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メイクや衣装が、女にとっては何よりものマジックになることは、香穂子にも解っている。 だが今日はいつもよりマジックが派手に利きすぎると思っていた。 化粧なら、セレクションやコンサートの度にしたことはあるし、ドレスアップもまた同じことだ。 なのにあの時とは明らかに違う魔法が、香穂子には働いていた。 「やっぱり磨きがいがあるわね! 流石は吉羅くんって言っておこうかな」 ドレスアップの魔法を掛けてくれる女性は、本当に楽しそうに香穂子を綺麗にしてくれる。 若いが、シンデレラに出てくる魔法使いのお婆さんのような優しくてまあるい雰囲気を持っていた。 香穂子は、彼女に触れられる度に、魔法にかかったような不思議な心地好さを感じる。 彼女にかかれば、どんな女の子もとても美しくなるような気がした。 「…あなたは項もとても綺麗だからアップにしても素敵なんだけれど、綺麗な髪をしているし勿体ないから、少し巻き髪にして綺麗で大人な雰囲気にしようか」 女性は、初めて人形を手にして喜んで綺麗にする小さな女の子のようにすら見える。 鏡に映る自分が劇的に変化をしていく。 セレクションに出る時よりも、もっともっと違った自分が引き出されているような気がした。 「吉羅くんは、清楚で大人っぽくって言っていたけれど、私は妖艶さと清楚さを持ち合わせた大人の女性にしたいって思ってるのよ」 「そんなの、この私がなれるはずなんてありません」 妖艶なんて文字は、きっと一生かかわりないことだと、香穂子は思っていた。 だからこそ、吉羅とはいつも釣り合わないと思っていた。なのに目の前にいる女性は、それを実現すると言ってくれている。 そんなことは決して有り得ないと、今まで思っていたのに。 「そんな自信がなさそうな顔はしないの。あなたはこれから益々綺麗になるわ。それこそ吉羅君の気持ちが休まる暇がないぐらいにね。だから自信を持ちなさい。今でも充分に魅力的な女の子だけれど、あなたは魅力的な女になるのよ」 女性は言葉でも魔法を掛けてくれる。こんな風に褒めてくれる女性なんて、なかなかいない。彼女は本当に大人の女性なのだと香穂子は思わずにはいられなかった。 「さてと、ドレスは、そうね、意外にブラックでプレーンなものが良いかも。赤とかだと、気をてらいすぎている感じがするからね」 女性に言われるままに、香穂子は黒の上品なラインのワンピースに袖を通した。 それを着た瞬間、香穂子のなかから不思議と自信がわき出てくるのを感じる。 「…後はルージュを塗って完成!」 女性は綺麗に唇に口紅を引いてくれた後、前に回って香穂子を確認する。 称讃するようにじっくりと眺められて、香穂子は恥ずかしくてたまらなくなった。 「あなたは吉羅君の“マイフェアレディ”なのね。うん。吉羅君があなたを公式の場所から隠しておくのが分かる気がするわ」 女性は笑顔で何度も頷くと、まるで自分の作品を讃えるように香穂子をもう一度じっくりと眺めた。 称讃の言葉とは裏腹に、香穂子の気分は沈んでしまう。 吉羅が香穂子を公式の場所に連れていかないのは、やはりドレスアップのし甲斐が無いからなのだろうか。そんな不安に泣きそうになっていると、女性は優しく目を細めて香穂子を見た。 「不安?」 「あ、はい…。吉羅さんが私を公式な場所に連れていかないのは、やっぱりみっともないからからなって…。やっぱり私が子供だからかなって…」 香穂子は声を震わせながら、女性を見上げた。すると柔らかな苦笑いを浮かべてきた。 「あなたは自分の事を過少評価し過ぎるきらいがあるのね。意味が違うわよ。自信を持ちなさい。