*愛の願い*

17


 メッセージカードすらなく、ただ置かれていたカサブランカの花束。
 清楚で凛としていて、けれども甘く華やかで。
 この花に合う、そしてこの花のような女になりたいと思う。
 香穂子は花瓶に活けた花をじっくりと見つめながら、憧れと華やいだ嬉しさを感じていた。
「香穂、本当にこの花が気に入っているみたいだね」
「うん。いつかこの花が似合う女のひとになりたいって思っているんだよ」
「香穂子ならきっとなれるよ。普段はさ明るくて柔らかな雰囲気だから解らないけれど、かなり芯は強いよね。そんなところが凄く素敵だなあって思うよ」
「有り難う。何だか照れちゃうね」
 本当にこの花が似合うような女性になりたいと思う。
 花を眺めながら、香穂子は笑顔でいられた。

 感謝祭のバザーがやってくる。
 毎年、星奏学院では教会に協力をした慈善バザーをやる。
 慈善コンサートでは、学院の生徒たちが代わる代わるでアンサンブルを組んで演奏をするのだ。
 勿論、香穂子もそのメンバーに入っている。
 今年は総合文化祭で大評判を得たこともあり、香穂子たちが所謂“オオトリ”だった。
 他の生徒のアンサンブルを見に行ったり、時にはバザーで焼菓子を売ったりする。
 香穂子は、マロンとカボチャの焼菓子をクラスメイトと一緒に作って、小さな屋台で売っていた。
「香穂子たちのアンサンブルは今日のラストだよね」
「うん。みんなに喜んで貰えるように頑張るつもりだよ」
「楽しみだね」
 クラスメイトと雑談をしていると、吉羅が美しい女性と一緒に、屋台の前に現われた。
 この間の女性とはまた違う女性だが、一際、目を引く美人だ。
「…こんにちは、日野君」
「…こんにちは…」
 吉羅の大人の魅力に、ほんの少しだけ切なくなる。泣きたくなるほどに心は痛いのに、こうして我慢をしなければならないのが辛かった。
 香穂子はただ真直ぐ吉羅を見つめながら笑顔を一生懸命作る。
「マロンとカボチャのドルチェね。まあ、美味しそう!」
 女性は可愛いらしい笑顔を浮かべている。
「…日野君、これは君が作ったのかね?」
「私も含めたメンバーで」
 吉羅は彼女のためなのか、そこにあるマロンとカボチャの焼菓子を、幾つも手に取ってくれた。
「…これを頂こう」
「あ、有り難うございます」
 香穂子は驚いて慌ててドルチェを紙袋にいれる。
 結局、二つに分けなければ入らないぐらいに勝ってくれた。
「うちのスタッフは甘い物が好きな者が多くてね。みんなで頂くことにするよ」
「有り難うございます」
 香穂子は深々と頭を下げると、吉羅に紙袋を手渡した。
 吉羅はクールな表情のままで受け取ると、そのまま行ってしまう。
 後ろ姿を見つめながら、嬉しいのか切ないのかが分からなくなっていた。

 いよいよコンサートだ。
 香穂子たちにとっては凱旋的な色が強い。
 総合文化祭で演奏をした曲を、このメンバーで再び演奏をすることが出来るのが、嬉しくてしょうがなかった。
 ステージに立つと、吉羅が先ほどの美しい女性と一緒にゆったりと腰を下ろしているのが見える。
 女性の手には、先ほどの焼菓子が持たれていた。
 吉羅は決して自分なんかを選ばない。
 だが、それでも他の女性と一緒にいるのを見るのは、かなり辛かった。
 香穂子は気持ちを切り替えると、ヴァイオリンに集中していく。
 ここにいる総ての人々に感謝をするように、香穂子はヴァイオリンを奏で始めた。
 この空間にいる誰が欠けても、こうしてステージに立っていることは出来なかっただろうから。
 香穂子たちは、総合文化祭で演奏をした曲に加えて、来月はクリスマスでクラシックシーズンであるから、クリスマスソングの簡単なものを幾つか演奏をした。
 グノーのアヴェ・マリアは、そのなかでも誰もが喝采をくれた。
 ステージが終わり、香穂子は力が抜けるのを感じる。
 総てが終わった後は、なんて切ないのかと思う。
 達成感と寂しさは、何処か表裏一体なのではないかと香穂子は思わずにはいられなかった。
 疲れ果てて寮に戻ると、カサブランカの花が、生気を失いかけていることに気付いた。
 ドライフラワーにするにはもう遅くて、香穂子は比較的綺麗で瑞々しい花びらを一枚手に取ると、それを栞にすることにした。
 そこに想い出をいつまでも閉じ込めていたかった。

