*18歳の花嫁*

12


 香穂子が目覚めると、ベッドの上に丁寧に寝かされていた。

 パーティで出会った女医と吉羅が心配そうにこちらを見ている。

「香穂子さん、気分はいかがかしら?」

 女医は、香穂子の様子を探るように見ている。やはりそれは医師のまなざしだ。

「…頭が痛くて…辛くて、熱くて…」

 香穂子は声を掠れさせながら正直な病状を訴えた。

「やはり流感ね。ゆっくりと眠って、栄養を取って、薬をしっかりと飲んでね。そうすれば、直ぐに良くなりますから」

「…はい、有り難うございます…。そうします…」

「…ええ」

 女医は優しい笑顔を向けてくれる。

 なんて心が広い女性なのだろうか。

 香穂子は自分の度量の狭さに、しょんぼりとしてしまった。

「疲れも溜まっているんだと思うわ。ゆっくりと休むと良いわ」

「有り難うございます…」

 香穂子は素直に礼を言うと、目を閉じた。

「ゆっくりと休みなさい。今日は」

 傍らの時計を見ると、もう十時近い。吉羅にとってはかなりのロスタイムだ。

「…暁彦さん、ごめんなさい…。お仕事遅れてしまいますね」

 つまらない嫉妬から吉羅にも迷惑をかけてしまった。それが香穂子には心苦しい。

「では私はこれで。香穂子さん、くれぐれも無理はしないようにお大事にね」

 女医は帰る支度を素早くしながら、香穂子に微笑みかけてくれる。

 こうして気遣いが出来るなんて、素晴らしい女性だ。

 それに比べて自分はどうだろうか。全く何も満足に出来やしない。それが香穂子には辛かった。

「では私はこれで」

「有り難うごさいました」

 香穂子は不躾だとは思ったが、ベッドの上から挨拶をした。

「有り難う、助かったよ。突然、呼び出してしまって済まなかったね」

「いいわよ。私とあなたの仲だし、いつもあなたには助けて貰っているし、呼び出したりしているから」

 女性はさり気ない調子で言ったが、香穂子にはズキンと突き刺さる言葉だった。

 吉羅を自由に呼び出すことなんて、妻である香穂子ですら出来ないことだというのに。

 それが泣きたいぐらいに切ない。

 だが、泣くことなんて出来る筈もなかった。

 吉羅が玄関先に彼女を送っていくのを見つめながら、香穂子はベッドに潜り込んだ。

 顔を隠して、このまま眠ってしまおうかと思った。

 吉羅が戻ってくる気配を感じた。

「…具合はどうなのかね? まだ辛いということはないかね?」

 吉羅が優しく語りかけてくれてはいるが、香穂子は素直に受け止めることが出来ない。

「今日一日眠っていれば治るかと思いますから、このままそっとしておいて頂けますか…?」

 香穂子は囁くように言うと、そのまま目を閉じた。

「…暁彦さん…、ごめんなさい…。ご迷惑をおかけしました…。折角、お仕事に行かなければならないのに、その貴重な時間を台無しにしてしまいました…」

 話しているだけで、香穂子は涙ぐんでしまう。

 どうしてこんなにもナーバスになってしまうのだろうか。

 自分が子供だと思えば思うほどに、どんどんナーバスになる。

 香穂子にはそれが辛かった。

「…ひとりで大丈夫ですから…お仕事に行って下さい」

 香穂子は吉羅に顔を見せないままに呟く。

 このまま顔を見せてしまうと、不格好にも泣いてしまうかもしれなかったから。

「…香穂子…気分が悪いのかね? ならば仕事にいくわけにはいかないが…」

 吉羅は本当に心配そうに言ってくれている。

 だがそれを今は素直に受け入れることが出来るほど、香穂子は大人ではなかった。

「大丈夫ですから、仕事に行かれて下さい。先生もゆっくりと眠っていれば大丈夫だとおっしゃっていましたし…」

「…香穂子…。顔ぐらい見せたらどうかね?」

 吉羅は優しいトーンを崩さなかったが、何処か苛立っているようにも見受けられた。

