可愛くてしょうがない。 たまらなくなって、小さな子供が縫いぐるみを抱くように、強く抱き締めてしまった。 鼻腔に、甘い望美の香りがする。とても良い匂いで、酔っ払ってしまいそうだ。 ギュッと引き寄せると、可愛い吐息が漏れた。 「…みんな見てるよ」 「見せとけよ。それに、こんな海岸にいるヤツは、みんなカップルばっかだろ? 冬の海岸にいる物好きなんて、こころも躰も温められるカップルしかいねぇって」 「そうだね」 望美は恥ずかしくても嬉しいのか、将臣の広い胸に躰を預けてくる。 それがとても心地が良かった。 ふたりで暫く立ち止まり、きらきらと優しく輝く水面を見つめる。 何だかとっておきのプレゼントを貰ったような風景だ。 「あっ!」 突然、望美が大きな声を出したので、将臣は思わず躰をビクリとさせた。 「びっくりするじゃねぇかよ」 「ご、ごめん」 望美は申し訳なさそうに眉を下げると、将臣に足元を指差して見せた。 「将臣くん、キラキラ輝いているよ。凄く綺麗な貝殻だねー」 「そうだな。お前、こういうの好きだもんな」 「うん。貝殻っていかにも自然な感じがするじゃない? だからね、凄く好きなんだ」 望美は目を細めて、愛しそうに貝殻を見ている。 重たい湘南の砂浜にキラリと輝く貝殻は、珠玉の存在のように思える。 「ホントに綺麗だね」 うっとりと呟く望美の声に、将臣は貝殻を拾い上げると、それを手のひらに乗せてやった。 「有り難う!」 本当に嬉しいのか、望美は春先の陽射しよりも輝く笑顔を向けて来た。 「凄く嬉しいよ。プチデートバンザイ」 「んなもんが良いなら、いくらでも取ってやるよ」 「うん、有り難う!」 昔から、望美が喜ぶ顔に弱い。 何時でも可愛くて、何よりも大切な笑顔だった。 望美が喜ぶためなら、譲と競いあって何でもした。そのスタンスはずっと変わってはいない。 今でもそうだ。望美の表情に一喜一憂するのは変わらない。 「得しちゃったな」 望美はホクホクしながら、何度も手のひらにある貝殻を眺めている。 「じゃあ俺にも得をさせてくれよ」 「得?」 望美はきょとんとした顔をして、将臣をじっと見ている。 本当にこんなところはまだまだ子供ぽいが、そこがまた魅力的だと思う。 きょとんとした無邪気な顔をしているのに、グロスで光る唇は、大人びた雰囲気で将臣を誘っている。 たまらない。 キスがしたい。 「…キス、したいんだけれど」 恥ずかしさを堪えながら囁くと、望美もぎこちなく頷く。その仕草が、将臣を夢中にさせる。 放課後のとっておきのプレゼント。それは甘いキス。 きっとこんな甘酸っぱい感覚でキスが出来るのは、高校生の間だけだろう。 だからこそ掛け替えのない時間なのだ。 望美と向き合って、膝を屈めてそっと唇を寄せる。 ただ唇を重ねるだけの青いキスだ。 だけどそれは何よりも素敵な味がするような気がする。 望美を少しずつ慣らさないといけないから、欲望丸出しの上級なキスなんて出来ない。 大事な大事な相手だから、それも我慢が出来るのだ。 一生で一番好きな相手。 これまでも、これからも。 将臣が唇を離すと、望美は嬉しいのに恥ずかしいせいか、視線を外した。 「ま、将臣くん、もうすぐバイトの時間だよね? 今日のプチデートとここまでだね」 望美は腕時計を見ると、名残惜しそうに、はははんと、溜め息を吐いた。寂しいけれども充実している、あの感覚だ。 「そうだな。だけど家に帰るまでが、俺たちのデートだろ?」 何処かで聞いたことがあるような台詞に、望美はにっこりと笑った。 手を繋いで、いつものように長い信号待ちをしてから渡る。 将臣は風に吹かれる望美を見つめる。 ちらりと髪の隙間から見える耳朶を見て、思い付く。 望美はまだピアスをしてはいない。 手作りのファーストピアスが良いかもしれない。それも貝殻を使えば喜んでくれるに違いない。 将臣は、自分のアイディアに思わずほくそ笑んだ。 |