 感謝祭が終わると、世間はクリスマスへと意識を向けていく。
 クリスマスは恐らくは寮で過ごすことになるだろう。
 だが、一通のメッセージカードが届き、香穂子はほっこりと嬉しい気分になった。
 あしながおじさんからのもので、冬休みも山梨のワイナリーで過ごすように手配をしてくれたとのことだったからだ。
 正直、これは有り難いことだった。
 恐らく寮に残るのは、受験を前に追い込みに入る上級生ぐらいしかいないからだ。
 香穂子は、またこうして山梨にいくことがが出来るのが、何よりも嬉しいと思った。
 クリスマスを、あの夫婦と一緒に過ごすことが出来ると思うだけで、とても嬉しい。
 クリスマスプレゼントは送ろうとは思っていたが、こうしてチャンスに恵まれるのは嬉しかった。
 クリスマスプレゼントを買うのが本当に楽しい。
 ワイナリー夫妻、友人、そしてあしながおじさん。
 かけがえのない人々だ。
 彼らに自分の出来る範囲でプレゼントを渡せるようにと、ヴァイオリンの練習に支障が出ない低度に、和菓子店でのアルバイトもした。
 吉羅にクリスマスプレゼントを贈るのは、正直言って迷ったが、結局は買ってしまった。
 あしながおじさんにはマフラーを。
 吉羅にも同じものをと思ったが、手袋にすることにした。
 みんなが同じものというのは、何だか芸がないような気がしたからだ。
 友人にはアロマキャンドルや入浴剤のセットを買い求める。
 ワイナリーの夫妻には、奥さんにはほわほわのスリッパ、旦那さんには温かな腹巻き。
 沢山の買い物をして、香穂子は温かな気分になる。
 喜んで貰える顔を想像することが、香穂子にとっては何よりものクリスマスプレゼントになった。

 友人たちと少し早目のクリスマスプレゼント交換会をした後、香穂子は山梨のワイナリーへと出発する。
 あしながおじさんへのプレゼントも郵送をした。

 私の大切なあなたへ。
 ハッピークリスマス。
 メリーメリークリスマス。
 今年は本当に有り難うございました。
 言葉には出来ないぐらいに沢山感謝をしています。
 本当にどうも有り難うございます。
 こんなにも嬉しいことは他にないと思うぐらいに、沢山の経験をさせて頂きました。
 有り難うございます。
 ささやかですかクリスマスプレゼントです。
 使って頂けると嬉しいです。
 香穂子


 山梨のワイナリー最寄駅に来ると、夫妻が笑顔で迎えてくれた。
「おかえり、香穂子ちゃん!」
「有り難うございます。ただいま、おじさん、おばさん!」
 夫妻とワイナリーへ向かい、明日のクリスマスイヴの準備をする。
 クリスマスイヴに吉羅がやってくるかもしれない。
 そんな期待をしながら、香穂子はささやかなクリスマスパーティの準備をした。
 奥さんとフルーツケーキやクリスマスプディングを作ったり、チキンの丸焼きや野菜たっぷりのスープやサラダを作ったりした。
 プレゼントは夫妻、そしてこっそりと吉羅のものをツリーの下に置いておいた。
 パーティが始まる。
 珍しい薪ストーブをがとてもロマンティックだ。
 ドキドキしながら吉羅が何時来るか期待する。
 だが、吉羅が現われることはなかった。



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