 だからこそ余計にこの泣き顔を見せたくはなかった。

 吉羅にはこのままで、行って欲しかった。

「こうなったのも早く眠らなかったからですし、自業自得ですから…」

「顔を見せなさい」

 吉羅は怒った父親のように言うが、香穂子は更に上掛けを深く被った。

「…ひとりで大丈夫なので、暁彦さんはお仕事に行って下さい…」

 香穂子はその後、直ぐに寝たふりをする。

「私の仕事はどこでも出来る。君の具合が悪そうだから、行くわけにはいかないだろう」

 吉羅は苛立っているかのように、溜め息を吐いた。

「本当に大丈夫です。こうして暁彦さんと沢山話が出来るぐらいですから」

 香穂子は泣き顔を見られたくはなかったから、そのまま顔を見せないようにした。

 だが、吉羅はそれが気に入らないようだ。

「気分が悪いのは分かるが、顔ぐらいは見せたらどうなのかね!?」

 吉羅は低い声で言うと、香穂子の上掛けを強引に取り払った。

「……!!!」

 目を見開いた瞬間に、吉羅と目が合う。

 熱でぼんやりとしているせいか、泣き顔が目立つことなく、ぼやけた顔になってしまう。

「熱は…」

 吉羅は静かに言うと、香穂子の額に掌を宛てた。

「熱がかなり高いじゃないか…」

「…大丈夫だから…」

 香穂子は夢見心地で呟く。

 本当に大丈夫だと思わせたかった。

「大丈夫じゃないだろう…。そんなにも熱が高いのに…」

 吉羅は呆れて物が言えないとばかりに溜め息を吐いた。

「香穂子…」

「解熱剤があるから大丈夫ですよ…。眠っていたら…治ります…。だから…心配しないで下さい…」

 香穂子がかたくなな態度なのが気に入らないからか、吉羅は呆れ果てたとばかりに目を伏せた。

 今日のこの子供染みた態度で、吉羅を随分とがっかりさせてしまった。

 だがしょうがない。

 これが自分なのだから。

「お仕事に…」

 香穂子はうわ言のように言うと、また上掛けを上から被る。

「勝手にしなさい。では望み通りに私は仕事に行く」

「…はい、いってらっしゃい…」

 香穂子は弱々しい声で言うと、そのまま丸くなった。

「全く…君はどうして何時まで経っても子供なのかね…」

 吉羅は苦々しい声で言い捨てると、部屋から出て行った。

 その瞬間、香穂子は瞳から大粒の涙を零して、そっと涙した。

 完全に嫌われてしまった。

 そうなるようなことをしたのだから、しょうがない。

 吉羅が家を出たのを気配で感じながら、香穂子は忍ぶ泣く。

 いつの間にか泣き疲れて眠ってしまっていた。

 

 どれぐらい眠っていたのかは分からない。

 目覚めた後、窓の外を見ると、すっかり暗くなっていた。

 時計を見ると、既に七時だ。

 むっくりと起き出すと、香穂子は水分を取った。

 余り食欲はないが、何かを食べなければ、薬を飲むことが出来ない。

 香穂子は仕方がなく、レトルトのお粥を温めて食べた。

 食べ終わった後、時計を見ると、もう九時近い。

 今日は遅れて出社をしたからか、吉羅はまだ帰って来なかった。

 今夜はかなり遅くなるだろう。

 香穂子は後片付けと、お風呂だけは沸かしておいた。

 香穂子はふらふらだったために、お風呂には入らずに、再びベッドに潜り込む。

 昼間に眠り過ぎたので眠れない。

 かと言って何もする気にはなれずに、ただぼんやりとしていた。

 何時まで経っても吉羅は帰っては来ない。

 呆れ過ぎて心配すらしてくれないのだろう。

 当然だと香穂子は思う。

 余りに切なくて、香穂子は何度も溜め息を吐いた。

 吉羅にそばにいて欲しかった。

 どうして素直になれないのだろうか。

 後悔に苛まれていた。



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