*蜜よりも*


「その顔を見ていると、君は、どうして私に嫌われたくない理由を、充分に分かっているようだね?」

 さらりと吉羅に指摘されて、香穂子は全身の血液の巡りが激しくなり、つい真っ赤になってしまう。

「……なんとなく……」

 香穂子は恥ずかしすぎて、誤魔化すことしか出来なかった。

「……なんとなく、ね。君はなんとなくなんかではなく、確実にハッキリと知っているようにしか、私には見えないけれどね」

 吉羅に追い詰められているのが分かる。

 だが、それに抵抗できない。

 香穂子の中で、追い詰められても構わないと思っているからだろう。

「日野くん、君は自分の感情に素直になっても良いのではないかと、私は思うけれどね」

 感情に素直になれと言われても、素直になって傷付くのが怖い。

 ましてや、大好きなひととの関係が壊れてしまったら、本当に目も当てられない。

 それを吉羅は解っているのだろうか。

「……私は素直になろうと思っているよ。そうしなければ、手遅れになってしまうからね……」

 吉羅は静かに言うと、香穂子を抱き締めてきた。

 しっかりと抱き締められて、香穂子は鼓動がおかしくなるぐらいに、息が出来なくなるぐらいに、甘い緊張をしてしまう。

 こんなにもドキドキしてしまうなんて、今までにない。

 だが、それは決して嫌なドキドキではない。

 まるで蕩けてしまうほどに幸せなドキドキなのだ。

 これを、吉羅は解っているのだろうか。

 そんなことを考えてしまう。

「……ずっと、君の成長を見守って、待っていようと思ってはいたのだが、なかなか、ね……。もう、限界だ」

 吉羅は艶やかな吐息混じりの声で吐き捨てるように言うと、香穂子を更に情熱的に抱きすくめてきた。

 こんなにも情熱的に包容されたのは初めてだ。

「……君を私だけのものにしたい……。私だけの恋人に……」

 吉羅は掠れるような魅惑的な声で囁くと、強く抱き寄せてくる。

 まさか。

 吉羅にこのような形で、告白されようとは。香穂子は緊張しながら、吉羅を抱き締め返した。

「……私は独占欲が強いんですよ。それでも構わないですか?  吉羅さんを独り占めにしたいと、考えてしまいますが、それでも……」

 香穂子は心を震わせながら、吉羅を見上げる。

 吉羅を独占したい。

 誰かと吉羅の愛を共有するなんて、考えられない。

 吉羅はフッと柔らかな優しい愛が満ちた笑みを浮かべてくれた。

「……日野くん、私こそ、君を独占したいからこそ、こんなことをしているんだけれどね」

 吉羅は苦笑いを浮かべると、香穂子すっぽりと自らの腕のなかに納めた。

「私と、お付き合いをしてくれないかね? 日野くん」

 吉羅は誠実でかつ情熱的な瞳を、香穂子に向けてくれる。そこには明らかにいつわりない感情が滲んでいた。

「……吉羅さんが、私を望んで下さるなら、それでとても嬉しいです」

 香穂子は素直な気持ちを笑顔に宿して、伝えた。

「……日野くん、では、君は私を望んでくれているのかね?私は君に望んで欲しいのだがね」

 吉羅は、香穂子の気持ちなどお見通しだとばかりに、瞳を真っ直ぐ向けてきた。

「……わ、私は……。ずっと、ずうっと、吉羅さんかすきですから……、あなた以上に望んでいます」

 香穂子は、声を震わせながら、自分の出来る限りの言葉を使って、吉羅に伝えた。

「……有り難う、日野くん……」

 吉羅はホッとしたように呟くと、香穂子を更に抱き締める。

 吉羅の男らしい優雅さが漂う香水の香りを楽しみながら、香穂子は、幸せで充ち溢れていた。

 こうして愛しているひとに抱き締められる。

 なんて幸せなのだろうかと、思わずにはいられない。

 吉羅は香穂子の頬を撫でてくる。

 顔を上げると、吉羅の顔がゆっくりと近づいてくる。

 大好きなひとにキスをされる。

 これだけで、うっとりするほどのロマンティックなシチュエーションだ。

 吉羅の艶やかで男らしい唇が近付いてきた。

 香穂子はまるでずっと知っていたかのように、そっと目を閉じた。

 吉羅の唇がゆっくりと重なってくる。 

 しっとりとした重なり具合に、香穂子は身体の隅々が蕩けてしまうほどのときめきを感じていた。

 唇は柔らかく優しく何度となく重ねられる。

 何度と甘くキスをされる度に、香穂子は身体が上手くコントロール出来ないほどの甘さを感じていた。

 こんなにも情熱的に甘いキスがあるなんて、知らなかった。

 香穂子の想像力を超えた甘いキスに、幸せの熱が全身に狂おしいほどに充ちてくる。

 最初は、香穂子を気遣うように軽く柔らかなキスが重ねられていたが、やがて激しさを増してくる。

 角度が深くなり、吉羅は更なる深みを帯びたキスを繰り返してきた。

 舌が口腔内に侵入し、香穂子を激しく愛撫してゆく。甘く激しい愛撫は、香穂子恥じらいを総て消し去った。

 ただ、吉羅と深いキスをしたい。

 それだけだ。

 香穂子は吉羅にしっかりとすがり付きながら、その甘い抱擁に酔いしれていた。

 舌を絡ませて、何度も、何度もキスをする。

 憧れていたほわほわとした甘いキスではなく、吉羅のキスは、大人の情熱が迸るキスだった。

 ひとりの対等な女性として認められたようは気持ちになるキスに、香穂子はすっかり骨抜きにされていた。

 憧れていたキスよりも、ずっとずっとロマンティックで熱いキスに、香穂子はすっかり夢中になっていた。

 唇が離れた後、香穂子は全身がぼんやりとしてしまい、なにも考えられない。

 放心状態になっていると、吉羅はくすりと笑った。

「どうしたのかね?これぐらいのキスは、これから日常茶飯事になると思うがね?」

 からかうように吉羅に言われても、香穂子は上手く返事をすることが出来ない。

「……こ、これから、慣らしますっ!」

「結構。益々鍛えがいがあるというものだよ。私は、君をしっかりと鍛えるから、そのつもりで」

 吉羅は本当に心から楽しんでいるかのように言うと、香穂子をもう一度抱き締める。

「私が選んだ君だ。少しずつステップアップしていこうか」

 「いきなりジャンプアップなんですけれど……」

 香穂子の泣き言に、吉羅は微笑む。

「君なら着いていけると思ったからね」

 吉羅はそのまま深く唇を重ねてきた。

 香穂子はそのキスに負けないようにと必死になる。

 だが、キスに夢中にさせられてしまい、吉羅の手の内で踊らされる結果となってしまった。

 大人の恋へのステップアップ。

 スタートラインにようやく立ったばかりの香穂子だった。



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