*蜜よりも*


 あんなにも完璧な女性との仲を見せつけられてしまった。

 吉羅と女性の完璧に調和されたカップルぶりに、香穂子は胸が張り裂けてしまう。

 もう届かないのだろうか。

 いくら頑張っても。

 吉羅には完璧な相手がいるのだから。

 香穂子は悶々としてしまう。

 あのような相手がいる以上は、吉羅を諦めてしまった方が良いのだろう。

 諦めなければと、心の中では思うのに、なかなか諦めることが出来なかった。

 女性は大人の魅力を湛えて、本当に綺麗だった。

 香穂子は完璧な女性に完敗だった。

 

 少しでも大人で美しい女性になりたいと、雑誌を買って、女優メイクを研究してみる。

 だが、なかなか思う通りにいかなくて、香穂子はがっかりする。

 仕方がなく、メイクに精通している天羽に訊いてみることにした。

「大人女性のメイクねぇ……。香穂は可愛らしさが入った美人顔だからね……、ブラウン、ゴールド、ピンクを使ったメイクに、コーラル系のグロスとチークを使えば、何とかなるかな……。後は、少しヘアスタイルのアレンジを変えると大人っぽく見えるよ」

 天羽は的確なアドバイスをくれるから、香穂子も自信が持てる。

 本当に有難い。

「メイクとさ、髪を直してあげるからさ、待っていなよ」

「ありがと!」

 持つべきものはやはり友だ。

 香穂子は心から感謝をしながら、笑顔になった。

 

 授業が終わると、香穂子は天羽と共に、みなとみらいでメイクに必要な道具や化粧品を買い求めた。

「これで全部かな。うちにはアイロンもあるからさ、それでヘアスタイルも何とかしようか」

「うん、有り難う」

 綺麗になるためのショッピングは、本当に楽しい。

 香穂子はつい笑顔になった。

 綺麗になりたい。

 だけど、誰にそれを伝えれば良いのだろうか。

 それが不安になる。

 香穂子は、吉羅の顔を思い浮かべたが、切なくなるだけだった。

 天羽の家に行き、ヘアメイクをしてもらうことにした。

 手順を説明して貰いながら、メイクをして貰う。

 そうするとどんどん洗練された顔になるのが分かる。

 髪を軽く巻くと、更に美しさが滲んでくるような気分になる。

 ここまで綺麗にしてもらって、流石の技術だと、香穂子は思った。

「自分で出来るかな。ここまで……」

「大丈夫じゃないかな。香穂子ならば。元々、綺麗だからさ。土台が良いから簡単。香穂の場合は、付け睫だとかデコラティブにしなくても綺麗だから得だよね」

 天羽は笑顔で言うと、香穂子の背中を押してくれた。

「これで理事長を誘惑してしまいな」

「……!!!!!」

 天羽の発破に、香穂子は恥ずかしくてしょうがなくなる。

 そのために綺麗になりたいというのは、多かれ少なかれあるのだから。

「……無理だよ……。そんなこと……。私には……」

「大丈夫だって!香穂は理事長のお気に入りだからさ」

 香穂子の後ろ向きな気持ちを察するように、天羽は止めの背中を押してくれた。

「有り難う」

「綺麗になりたいって思う子は、好きなひとり振り向いて貰いたいって思う女の子は、綺麗で最強なんだからさ。香穂も自信を持ちなよ」

 天羽に言われると、その気になるのが不思議だ。

 やはり力強い友人だからだろう。

 それはとても有難いと思わずにはいられなかった。

「……香穂子、笑顔でいればさ、最高の道は開けるんだからさ」

「うん。ありがと、菜美」

 香穂子は、友人の応援に精一杯応えようと思わずにはいられなかった。

 鏡をもう一度見る。

 今までと違って、とても大人に見える。

 本当に綺麗で、ついうっとりとしてしまう。

 こんなにも素敵なメイクとヘアスタイルは他にはないだろう。

 香穂子は充分に満足した。

 早く吉羅にこの姿を見せたい。

 だが、さりげなく見せるにはどうしたら良いのだろうか。

 香穂子はついそればかりを考えた。

 

 天羽と別れて、真っ直ぐ家に帰る。

 家に向かうと、学院に向かっていると同じから、偶然でも良いから吉羅に会えれば良いのにと、思わずにはいられなかった。

 こんなに綺麗にして貰ったのだから、逢いたい。

 大人っぽく見てくれるだろうか。

 香穂子はそれが気になって仕方がない。

 何だかくすぐたい気持ちになりながら、ほわほわとした気持ちで、家路を急いだ。

 最寄りの駅から家に向かって歩いていると、吉羅の姿を見かけた。

 まさか、こんなにもいきなりに吉羅と逢うことになるなんて、思ってもみなかった。

 香穂子は、恥ずかしさと華やぎを心に抱えながら、吉羅にさりげなく近づこうとした。

 だが、近くまでいって、こちらを吉羅を見ているような気がして止める。

 そして、同時に、あの美しいひとが、吉羅の横に現れた。

 相変わらず素晴らしいぐらいに美しい。

 いくら背伸びをしても、香穂子には届かない人。釣り合わないひとだと思い知らされる。

 香穂子は切なくなり、パン屋に入る。

 吉羅と女性が通りすぎるまで、やり過ごすことにした。

 パンに悩むふりをする。

 パンは家に帰って、家族で食べれば良いから、買っても無駄にはならない。

「チョココロネでも買って帰ろうかな……」

「君はコロネが好きなのかね?」

 いきなり吉羅の声が聞こえて、香穂子は驚く余りに飛び上がりそうになった。

 ドキドキし過ぎて、どうして良いのか解らない。

「り、理事長!」

 香穂子が吉羅を見ると、不快そうに目をスッと細める。

「日野くん、君はいつもとは雰囲気が違うようだが?」

「少しメイクを変えたのと、ヘアスタイルを変えたので……」

 香穂子が遠慮がちに言うと、吉羅は益々不機嫌そうにする。

「あ、あの、チョココロネとあんパンとメロンパンを買うので、列に並びますね。理事長、また」

 香穂子は吉羅の視線が痛くて、そそくさと逃げ出す。

 切なくて苦しいから、速く吉羅から逃げたかった。

 精算をして店を出たところで、香穂子は腕を掴まれる。驚いて顔を上げると、吉羅だった。

 こんなにも強引な吉羅を見るのは初めてかもしれない。

「日野くん、少し付き合ってくれたまえ」

「あ、あのっ!?」

 腕を取られたまま、香穂子は吉羅に連れられて、駐車場近くまで連れていかれてしまう。

「いいから着いてきなさい」

 吉羅の余りにもの強引ぶりに、香穂子は驚かずにはいられない。

 クールな吉羅がここまでするなんて、思ってもみなかった。

 どうしてこんなことになるのか、香穂子には分からなかった。




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