*18歳の花嫁*

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 吉羅のことを愛しているからこそ、こうして一緒にいるのだ。

 一緒にいられるだけで幸せだからこそ、こうして縋るようにしているのだ。

 香穂子にはそれは充分過ぎるぐらいに解っていた。

 結局は自分のものではなくて、吉羅が好きな栗きんとんを買っていく。

 一緒にお茶を飲んで、のんびりとするのが本当に楽しみだ。

 香穂子はひとりでほくそ笑んだ。

 吉羅とふたりで過ごす時間は、本当に楽しみだからだ。

「じゃあね! またランチしようね!」

 天羽と別れて、香穂子はほわほわした気分で、自宅へと戻っていった。

 

 自宅に戻ったものの、吉羅はなかなか帰っては来ない。

 いつものことではあるが切ない。

 夕食も自分の分だけ作り食べる。

 一緒におやつぐらいはせめて食べたいと思ってはいたが、帰って来ない。

 仕事が立て込んでいるのだろう。

 しょうがないと思いながらも、ほんの少しだけがっかりとした気分になった。

 まだ栗きんとんの賞味期限は大丈夫だから、また明日にでも食べれば良い。

 香穂子は諦めて、お風呂に入った。

 寝る支度が整った十二時近くになっても、吉羅は帰っては来なかった。

 よほどギリギリまで仕事をしているのだろう。

 吉羅の仕事はかなりハードワークだからしょうがない。

 香穂子は諦めて眠ることにした。

 結局は、吉羅の寝室ではなくいつも自分で使っている寝室に向かう。

 吉羅の寝室に行って、帰って来なかったら、これ以上に切ないことはないから。

 自室のベッドに入って眠る。

 これがこんなにも侘しいことだなんて、香穂子は気付かなかった。

 最近は吉羅に抱き締められて眠ることが多かったからだ。

 だが、素直にベッドに入ることが出来ない。

 それが香穂子のせめてもの抵抗と言っても良かった。

 

 いつの間にか眠っていたらしい。

 香穂子はほわほわとした暖かさに包まれながら、幸せな気持ちで目覚めた。

 目を開けると、吉羅が抱き締めてくれていた。

「…暁彦さん…」

 名前を呼ぶと、吉羅がゆっくりと目を開けた。

 いつものようにクールなまなざしを向けてくる。

「香穂子、君はどうして私のベッドで眠らない…。私のベッドで眠るように言ったはずだが?」

 責めるように見えるまなざしから逃れたくて、香穂子は伏し目がちになる。

「…ひとりで広いベッドに眠るのが寂しかっただけです…」

 本音を言いながらも、香穂子はまともに吉羅を見ることが出来ない。

 吉羅に子供だと思われるのではないか。そればかりを考えてしまう。

 すると、吉羅が不意に強く抱き締めてくれた。

「…そうか…。なら良いんだ…。私が一緒にいる時は平気だということだね?」

「…はい…」

 素直に言ってみると、吉羅は香穂子を宥めるように背中を何度も撫でてくれた。

「解った。それならば、なるべく早く帰って来るようにしよう」

「有り難う」

 吉羅の声が優しく響き、香穂子はにっこりと笑って顔を上げる。

 すると吉羅もまた、この上ないほどに優しい微笑みを向けてくれた。

「…香穂子…」

 名前を呼ばれたかと思うと、深いキスをしてくれるわ

 キスだけで躰に火がついてしまう。

 香穂子の細胞の総てが、吉羅に愛されていると感じずにはいられなくなる。

「…香穂子…。まだ時間はある…。君を愛したい…」

 掠れ気味の吉羅の声を聞きながら、香穂子は返事をする代わりに吉羅を思い切り抱き締める。

 言葉はいらなかった。

 

 吉羅を送り出した後で、香穂子は幸せな気分を味わっていた。

 このままずっと吉羅とこうしていられたら良い。

 愛の言葉があれば、それさえあれば、この生活はずっと続くのにと思っていた。

 

