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吉羅が手配してくれた車は、銀座の高級店へと連れていってくれた。 こんな店に入る自体が、香穂子にとっては未知の経験で、緊張してしまう。 それは、気後れをした緊張だ。 自分が本当にこのような場所に相応しいのだろうかと、思ってしまったからだ。 吉羅ねパートナーになるべく女性は誰もが、このような場所がふさわしいのだろう。 それは分かる。 だが、香穂子は、不釣り合いだと自分自身が思わずにはいられなかった。 苦しい感情ではあるがしょうがない。 それが事実なのだから。 「日野様でいらっしゃいますね。吉羅様より伺っております。どうぞこちらに」 「有り難うございます」 接客ですら、格調高い。 香穂子を出迎えてくれた女性は、笑顔で案内してくれた。 案内された部屋には、清楚なのに豪華さと気品が滲んだドレスが用意されていた。 憧れずにはいられないドレスだ。 だが、それを着る自分はなかなか想像が出来ない。 そもそも本当に似合うのだろうかと、疑ってしまう。 着こなしなんて出来そうにない。 「こちらが吉羅様が、日野様のために選ばれたドレスですわ」 吉羅がこのような美しいドレスを選んでくれたのは、天にも昇る嬉しさがある。 だが、同時に、こんなにも立派なドレスを着こなす自信はなかった。 ドレスに負けてしまうのではないかと、思ってしまう。 ドレスに着られてしまうだろう。 憧れの理想のドレスを選んで貰えたのはとても嬉しかったが、香穂子が重苦しい気持ちを抱いたのは、間違いなかった。 「さあ、このドレスはお似合いになりますよ。メイクをして、ヘアスタイルのアップにしてから、袖を通しましょうか?」 「有り難うございます」 女性はニッコリと微笑むと、香穂子をドレッサールームへと、連れていってくれた。 「余り時間はございませんからね。メイクを素早くして、髪もアップにしましょうか。本当はもう少し凝りたいんですけれど、吉羅様が、お迎えに来られる時間は決まっていますからね」 「色々と有り難うございます。お願いします」 「こちらこそ、やりがいがありますわ」 女性の笑顔がとても眩しくて、香穂子は総てお任せしようと思った。 女性はかなり手際がよく、香穂子を僅かな時間で美しくしてしまう。 いつもの自分のメイクとは全く違って、洗練さと可愛らしさ、そして美しさが滲んだものだった。 ヘアスタイルも、可愛い綺麗だ。 短時間なのに、こんなにも素敵に仕上げられるのは、やはりプロなのだと思わずにはいられない。 鏡を見ていると、自分ではないのではないかと思ってしまう。 「後はドレスを着ましょうか」 「はい」 このメイクとヘアスタイルならば、きっとドレスに負けることはないと思う。 それぐらい自信を持たせてくれた。 フィッティングルームに入り、ドレスを身に纏う。 すると、綺麗にフィットする。 「本当によくお似合いですわ。吉羅様が、オーダーメイドで作らせたドレスなだけはございますね」 「オーダーメイドなんですか?」 採寸なんてしなかったから、香穂子はてっきり、レディメイドだと思っていた。 「採寸しなかったんですが、ピッタリです……」 「プロには人間メジャーがいるんですよ。恐そのようなデザイナーを使ったんです。だから、あなた様にピッタリなドレスを作ることが出来たんですわ」 そのような技術があるなんて、香穂子は感心してしまう。 「そろそろ吉羅様が、お迎えにいらっしゃいますわ。最後の仕上げです」 「はい」 仕上げに脚が素晴らしく綺麗に見えると言う、ハイヒールを履いて、完成だ。 「まあ!本当にお美しいこと!」 こうして、賞賛をしてくれるのは、本当に嬉しい。 吉羅がオーダーメイドしてくれたドレスを着ているのだから、余計に綺麗にいられるかもしれない。 女王様か、お姫様にでもなったような気持ちだった。 「ご自分でも確認されますか?」 「はい」 素直に返事が出来る。 自分がどこまで美しくしてもらったのか。かりそめであったとしても、綺麗にしてもらった姿を確認したかった。 女性は、鏡を持ってきてくれる。 「どうぞ!本当にお美しいですから」 鏡で見る自分の姿に、こんなにドキドキして、ときめいたことはないと、香穂子は思った。 こうして見つめていると、理想の自分になれたような気がする。 それが一時的なものであっても、香穂子は嬉しかった。 今だけは吉羅がいる、キラキラとした世界にいられるようなそんな気がした。 吉羅とかりそめの姿であれば、釣り合いがとれるかもしれない。 香穂子は今だけなら、吉羅の横で堂々としていられると思った。 「日野様、吉羅様がお迎えにこられましたよ」 「有り難うございます」 香穂子は背筋を伸ばして、ゆっくりとロビーに向かって歩き出す。 今だけは、いつものように気後れすることなく、吉羅のそばにいられると思った。 ロビーには、完璧にスーツを着こなした吉羅が、香穂子を待ち構えていた。 相変わらず隙がないぐらいに、男の魅力と色気を放っている。 うっとりとするぐらいに、香穂子は素敵だと思った。 いつも以上にドキドキしてしまう。こんなにときめいてしまうのは、相手が吉羅だからだ。 吉羅は香穂子を値踏みするように見つめてくる。 「これだとコンサートにも良いだろう。さあ、行こうか」 吉羅は微笑むことなどないまま、香穂子の手を取った。強く手を握り締められる。 「……はい」 吉羅は香穂子をエスコートしてくれるが、それが事務的で胸が痛んだ。 吉羅は、香穂子を愛車に乗せてくれ、コンサート会場に向かってくれる。 何度も横にいる吉羅をちらりと見つめてしまう。 香穂子がいくら美しくしたところで、吉羅には全くどうでも良いことなのだろうか。そう考えるだけで、香穂子は余り良い気分にはならなかった。 車は、クラシックの殿堂と言われる、ホールへと入ってゆく。 ホールはクラシカルな雰囲気で、香穂子もいつかはここのステージに立ちたいと思うほどに、憧れのホールだった。 「さあ、行こうか」 吉羅は車から降りる際も、香穂子をエスコートしてくれる。 シンデレラのようで嬉しいはずなのに、香穂子の心は全く晴れなかった。 香穂子もその理由は誰よりも一番よく分かっている。 吉羅の態度が素っ気ないだけで、こんなにも切なくも後ろ向きな気持ちになるのが、苦しかった。
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