*蜜よりも*


 香穂子のことを離す気はないと語っているかのように、吉羅は手を握り締めて、離さない。

 息が出来ない。

 香穂子は、じっと吉羅を見つめる。

「君は美しい子供だ。何処かで私はそう思いたいのかもしれない……。だが、心の何処かで認めてはいるのかもしれないね。君が大人の女性になりつつあることを」

 吉羅は珍しく複雑な笑みを浮かべる。

 その笑みは、何処か少年のように見えた。

 とても魅力的だ。

 じっと見つめずにはいられない。

「……食事の後、私に時間をくれないかね?」

 吉羅は手を握り締めたままで、今までで一番真摯な表情で、香穂子に向き合ってくれる。

 それが、香穂子にはドキドキして、嬉しいことだった。

 香穂子は、静かに頷く。

 吉羅が少しでも近づいてくれるのであれば、これほど嬉しいことはないと、香穂子は思った。

「ありがとう」

 吉羅はシンプルに呟くと、香穂子からそっと手を離す。

 もう少し、もう少しだけで良いから、吉羅に手を握り締めていて欲しいと思った。

 

 食事は穏やかに過ぎる。

 香穂子はこうして吉羅といつまでも一緒にいられたら良いのにと、思わずにはいられない。

 吉羅がいるからこそ、幸せな気持ちになれる。

 恋の喜びを知ることが出来るのだから。

 香穂子は、吉羅との貴重な時間を大切にしようと思う。

 あの美しい女性と、いずれは結ばれるひとだろうから。

 

 食事が終わると、吉羅は香穂子をドライブに連れていってくれる。

 こうしてドライブをするのが、好きだった。

 だが、それももう叶わなくなるかもしれないのだ。

「日野くん、君はいつもドライブの時は楽しそうにするね」

「ドライブは楽しいですよ。理事長の運転は特に。思いきり爽快感が感じられるのが好きなんですよ」

 香穂子が笑顔で呟くと、吉羅もまた柔らかで温かな笑みを浮かべる。

「そんなに楽しんでくれるんだったら、ドライブにはどんどん連れて行こう。君は連れて行くかいがあるからね」

「有り難うございます」

 吉羅といつまでもドライブが出来たら良いのに。

 香穂子は、このドライブが終われば、魔法は溶けてしまうのだろうと、思わずにはいられなかった。

 そう考えると、胸がキリキリと痛かった。

 車は海辺を走った後で、ゆっくりと横浜方面へと走ってゆく。

 横浜に到着をしてしまえば、それでおしまいだ。終わってしまうのだ。

 香穂子が苦しい気持ちになっていると、吉羅は、みなとみらいの近くで車を停めた。

 みなとみらいの夜景がとても美しく見える。

 香穂子は、これで夢のようなドライブは終了だと想い、苦しく感じた。

「日野くん」

 艶やかな声で真面目に名前を呼ばれて、香穂子は背筋を伸ばす。

 緊張し過ぎてしまい、何だか落ち着かない。

「……私は、君を更にそばに置きたいと思っている。君とこうして食事をして、ドライブをしているだけで、幸せな気持ちになる。ずっとこのように私と逢ってくれないかね」

「……えっ!?」

 思わず心臓が止まりそうになる。

 切なくて苦しくて、なのに嬉しくて。

 恋をする女の子特有の複雑な感情が滲まずにはいられない。

「……理事長、理事長には綺麗な女性がいらっしゃるんじゃ……」

 これが、クリアーされなけれは、香穂子は、吉羅と逢うことを重ねる訳にはいかない。

「ああ、彼女のことかね? 気にしなくても良い。彼女と私はあくまで仕事上の付き合いだからね。彼女には、ちゃんと恋人がいるからね。気にしなくても大丈夫だ」

 吉羅はそこまで言ったところで、一瞬、黙りこむ。

 だが、次の瞬間に厳しい眼差しを向けてきた。

「……君にも、一緒に過ごす男がいるというのかね?」

 吉羅の眼差しが厳しくて、香穂子が驚いていると、吉羅はいきなり身体を引き寄せてきた。

 創造出来ない展開に、香穂子がドキドキしていると、吉羅はいきなり顔を近付けてきた。

 逃れられない。

 吉羅の厳しい眼差しからは。

 香穂子は、身体を固くしてしまう。

 香穂子が固まっているのに気付いたように、吉羅の抱擁は柔らかくなる。

 そのまま唇が近づいてきたかと思うと、香穂子の柔らかな唇に容赦なく押し付けてきた。

 どうして良いのかが解らないぐらいに、唇が熱く重ねられる。

 荒々しく唇を重ねられたかと思った瞬間に、更に深く口付けられる。

 こんなにも激しいのは初めてで、香穂子はただ情熱に溺れてしまう。

 荒々しい。

 なのにロマンティックが溢れている。

 血の味がしてしまうぐらいなのに、何故か止めて欲しくはない。

 それぐらいにロマンスが溢れている。

 唇が腫れ上がってしまうのではないかと思ってしまうぐらいに、唇を強く吸い上げられて、激しいキスを受けた。

 こんなにも紳士的ではない吉羅を見るのは初めてで、香穂子は驚くことしか出来ない。

 自分自身も吉羅の情熱に溺れてしまう。

 ようやく唇を離されて、香穂子は潤んだ瞳で吉羅を見つめる。

「……抵抗しないのかね?」

「……抵抗なんて、出来ないです……」

 出来ないというよりは、そもそもする気がなかったのだ。

 それにも香穂子は驚いてしまう。

「……抵抗出来なかったのは、私が理事長で君のパトロンだからか……?」

 吉羅は複雑な表情を浮かべながら、香穂子を見つめる。

「いいえ、そうではありません。考えになかったんです……、抵抗することは。理事長に抵抗する気なら着いて行かなかったですよ」

 まるで吉羅の奴隷のようだ。

 だが、本当のことなのだ。

「……日野くん」

 吉羅の表情が一瞬、柔らかくなる。

「……私は君に嫌われるのが、一番辛いからね」

「理事長……。私のことをお嫌いではないのですか?」

 香穂子は胸が高まるのを覚えながら、吉羅を見る。

 期待せずにはいられなくなる。

 吉羅が嫌っていないとなると、香穂子は甘い想いを抱かずにはいられなくなる。

「嫌っているならば、私は君を食事になんて誘わないよ」

「良かったです。私も理事長に嫌われたくないですから」

 香穂子は安堵を覚えながら笑顔を吉羅に向けると、そのまま抱き寄せられる。

 しっかりと抱き寄せられて、香穂子は心臓が止まりそうになる。

「君はどうして、私に嫌われたくはないのかな?」

 吉羅は甘く魅惑的な声で囁いてくる。

 背中が震えてしまうぐらいに、香穂子は甘いときめきを感じていた。



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