*愛の願い*

18


 結局、パーティの間も、吉羅がワイナリーの母屋に現われることはなかった。
 恐らくは、恋人と過ごしているのだろう。
 ロマンティックなクリスマスイヴを、吉羅がワイナリーで過ごす筈などないと、香穂子は改めて思い知らされた。
 吉羅には美しい恋人がいるだろうか、そんなことは当然の筈なのに。
 香穂子は、つい夢を見てしまう自分が辛くてしょうがなかった。
 後片付けをした後で、夫妻とプレゼント交換をする。
 二人とも、香穂子のささやかなプレゼントをとても喜んでくれていた。
 それが嬉しくてしょうがなかった。
 ホットチョコレートを飲みながらほっこりとしながらのプレゼント交換。
 これほどまでに素晴らしいものはないのではないかと思う。
 夫妻からは、香穂子が風邪を引かないようにと、温かな帽子・マフラー・手袋の、可愛い三点セットだった。
「大切にしますね。本当に。嬉しいです」
 香穂子が、ふたりの前で着けて見せると、本当に喜んでくれた。
 その笑顔が、また嬉しくてしょうがなかった。

 ゆっくりとお風呂に入り、部屋でゆっくりと寛ぐ。
 窓の外には、麗しい星が煌めいていた。
 吉羅が来なかったことが、こころに深い影を落とす。
 吉羅が来るなんてありえないというのに、つい思い込んでしまった自分が痛い。
 吉羅に会いたかった。
 直接、クリスマスプレゼントを渡したかったなんて、ただの勝手な想いだけだ。
 香穂子は痛い想いに涙が滲むのを感じながら、何とか堪える。
 そのまま勢いよくベッドの中に入ると、目を閉じた。
サンタクロースは香穂子には来ない。
 いや、香穂子にとっての人生のサンタクロースは、あしながおじさんなのだと思うと、不思議とこころが落ち着いてきた。
 そのまま目を閉じると、香穂子は何時しかゆっくりと眠りに落ちていた。

 その夜、香穂子は久し振りに吉羅の夢を見た。
 クリスマスだからと、神様がサービスをしてくれたのかもしれない。
 吉羅はとても素敵なサンタクロースで、香穂子のベッドサイドにやってくる。
 そして。甘い甘い触れるだけのキスをしてくれた後で、柔らかなピンクのパッケージで包まれたプレゼントを、そっと枕元に置いてくれた。
 なんてロマンティックな夢。
 これ以上に素敵なプレゼントはないと、香穂子は思わずにはいられなかった。
 とても幸せで、目覚めたくないと思ってしまうほどだ。
 意識の遠いところで、車が走り去る音が聞こえる。
 香穂子はハッと息を呑んで目を開いた。
 まさか。
 枕元を見ると、夢と全く同じのプレゼントが置いてある。
 香穂子はベッドから飛び起きると、カーテンを開けて直ぐに窓の外を見た。
 車が走り去るのが解ったが、夜明けのせいで上手く確認することが出来ない。吉羅の愛車フェラーリであるかなんて、到底分からなかった。
 香穂子はただ車を見送るしかなかった。
 ベッドサイドにある時計を見ると、まだ早朝の四時だ。
 こんなにも早く車で来てくれたのは、吉羅なのかもしれない。
 ベッドサイドに置いてあるプレゼントを手に取ると、香穂子はそっとパッケージを開いてみた。
「わあ…」
 そこには気品が滲んではいるがかなりシンプルなペンダントが入っていた。
 ペンダントには麗しのダイヤモンドがあしらわれている。
 デザインもかなりシンプルで、綺麗だった。
「…綺麗…」
 月をモチーフにしたデザインは、かなりロマンティックだ。
「…まさか…、吉羅さんが…」
 一緒に入っていた小さなカードには、ただ、“メリー・クリスマス”と書かれていただけだった。
 これでは名前すらも解らない。
 香穂子は、その達筆な文字を何度もなぞった後で、唇を指先に宛てた。
 吉羅であったのなら、本当に嬉しいのに。
 またキスの感触に、香穂子は甘く震えるしかなかた。