あなたは綺麗になるわ。それもあの吉羅暁彦を夢中にさせて、とことんまで溺れさせてしまうぐらいにね。だから自信を持って大丈夫なのよ。吉羅君はそれを誰よりも解っている。だからあなたを誰にもさらさなかったのよ。あなたはそれこそ、あの吉羅暁彦を棄ててしまえるぐらいに魅力的になるんだから。ちゃんと自信を持つの! 良い?」 力強く言われ、香穂子はその勢いにたじろいでしまう。 「はっ、はいっ!」 「良いお返事だわ。じゃあ自分の目でも、どれほど綺麗になったかを、しっかりと確かめて貰わないとね!」 女性は香穂子の手を取ると、大きな姿見の前に連れていってくれた。 「…これがあなたよ。これから数年でこう変わっていく…。いいえ…、あなたはもっと綺麗になるかもしれないわ…」 姿見に映し出された姿が自分自身だなんて、香穂子は俄かに理解出来ないでいた。 本当に自分でないと思ってしまうぐらいに、妖艶で大人びた雰囲気を出している。 セルフイメージが崩れ去り、自分が本当に綺麗なのだと信じさせてくれる魔法を手にしたような気がした。 暫く、声が上げられないぐらいに、にわかには自分であることは信じられなかった。 「この綺麗さは、後は吉羅君に堪能して貰わないとね。ヤツは怒るかもしれないけれど、あなたの本来の姿はこれなんだから、関係ないわよ」 女性は笑いながら、満足げに頷いてくれた。本当に良い雰囲気を持った女性だ。香穂子は憧れに似た感情を抱いていた。 「さてと、吉羅暁彦ノックアウト作戦を決行するよー」 女性は、香穂子の手をさり気なく取って、サロンの外へと導いてくれた。 「…私ね、吉羅君とは長い付き合いだけれど、女性にここまで楽しそうに接する彼を見たのは初めてなの。だからあなたは奇跡を起こした女の子ってことになるのかしら?」 女性の言葉に、嬉しさが溢れてくる。それに裏打ちされた自信が、香穂子の内面から溢れてくる。 「有り難うございます」 「いいえ。これもお仕事ですから。それにこれから、魂が抜けたような顔をする吉羅暁彦を見られるかと思うと、嬉しくてしょうがないのよねー」 まるでサディストのようにくすくすと笑う彼女に、香穂子もつられて笑ってしまった。 「ほら、いたわ」 視線を真っ直ぐ上に上げると、吉羅が煙草を吸っている姿が目に入った。何処かそわそわとしているように見え、香穂子は可愛いと思う余りにくすりと笑ってしまう。 「余裕なしだね。あれは全く」 女性はくすくすと笑うと、少し苛めっ子のような視線を吉羅に送る。 「お待たせ、吉羅君」 女性が声を掛けると、吉羅はゆっくりとこちらを見た。 まるで映画のなかのスローモーションのように見つめられて、香穂子の心臓は一気に跳ね上がる。 まるで少年のように、こころを奪われたような無防備な顔をした後、吉羅は時間のぜんまいを早めるように艶やかな男の視線を取り戻した。 じっと見つめられて、全身がどうしようも無いほどに甘く熱くなっていた。 ドキドキが激しくて、耳の下が痛い。 喉が焼け付くように熱くなって、呼吸が上手く出来なくなっていた。 「…契約違反」 吉羅は冷たい声で言い放ち、女性を鋭い視線で睨み付ける。 「私には彼女の魅力がそう映ったのよ」 吉羅にひと睨みされるだけで香穂子などは飛び上がりたくなるのに、この女性は一向に怯む事はなかった。 「後三年もすれば、かなり苦労することになるわね」 「…五月蠅い」 吉羅よりも上手の笑みを浮かべた後、女性は香穂子の背中を押してくれた。 「さあ、楽しんできてね。いってらっしゃい」 「有り難うございます」 香穂子が一歩進むと、吉羅の腕がさり気なく腰に回される。 これからどのような時間が繰り広げられるのか考えるだけで、背筋が震えた。 |