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吉羅にチョコレートケーキを受け取って貰ったことが嬉しくて、香穂子はとても幸せな気分になる。 吉羅が香穂子にとっては本当に元気の素なのだということを、改めて感じずにはいられない。 ホワイトディのお返し。 それを楽しみにしながら、香穂子はにっこりと弛んだ笑顔を浮かべていた。 香穂子がチョコレートを渡したい相手が、まさか自分だとは思わなかった。 香穂子が他の誰かに恋心を抱くのが我慢ならなくて、吉羅は確認するために学院へと向かったのだ。 わざわざ時間まで作って。 結果、香穂子が言っている相手は自分だった。 だがあくまでも世話になっているから、こうしてチョコレートケーキを渡したかったのだろう。 それだけがほんのりと苦い。 だが、これでホワイトディにプレゼントをする理由が、堂々と得ることが出来たのは良かった。 それは本当に嬉しい。 吉羅は、手元にある2種類のバレンタインチョコレートケーキを見つめながら、幸せな笑みをにっこりと浮かべた。 三学期は本当に瞬く間にすぎて行く。 待って下さいと願う暇などを許されないままで、過ぎていた。 ホワイトディの日は、終業式。 いよいよ最上級生になるのだ。 クラスメイトは堂々と進路のことを口にしているが、香穂子はそれをなかなか言い出すことが出来ない。 それは援助を受けて学校に通っているという弱味があった。 迷惑をかけることなんて出来ない。 あしながおじさんには、本当によくして貰っているのだから。まさにこれ以上ないぐらいにだ。 だからこそこれ以上の我が儘を言うことは出来ないのだ。早く一本立ちをしなければならないと思う余りに焦ってしまう。 本当にどうして良いかが分からなかった。 香穂子が寮に向かってぶらぶらと歩いていると、目の前から吉羅がやってくるのが見えた。 吉羅は、香穂子に向かって真直ぐ歩いてくる。 「日野君」 吉羅に声を掛けられて、香穂子は立ち止まる。 「こんにちは吉羅さん」 「今日は何の日か解っているかね?」 吉羅に改めて尋ねられて、香穂子はハッとして思い出す。 今日はホワイトディだ。 「…ホワイトディ…です」 「そうだね。日野君、これから時間はあるかね? ホワイトディのお返しをしなければならないからね」 「あ…ありますが…」 「だったら車を待たせてある。夕方まで、君の時間を頂くよ」 さらりと吉羅は言うと、先に歩き出す。 香穂子はその後ろを慌てて着いていった。 吉羅の愛車であるフェラーリに乗せられて、都心へと向かう。 香穂子はほんのりとドキドキしながら、冷たい美しさを醸し出す吉羅の横顔を見つめていた。 「ランチに付き合って貰おうかと思ってね」 「有り難うございます」 きっとランチをご馳走してくれるのがプレゼントなのだと思っていた。 だが連れて行かれたのは、高級セレクトショップで、そこで品のあるシンプルで可愛いワンピースと、歩き易いローヒールに着替えさせられた。 その上、セレクトショップのスタッフに軽いメイクとヘアアレンジをして貰った。 まるで魔法使いに魔法をかけて貰ったシンデレラのようだ。 綺麗にして貰い、ほんのりと恥ずかしい気分で吉羅の前に現れると、頷かれた。 「これならば大丈夫だろう」 吉羅はそれだけを言うと、香穂子を連れて、再びフェラーリに乗り込む。 「ランチでもかなり美味しい店だから楽しみにしておきたまえ」 「有り難うございます」 吉羅とふたりきりで食事をするなんて、本当に夢のようだと思ってしまう。 これ以上に素敵なホワイトディはないのではないかと、香穂子は思った。 吉羅は、海が見えるとてもロマンティックなレストランに連れていってくれた。 ランチと言っても、本格的なランチコースで、香穂子はドキドキせずにはいられない。 きちんとマナーが出来るかどうかを、つい緊張してしまう。 「ここは旬の食材を使ってとても美味しい料理を提供してくれるから、マナーなど気にせずに食べなさい」 香穂子が考えていることなどお見通しとばかりに言われて、少し驚いて顔を赤らめた。 「有り難うございます」 ほんのりと瞳を伏せると、吉羅はフッと微笑んだ。 本当に美味しい料理ばかりで、香穂子はいつしかリラックスをして食事を楽しむ。 「本当に美味しいです! こんなにも美味しいなんて凄く幸せです!」 弾む声で香穂子が言うと、吉羅はフッと微笑んでくれる。 それが本当に嬉しくてしょうがなかった。 こんなにも美味しいランチを食べて、いつもよりもうんとおしゃれをさせて貰っている。 こんなにも贅沢なホワイトディは他にないのではないかと思ってしまう。 吉羅とふたりで海を眺めながらのランチなんて、こんなに幸せなことはないと思った。 だが、幸せでたまらない時間は直ぐに終わりを告げるものだ。 やはり、幸せな時間は静かに終わりを迎える。 苺のとっておきのデザートを食べ終わると、幸せ時間は終わりを告げる。 「…さてと、そろそろ行かなければならないね」 吉羅の言葉に、魔法が解けてしまう瞬間を感じる。 「…バレンタインのチョコレートケーキのお返しだ」 吉羅が差し出したのは、綺麗にラッピングがされた箱だった。 「オードトワレだ。百合の香りだから、そんなにもきつくないから、君にも使えるはずだ」 「有り難うございます」 ただでさえ夢見るようなひとときを過ごさせて貰ったというのに、こうしてプレゼントまで貰えるなんて、香穂子は夢にも思わなかった。 余りに嬉しくて、香穂子は泣きそうになる。 しかも、オードトワレは、大人の女性として扱って貰ったような気がして、本当に嬉しい。 「有り難うございます。本当に凄く嬉しいです」 香穂子が泣き笑いの表情を浮かべると、吉羅はフッと微笑んだだけだった。 「喜んで貰えたならば何よりだよ」 「凄く嬉しいです。有り難うございます」 「さてと、そろそろ時間だ。寮の近くまで送ろう」 「有り難うございます」 吉羅にエスコートをされて、夢見心地でフェラーリに乗り込む。 これが寮に到着する頃には、香穂子の魔法も解けるのだ。 「…洋服をお返ししなければなりませんね」 「返して貰わなくても大丈夫だ。これは君にプレゼントをしたものだ」 吉羅はいかに何ともないかのように言うが、香穂子はかなり恐縮してしまう。 「そんなっ! 申し訳ないですよ!」 「構わない。君もこれぐらいのワンピースぐらいは持っておかなければならないだろう。これからプロのヴァイオリニストを目指すのならばね」 吉羅はそれが当然のことに言うが、香穂子は複雑な気分だった。 香穂子は、プロを目指せる環境に自分がいないことぐらいは、十二分に解っているつもりだ。だから上手く返事をすることが出来なかった。 「君はそのワンピースが似合っている。これからも活用したまえ」 「有り難うございます」 ここまでして貰うと、本当に恐縮してしまう。 吉羅にとっては何でもないことだということぐらいは解ってはいる。 だが、大好きな男性だからこそ、余計に気を遣ってしまうのだ。 「…有り難く頂きます」 「そうしてくれると助かるがね。ワンピースが手許にあっても、私は困るだけだからね」 香穂子は有り難く貰うことにし、頭を下げて微笑んだ。 車はゆっくりと寮近くに停まる。 「では」 「有り難うございました」 香穂子は礼を言った後で、車を降りる。 吉羅の車が走り去るのをいつまでも見つめていた。 最高ホワイトディになりました---- |