 翌朝、置いていたはずの香穂子から吉羅へのプレゼントが、いつの間にか消え去っていた。
 ひょっとして持って帰ってくれたもかもしれない。
 もしそれが事実ならば、香穂子は嬉しくてしょうがないと思う。
「…吉羅さん宛てのプレゼントがなくなっています…」
 香穂子が驚いて夫人に言うと、柔らかく微笑まれただけだった。
「…ぼっちゃん宛だったのでお送りしておきましたよ。明日には着くでしょうね」
「あ、有り難うございます」
 香穂子は送ってくれたのは嬉しかったが、ほんのりと残念に思った。
 あれはやっぱり夢だったのだろうか。
 香穂子は、リアルだったキスの味を思い出しながら、甘くて苦い想いを噛み締めていた。

 吉羅は車で横浜に差し掛かろうとしていた。
 香穂子にクリスマスプレゼントを渡したくて、彼女だけのサンタクロースになりたくて、無謀なことをしてしまった。
 昨日もクリスマスイヴなんて関係無くギリギリまで仕事をして、そのまま山梨に向かったのだ。
 香穂子だからこそ出来たことなのかもしれない。
 吉羅は朝陽を見つめながら、幸せな気分になる。
 最高のクリスマスプレゼントを貰った。
 あしながおじさんとして。
 そして吉羅暁彦として。
 思わず笑みを零しながら、吉羅は再びオフィスへと向かった。

 ワイナリーでの冬休みは本当に充実している。
 勉強をしたり、ヴァイオリンの練習をしたり、牧歌的な生活を楽しんだり。
 羽根を充分伸ばしている。
 あしながおじさんや、友人、クラスメイトに年賀状を書いたり、お正月の準備をしたり。
 大晦日に、お正月に、香穂子は大好きなあの男性に逢いたかったが、逢う術を知らない。
 きっと大切な時間は、恋人と過ごしているのだろう。
 そう思うと、こころがチリチリと痛むのを感じた。
 ワイナリーでの大晦日。
 お節料理も詰め終わり、香穂子はのんびりと恒例の番組を見ながら過ごす。
 寒いので、誰もいないことを良いことに、可愛い花柄ではあるが半纏を着込む始末だ。
 大晦日の夕食を軽く取り、年越しそばの準備をする。
 主人は誰かと楽しそうに電話をした後で、妻に声を掛けて来た。
「年越しそばを一人分追加してくれ」
「はい!」
 明るい声に、香穂子は奥さんの顔を見る。
「…どなたかお見えになられるんですか?」
「楽しみな方ですよ」
 奥さんはそれだけを言うと、本当に楽しそうに微笑んだ。
 年越しそばが出来た頃に、車が到着する音が聞こえ、主人がいそいそと出て行く音が聞こえた。
「お寒い中、ようこそいらっしゃいました」
 明るい主人の声に、香穂子も楽しい気分になりながら、そばをダイニングへと運ぶ。
 ダイニングでそばを四人分並べ終わると同時に、客人はやってきた。
 そこにいたのは吉羅暁彦だった。
「…吉羅さん…」
「正月の数日はこちらで過ごそうかと思ってね」
 吉羅の言葉と声に、香穂子は泣きそうになる。 
 逢いたかったひとが、直ぐ目の前にいるのが、嬉しくてしょうがなかった。
 しかも手袋は、さりげなく香穂子がプレゼントしたものをしてくれていた。
 本当に嬉しい。
「さあ、年越しそばが冷めますからね。しっかりと食べて下さいね」
「有り難うございます」
 香穂子は素直に自分の席に腰を下ろす。
 吉羅と向かい合わせで、かなりドキドキしてしまった。
 まさか逢えるとは思ってはみなかったから、嬉しくてしょうがない。
「日野君、年越しそばを食べたら、初詣に行かないか?」
「はい、喜んで」
 吉羅との初詣。
 何だかスペシャルなお年玉のような気がしてならなかった。



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