13
|
そのような考え方が頭の中にぐるぐると回る。 吉羅は星奏学院の理事長であるし、しかも香穂子よりもずっと年上だ。 香穂子を生徒としか見ないのは、当然のようにも思える。 ヴァイオリニストにさせるために、バックアップをしているに過ぎない。 普通考えればそうなるのだろう。 だが、そうは考えられないぐらいに、香穂子は吉羅に強い想いを抱いていた。 そんな想いを抱いてもしょうがないと、理性ではわかっているのに、気持ちでは全く理解することが出来ない。 香穂子は重い気分になりながら、吉羅と次、どのような顔をして、会ったら良いのかが、全く、解らなくなっていた。 足を向けたいのに、理事長室に足が向けられない。 そんな複雑な気持ちを抱いたまま、香穂子は悶々としていた。 「香穂、最近さ、ものすごく深刻に、色々なことを考えていない?」 天羽に心配ぎみに声をかけられて、香穂子は驚いてしまった。 「私が?」 「そうだよ。何だか険しい顔をしている」 天羽に指摘されて、香穂子は思わず両手で自分の頬を覆った。 「何だかさ、考え込みすぎて怖いよ。なんかさあ、恋の悩みでもある感じ」 「……!!!」 ストレートに言い当てられてしまい、香穂子は耳まで真っ赤にしてしまった。 「図星か。やっぱりねー。香穂、なんかさ、悩んでいるけど、綺麗で可愛いから、恋の悩みなのかなあって思ったんだよ」 天羽は一瞬、とても楽しそうな顔をしたが、すぐに優しい笑みになった。 「それで?菜美さんで良ければ相談に乗るよ。言いなさい、言いなさい」 天羽はどんと受け止めてくれるような安定感を、香穂子に示してくれた。 「これは、報道部としてではなくて、香穂の友達としてだから」 「……菜美……」 天羽の申し出が嬉しくて、ついポロリと泣いてしまう。 それだけ、吉羅への想いに追い詰められていたようだ。 「ちょ、ちょっと、香穂!そんな、泣くことないでしょう!?」 「嬉しくて。本当に嬉しかったから」 香穂子が泣き笑いを浮かべると、天羽も困ったように微笑んだ。 「まあ、あなたの悩んでいる姿を見ると、相手はだいたい誰かは分かるけれどね。あの、セレブぶってる男でしょ」 やはり天羽には何も隠せないらしい。香穂子は頷きながらも、真っ赤になってしまった。 「やっぱりね。どうせそんなことだろうと思ったわよ。あの男は、乙女心を何とも思ってはいないのよ。まあ、だけど、私が気づいているから、分かりやすいところもあるかもしれないけれど……。だけどね!」 天羽は、吉羅から実害を受けたわけでもなんでもないのに、プリプリ怒っていた。 それがおかしくて、ついつい笑ってしまう。 「まあ、あの男にちゃんと認めさせないとね!香穂の魅力をね」 「菜美」 「とにかく作戦会議にさ行こう。香穂は練習、私はグラブがあるからね」 「うん、じゃあ、その後に」 香穂子は天羽と、一旦、別れたあと、練習室に向かう。 今日は、吉羅のところに行きたくはなかった。 今日もまたヴァイオリンを聴かせてくれると思っていたのに、香穂子が来ない。 出張中にためていたかなりの仕事をこなさなければならないため、休んでいる暇はないのだが、香穂子が来ないことで集中できない。 自分でもずいぶんと変わってしまったと思う。 香穂子の顔を見ないだけで、そのヴァイオリンの音を聴くことが出来ないだけで、苛立ってしまう。 仕事がはかどらない。 この割りきることの出来ない感情は何なのか。 自分でも理解したくて、同時に理解出来なかった。 練習の後、香穂子は天羽とおちあい、元町にあるカフェに入った。 「そんな感情を持ったらダメだってことは、私だってよく理解をしているつもりなんだよ。背伸びをしても、何をしても、届かないって……。だけど、自分の中では、そうは割り切れないんだよ」 香穂子はため息を吐きながら、泣きそうなぐらいの恋心を、止められない。 「好きなひとのことはね、なかなか割りきれないもんだよ。だからと言って、好きにならなければ良かったなんては、思ってはいないんだよね?」 「もちろんだよ」 香穂子はこれだけは後悔しないと、しっかりと頷いた。 「だったら、諦めたらダメだよ。今までの香穂の想いが中途半端になっちゃうよ?ぶつかって、ぶつかって、それでダメならもうしょうがないんじゃない?そのほうが確実にスッキリするって!」 やはり天羽の言葉は力強い。話を聞いているだけで力が貰えるし、湧いてくる。 「そうかな?」 「そうだよ」 「うん。じゃあ頑張ってみるよ」 「そうしたほうが良いよ。諦めるのは、あなたにも理事長にも良くないよ。しかも理事長は余計かな。あれでも自分は大人だから、きちんとヨクセイしなければならないって、思っているから」 天羽はニヤリと笑みを浮かべる。 「……え……?」 「あなたの勝ち試合をみすみす放棄をすることはないと、言ったんだよ」 「え、そ、それ、どういうこと!?」 天羽の言葉の意味が益々解らなくて、香穂子は目を白黒させた。 「知らぬは本人ばかりね。そんな気はしたけれど」 天羽はため息を吐きながら言うが、その瞳は笑っていた。 「……あの、どういう」 「憎たらしいあの大人はあなたを憎からず思っているから、大丈夫だということ。あの男があなたのことを駒だなんて失礼なことを思っていたら、確実にこんなに可愛がって、気遣うことはないもの。ああ見えても、ドライな男だろうね」 天羽は自分なりに分析をすると、香穂子を見た。 「そうだなあ。立場的に明らかな好意を引き出すのは難しいと思うけど、香穂を見るだけで明らかに意識しているとか、感情を引き出させれば良いんだよね」 天羽は、香穂子のために色々とあれこれ考えてくれている。それは嬉しい。 「だけど、私が理事長好きなのよく分かったね」 「分かりやすいからだよ。香穂って隠し事出来ない質だよね。それがまた可愛いけど」 天羽には言われながら、ひょっとして吉羅にこの気持ちを気づかれているのかと思っていた。 「……気づいているのかな?」 「気づいてない、気づいてない。恋は盲目だから」 天羽は微笑ましいように笑う。 気づいていないことに、香穂子はホッとした。 吉羅に気づかれてしまったら、きっと一緒にいられなくなるかもしれない。そんな不安があった。 |