 吉羅とふたりで、パーティに出掛けることになった。

 パーティと言ってもカジュアルなもので、楽しめるものだと聞き、香穂子はいつもよりも軽い気分で向かうことが出来た。

 ヴァイオリン演奏も頼まれ、香穂子にとっては初めての楽しみパーティだった。

 今日はドレスではなく、クラシカルなフラワープリントのワンピースを身に纏い、髪は無造作に下ろしていた。

 吉羅は余り良い顔はしなかったが、綺麗に髪を纏めるよりも、無造作にしたほうが似合うような気がした。

 香穂子はいつも以上に微笑みながら、パーティ会場に入った。

 会場には吉羅と同世代のセレブリティが多くいて、香穂子は驚く。

 雑誌などでも取り上げられている者も多く、彼らがパートナーに選んだ女性は、大人の美しさを兼ね備えた者ばかりだった。

 国際的に活躍しているモデルすらいる。

 香穂子は驚くのと同時に、かなり気後れをしたのは言うまでもなかった。

 香穂子は不安げに吉羅を見上げる。

 だが吉羅はクールに見つめてくるだけだった。

 急に自信なさげになった香穂子を嘲るようにすらある。

「君はいつも通りにしていれば良い。自然にしているんだ。財界のパーティのようにガチガチになってどうするのかね? かしこまったパーティではないんだからね」

「…はい…」

 それは充分過ぎるぐらいに解っているつもりだ。

 だが、パーティ出席者のセレブリティな雰囲気に、蹴落とされそうな気分なのだ。

 しかも吉羅暁彦のパートナーだ。

 それだけで厳しいフィルターが掛けられたまなざしで見つめられる。

 女性はその傾向が強くて、香穂子はそのまなざしが辛かった。

 吉羅の幅広い財界人脈には感心する。

 一通りの挨拶をしながら、そう思わずにはいられなかった。

 吉羅は親しげにひとりの女性に挨拶をする。

 その女性は本当美しくて、思わず見入ってしまう。

 じっと見つめていると、吉羅が口を開いた。

「香穂子、彼女は私の友人でね。医師をしている」

「こんにちは香穂子さん。お噂はかねがね暁彦さんから聞いています」

 女性の笑顔は本当に魅力的で、香穂子は思わず見惚れてしまった。

「香穂子です、宜しくお願いします」

 香穂子が深々と挨拶をすると、女性は「こちらこそ」と、綺麗な角度でお辞儀をしてくれた。

 ふと彼女の視線がヴァイオリンに向く。

「ヴァイオリンをなさるのね?」

「はい」

「後でお聞かせ下さいね」

 香穂子は「もちろん」と笑顔で答えた。

 女性が行くと、香穂子は吉羅を見上げた。

 ただ女性だけを見つめている。

 まるで香穂子などこの世界にはいないように女性を見つめている。

 まなざしには愛情が溢れており、香穂子は切なくて痛い気持ちになった。

 吉羅はまだ、この女性のことを愛しているのかもしれない。

 それぐらいに優しくて熱いまなざしだった。

 取り残されている。

 香穂子はそう感じながら、パーティが一気につまらないものになっていた。

「吉羅さんの奥様、ヴァイオリンを奏でて頂けますか?」

 パーティのスタッフに声を掛けられて、香穂子は顔を上げた。

「はい」

 返事をすると吉羅を見る。

「演奏をしてきます」

「ああ」

 香穂子は、吉羅から離れると、ヴァイオリンを演奏するためにステージに上がった。

 今はヴァイオリンに集中する時だ。

 雑念に振り回されないように、香穂子は集中力を高めることにした。

 ただヴァイオリンを奏でる。

 今日は楽しげなパーティだったので、明るくたのしい曲だけにしたのだ。

 香穂子は、ここにいる総ての人々が楽しめるようにと、選曲をしたつもりだった。

 ヴァイオリンを奏でていると最高の幸せでいられる。

 だが、ヴァイオリンを奏で終わった瞬間、吉羅はあの美しい外科医と共にいた。

 



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