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ホワイトデーだなんて、バレンタインデーに比べるとあまり重要ではないと思っていた。 だが、いざ、ホワイトデーできちんと返さなければならない立場に立たされたら、重要なイベントのように思えてくる。 それは、恋をする相手の素晴らしい笑顔を見てみたいから。 それだけのために、色々と考えてしまう。それがまた、ドキドキしたり、甘い気分になったりして楽しかったりもする。 将臣は、望美へのホワイトデーのプレゼントを決め、後はそれに向かって一直線といったところだ。 綺麗な貝殻を使った手作りアクセサリー。我ながら良いアイディアだと思う。 綺麗な貝殻を幾つも集めたい。 将臣は、ただそれだけを思い、ダイビングに出かける準備を始めた。 いつもの準備よりも気合いが入るのは、きっと望美のためにとの想いからなのだろう。 「将臣くん、入って良い?」 「ああ」 ノックと同時に、望美が部屋のなかに入ってくる。 バレンタインデーを境に付き合い始めてから、小さな頃のように、望美は部屋に入ってくるようになった。 「将臣くん、ダイビングに行くの?」 「ああ」 「スキンダイビングって面白そうだよね。私もやりたいなあ」 準備している様子を横目で眺めながら、望美は腰を下ろした。 「ねぇ、一緒に行っていい?」 甘えた声で可愛く囁く望美を、将臣は唸りながら見た。 「…今回はダメだ」 将臣は貯めるように言う。 望美を連れて行ってやりたいのは山々だが、今回だけはそれが出来ない。 望美へのホワイトデーのお返しのために、こうしてダイビングに行くのだから。 「また今度な。次は連れていってやるから。今回は、彼女連れはいねぇんだよ。すまないけれど…」 将臣は困ったように溜め息を吐くと、望美の頭を軽く撫でる。 「…今回は諦めるけれど、今度はちゃんと連れて行ってね」 「ああ」 将臣は筋肉が程よく張った腕を、望美の肩に回して抱き寄せた。 華奢ですんなりしているのに柔らかな躰。抱き寄せるだけで鼻血なんて珍しいものを出してしまいそうになる始末だ。 頭に熱い血が物凄い勢いで昇っていくのが解った。 まだキスまでしか辿り着いていない。 大切でたまらない存在だからこそ、ゆっくりと慎重になってしまっている。 『石橋を叩き過ぎて、壊してしまうタイプ』だと、以前憎たらしい知盛に言われた覚えがある。 しかし相手が望美だと話は別なのだ。 石橋を叩き過ぎても、決して壊すことはないと、将臣は確信している。 それほどまでに大切な相手。きっと自分が今、この手にしているもののなかで、最も大切なものであることは間違ない。 それはこれからもずっと変わらないことだろう。 だからこそ、まだキスから向こうには踏み出せなかった。 キス以上のことは、したくてしたくてしたくてしたくて(以下続く)、たまらないのに。 望美が相手だと、それだけ忍耐は続けられた。 「…この埋め合わせはちゃんとするから」 「うん、絶対だよ?」 将臣はしっかりと頷くと、望美に親指を立てて確約してやった。 「だって一緒に沖縄、行くんだもんね?」 「そうだ。だから、それまでにはちゃんと訓練はしてやるから」 「うん!」 望美は本当にべったりと甘えてきた。 それは何の下心なんてない、望美らしいごく自然なことだ。 だが、自分の欲望を一生懸命抑え込んでいる将臣には、拷問に等しかった。 下半身が熱くてたまらなくなる男の生理を我慢しながら、望美を軽く抱き寄せた。 全くうめきたくなる。 キスだけで我慢するしかないのだ。 望美は意外にガードが固くて、最後まで行き着くには、なかなか骨の折れる相手なのかもしれない。 しかし、そのガードの固さは、ある意味助かっており、望美が他の男の手垢がつかなかった最大の理由とも思っている。 唇をゆっくりと近付けて、浅く甘いキスを貪る。 余り深い上級者のキスをしてしまえば、自分の欲望を抑えきられる自信なんて、将臣には勿論なかった。 キスをした後、将臣はやんわりと望美の躰を離した。 望美を見つめると、綺麗な瞳は潤んでいて、とても色っぽい。こんな瞳を見せつけられたら、正直言って、欲望を押さえ付けて冷静にいられるわけなどなかった。 「…じゃあ、ダイビング行ってくる」 「この埋め合わせはちゃんとしてね? 映画を一緒に見に行ってくれたら許すから」 「ああ。お前の好きな映画に付き合ってやるよ」 「うん! 有り難う!」 望美の好きな映画は、ご多分に漏れずラブロマンスもので、将臣が最も苦手とする分野だ。 だがその笑顔を見ていると、映画に付き合っても良いと思うから、恋は不思議だと思った。 望美に見送られて、将臣はダイビングへと出掛ける。 今回の目的は単純明快。 望美へのプレゼントのための貝殻探しだ。 本当は、もっと綺麗な海に潜って探してやりたいが、なかなかそうはいかない。 地元の湘南で、一番美しい貝殻を探してやりたい。 きっと喜んでくれる。 望美の笑顔を思い浮かべると、俄然、ヤル気が出て来るのは不思議だった。 将臣は幾つも貝殻を拾い集めながらも、納得出来るようなものがひとつも探せなかった。 望美に似合いそうな、薄紅色のした可愛い貝殻。どこか凛としたたたずまいがあると、もっと素晴らしいものになるに違いない。 将臣は、何度も浅瀬を潜っては、貝殻探しに精を出していた。 「どうした! 将臣!」 「将臣くん、何か探し物?」 聞き慣れた声に顔を上げると、将臣のダイビング仲間たちが手を振っているのが見えた。 将臣は一旦海から上がると、彼等に声を掛けた。 濡れた髪が邪魔になり、かきあげるとべったりとオールバックになるのが気に入らなかった。 「…ちょっと探し物を…」 「随分と真剣に探していたわね。大事なもの?」 年上で妖艶な仲間は、魅力的な笑みを唇に浮かべている。こんなに余裕のある女性なら、きっと将臣の プレゼントを聞いて笑うだろう。だから核心には振れないでおいた。 「貝殻を探しているんです」 「彼女に?」 分かり易かったのか、直ぐに答えが返ってきた。 反論することが出来ずにゴニョゴニョしていると、女性はまた大人びた笑みを浮かべる。 きっとバカにされてしまう。 将臣はそう思っていたのに、返ってきた言葉は意外なものだった。 「きっと彼女はものすごく喜ぶよ」 「マジですか」 「本当は、好きなひとのプレゼントなら、女の子はどんなものでも嬉しいものなんだよ。こうして、将臣くんが 一生懸命探してくれた貝殻だもん。喜ばないはずはないよ」 経験値の高い女性からアドバイスを受けると、自信を持てるのが不思議になる。 「将臣くんのように、あいつも気合いを入れてくれたら良いんだけれどねー。特にホワイトデー」 小麦色の逞しい肉体を持つ恋人を、ちらりと見ながら笑った。 男としては、ああいう大人の余裕が欲しいと思う。 今までああいう余裕があると思って来たのに、望美が絡むとからっきしダメだった。 いつも子供の頃に戻ったような気分になってしまう。 「将臣くんのホワイトデーが上手くいくように、私たちも手伝うかな」 女性が笑いながら将臣の肩に軽く手をかけた時だった。 「…将臣くん…」 聞き慣れた声。 いつもの明るく甘いものではなく、完全に動揺した声。 顔を上げると、近くまで犬の散歩に来ていた望美が、今にも泣きそうな顔でこちらを見ていた。 誤解確率百パーセント。 |