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再び、ふたりは神戸の街を眺める。 ロマンティックな想いに満たされて、どちらからともなく自然に寄り添っていた。 このまま離れたくないから、こうして寄り添って見る。 手を繋ぐだけでは飽きたらなくて、ふたりは躰をしっかりと密着させた。 オレンジの光がふたりを祝福してくれているように輝いている。 建物からはノスタルジックな灯が灯り始める。 空が茜色から紫に変化するのが美しい。 横浜の夕陽も素晴らしく綺麗だけれども、非日常だからか神戸の夕陽も素晴らしく思える。 「港の見える丘公園からの夕陽も素晴らしいですが、このヴィーナスブリッジから見る夕陽も格別に綺麗ですね」 かなでは、大地に、そして神戸の素晴らしい夕陽にうっとりとした気分になりながら、じっと見つめる。 「…まさに再生の街だね…。俺は小さくて覚えていないけれど…、この街で地震が起こって、街が消えそうになっても、こうして再生して、また素敵な街になっている。物凄いことだよね、人の力は…」 「…そうですね…」 本当にひとの力はなんて偉大なのだろうかと、かなでは思わずにはいられない。 大阪湾にオレンジ色をしたロマンティックな夕陽が沈んで、空は紫だちたる美しい色から、闇に包まれていく。 だが、その闇はこの上なく優しかった。 やがて神戸の街が素晴らしい景色を見せてくれる。 闇に光る宝石箱はロマンティックを通り越している。 キラキラ光る街には、プラチナが輝いている。 余りにもの美しい夜景に、かなでは思わず口を大きく開けて、言葉を失ってしまった。 こんなにも綺麗な夜景は、見たことがないと思う。 プラチナのカーペットだ。 「…綺麗…」 「ホントに綺麗って言葉以外は見つからないよね…」 大地も感心しているようで、ただ感嘆の溜め息を吐いていた。 「百万ドルの夜景と言われるのは、本当のようだね。まさにそうだね。これぞ百万ドルだ」 大地は感心するように言うと、かなでを抱き寄せてきた。 力強い男の腕に引き寄せられて、かなではドキドキしてしまう。 喉がからからになって、どうしようもなくなる。 かなでは息が出来ないぐらいに、甘い震えを感じていた。 素晴らしい夜景に、素晴らしい恋人。 これ以上素敵なことがあるのだろうか。そう感じてしまうぐらいに、幸せでしょうがない気分になっていた。 ずっとこうしていたい。 ドキドキは苦しいけれども、それは幸せなドキドキだ。 だから少しも嫌じゃない。 かなではそう思うと、大地に甘えるように寄り添った。 今なら、耳まで真っ赤になっていても分からないだろうから。 思い切り恥ずかしがって、思い切りはにかんでみたい。 かなではいつもよりもほんのりと大胆な気分になった。 「ひなちゃん…、東金や土岐に感謝しなくちゃね。認めるのは悔しいけれどね」 「え…?」 「横浜で良くして貰ったからお礼だって、ここを教えてくれた。君を楽しませる気持ちが大きかったんだろうけれど、ヴィーナスブリッジからの夜景は横浜には負けないからって」 大地はくすりと笑うと、いつもよりもかなり大胆にかなでを引き寄せた。 ロマンティックで、本当に素晴らしい気分にさせてくれる。 かなでは甘い気持ちに心を踊らせながら、大地をそっと抱き寄せた。 いつもならば自分からこのような大胆なことはしないのだが、今回はつい大胆になってしまう。 かなでは、大地と見つめあった。 心臓が止まってしまうのではないかと思うぐらいにロマンティックだ。 神戸の百万ドルの夜景をバックに、かなでは甘く満ち溢れた想いを抱く。 こんなにも素敵な気分にさせてくれるのは、きっと神戸マジックだ。 神戸が更に甘い気持ちにさせてくれる。 キスして欲しい。 大胆にも思う。 かなでがそう思っているように、大地も同じように思ってくれているようで、顔が少しずつ近付いてきた。 かなでは大胆に思いながらも、そっと目を閉じる。 すると大地は甘くキスをしてくれる。 最初は触れるだけの。 だが、どんどん深くなってくる。 ソフトクリームよりも甘くて素敵なキスから、情熱的なものへと変化する。 最初はうっとりとしていたが、徐々に嵐のような情熱に引き込まれてくる。 かなでは大胆にも大地の首に腕をしっかりと回して、深い、深いキスを交わした。 これほどまでに甘くて大胆なキスは他にはないと思いながら。 「…ひなちゃん…好きだ…!」 大地の掠れ気味の声は色香があり、かなり大人びている。 赤い色をした甘い声だ。 かなでは更に大胆にキスを交わす。 もうこのひとしかいらないと思うぐらいに、いつの間にか大地に夢中になっていた。 どれぐらいキスをしていたのかお互いに分からないぐらいにキスをした後、ふたりは暫く抱き合っていた。 ようやく嵐が落ち着いた頃、恋人たちで賑わってきた。 「ひなちゃん、行こうか」 「はい」 大地と手を繋ぎながら、ふたりはヴィーナスブリッジを後にする。 神戸の旅は忘れられなくなるよ。 そう深く感じたのは言うまでもなかった。 ヴィーナスブリッジからホテルは意外なぐらいに近くて、仲間と一緒にのんびりと夕食を取ることが出来た。 幸せな気分で満たされているからか、かなではつい微笑んでしまう。 夕食は和テイストの懐石料理で、かなでは美味しく食べることが出来た。 誰もが半日の神戸観光を楽しんでいたようで、その話題で持ち切りだった。 これで明日のリハーサル、明後日の本番も上手くいきそうだ。 のんびりとした観光は今日しか楽しめないが、それでもかなでは充分すぎるぐらいに幸せだった。 夕食が終わると、ロマンティックな恋愛モードから、音楽モードへとギアが切り替わる。 かなでは真直ぐヴァイオリンに集中することにした。 翌日は午前中が個別練習、そして午後からはリハーサルと、かなりハードなスケジュールだった。 観光目的で来たわけではないから、本題に入ったとも言える。 翌日にはあの大きなホールで演奏をするのだ。 無様な演奏は聞かせたくはなかったから、かなではかなり一生懸命頑張る。 全国大会に優勝をしたアンサンブルなのだから、自信を持ってやれば良い。 更に技術も解釈面も研いてきたのだから、怖がることはないのだ。 それに、大好きなひとがそばにいるから。 だからいつもよりももっと力を出すことが出来る。 かなではそう思いながら、真直ぐ目標を見据えた。 素晴らしい演奏を聴かせたい。 ただそれだけなのだ。 だから精一杯頑張る。 かなではリハーサルと練習に集中する。 神戸観光でリフレッシュすることが出来たからこそ、こうして向き合える。 かなでは感謝しなければならないと、深く思っていた。 くたくたになるまでヴァイオリンを弾いた。 良い演奏がしたい。 それだけだ。 明日の本番が上手くいきますように。 かなではそれだけを強く思った。 皆で景気づけにと、夕食は中華街へと向かう。 かなではみんなとわいわいしながら、音楽のことを語れるのが嬉しかった。 誰もが同じような音楽への熱い想いを抱いている。 だからこそ、良い演奏をしなければならない。 かなではかなり刺激されながら、最高の演奏になるように頑張ろうと誓った。 音楽を通して知り合ったかけがえのない仲間がいる。 そして大好きなひとがいる。 かなでは前向きに頑張れるような気がしていた。 |