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その夜、香穂子はあしながおじさんにこころを込めた手紙を書いた。 私のとても大切なあなたへ。 ドレス、ヘッドドレス、そしてハイヒールをプレゼントして下さいまして、有り難うございました。 とてもとても嬉しかったです。 そのドレスに力を頂いたから、私はなんと! ジャパンクラシックコンクールのヴァイオリン部門で優勝することが出来ました。 同じ学院の月森蓮君も一緒に練習が出来たので、物凄く嬉しかったです。 本当に嬉しくてたまらなかったんです。 これもあなた様のお陰です。本当に有り難うございます。 いつもこうして見守って下さるから、私はいつでも真直ぐ前を見て、頑張ることが出来るんです。 本当に有り難うございます。 きっと、何度お礼を言っても、言い尽くすことが出来ません。 本当にどうも有り難うございました。 コンクールの演奏を収録をしたCDと、盾を贈ります。 私には優勝したという気持ちと記憶が残っていますから、この盾はどうしてもあなたさまに持っていて頂きたいのです。 本当に有り難うございます。 いつかきちんと恩返しを致しますから、その時まで待っていて下さいね。 色々と有り難うございます。 ではまたお便りをします。 香穂子より。 吉羅は会社に届いた香穂子からの荷物を見るなり、フッと笑みを零した。 賞状だけではなく、まさか盾までもプレゼントされるとは思ってはいなかった。 香穂子の演奏はこの耳でしっかりと聴いたが、それでもCDは嬉しかった。 これで毎日癒して貰える。それが嬉しい。 「…しかし…、本当に気付いていないんだな…。彼女らしいといえばらしいが…。私が彼女を援助していることぐらい、よく考えれば解る筈なのにね…。だけど…それが彼女らしい…かもしれないが…」 吉羅はひとりごちると、香穂子のことを想い、甘く微笑む。 こんなにも幸せを感じることは他にはないと思いながら、吉羅は盾と賞状を大切に片付ける。 これ以上の幸せはないと、ひしひしと感じながら。 コンクールが終わっても、ホッとしてはいられない。 次は入試が待っているのだから。 星奏学院は、附属から大学に行く際の選考にも容赦はない。 特に音楽学部の選抜の厳しさは半端ではなかった。 推薦を受けられる自体も大変なのに、そこから篩いをかけられてしまうのだから。 香穂子は気を引き締めながら、受験に向かって真直ぐ頑張っていく。 今、出来ることはそれだけだ。 音楽学部に通って良いと言われた以上は、本当に頑張って、奨学金を得られるような成績で頑張らなければならないと、香穂子は思った。 受験に集中する。 香穂子は毎日、毎日、受験の為にヴァイオリンの勉強を続けた。 入試の日、香穂子は余り緊張してはいなかった。 前日、あしながおじさんから、京都の有名な神社の御守りを貰ったのだ。 ただカードに“頑張りなさい”と書かれていただけだったが、香穂子はそれでも嬉しかった。 カードと御守りを胸に、香穂子は試験に挑む。 あしながおじさんに見守られているから頑張れる。 そう思うだけでかなりパワーが漲ってきた。 落ち着くことも出来、とても満ち足りた冷静の状態だ。 香穂子は、筆記も実技も、いつもよりも上手く立ち回ることが出来た。 試験が終わると、香穂子は力が完全に抜けた気分だった。 これで大きな山は超えたのだ。 やるだけのことはやったのだから、後は、運を天に任せるだけだ。 それ以外にやることなんてない。 そう思ったからか、急に疲れが押し寄せてくる。 今までの溜まっていた疲れが一気に吹き出すのを感じた。 気分が余り優れない。 香穂子はふらふらになりながら、何とか寮に帰ろうとした。 ふらふらしていると、急にしっかりとした腕に支えられる。 「日野君!」 吉羅の声にぼんやりと顔を上げると、心配そうな顔がぼんやりと見えた。 「…大丈夫かね?」 「…なんとか…」 「寮まで送ろう。構わないね」 「有り難うございます」 香穂子がぼんやりしながら礼を言うと、吉羅は怒ったような表情を浮かべた。 吉羅に連れられて車に乗せて貰ったまでは覚えてはいるが、それ以上のことは記憶にはなかった。 ただ、掴まれた力がとても心地が良かったことだけを覚えている。 香穂子はぼんやりと心地良い波に浸りながら、優しい眠りに落ちていった。 気がつくと寮のベッドに寝かされていた。 恐らくは吉羅がここまで送ってきてくれたのだろう。 そう思うと嬉しくて、暴れ出してしまいそうになった。 気分はまだまだ優れなかったが、吉羅にここまで連れてきて貰えたという事実が、香穂子に力を与える。 少し休めば直ぐに良くなるだろう。 吉羅は何よりもの特効薬になった。 大事を取って寮母には二三日休みなさいと言われ、香穂子は素直に従うことにした。 「日野さん、お花のお届け物よ! なんと2種類よ! カサブランカの花束と、ピンクの薔薇のバスケットよ! なんて綺麗なんでしょう」 寮母は香穂子の部屋に、花を丁寧に活けてくれる。 香穂子は二つの花に添えられたカードを手に取った。 カサブランカの花束は吉羅から、ピンクの薔薇のバスケットはあしながおじさんからだった。 どちらにも“お大事に”と書かれている。 それが嬉しかった。 どちらも香穂子にとっては大切で仕方がないひとだ。 そのかけがえのない二人からのお見舞いが嬉しくて、香穂子は泣きそうになる。 花に囲まれながら、きっとこの不調は早く治ると感じずにはいられなかった。 ふたりに有り難うの想いを込めて、丁寧に礼状を書く。 本当に大切にふたりに、有り難うしか言えない自分を歯がゆく感じながら、香穂子は切なく思った。 カードに花の香りと優しさのお陰で良くなりました。 そうメッセージを添えて。 温かな広いこころを持つ素敵な男性に、こうして優しくして貰えることが、香穂子には嬉しかった。 その日、香穂子はとても幸せな夢を見た。 吉羅と手を繋いで、笑顔であしながおじさんの家に訪ねていくというものだ。 肝心のあしながおじさんの顔は眩し過ぎて上手く見えなかったが、とても光り輝いた良い夢だった。 幸先が良い。 だからきっと受験も大丈夫。 合格発表の日、香穂子は大学へと向かった。 結果は郵送もしてくれるが、香穂子の場合は近くの附属に通っているので、見に行くほうが早かった。 鼓動を高まらせながら、香穂子は合格番号が貼り出された掲示板を見る。 そこには、確かに香穂子の受験番号もあった。 「受かった…」 何度番号を見ても、最初は実感が湧かなかった。 何度も何度も見返して、ようやく受かっていることを確認した。 「…良かった…」 声にならない声を上げて、香穂子は喜びを噛み締める。 嬉しくて堪らなくて、香穂子は何度も受験番号を見つめていた。 報告の為に金澤の元を訪れる。 嬉しさで興奮していたせいか、香穂子は不躾にもノックをすることなく、いきなりドアを開けてしまった。 「金澤先生っ! 受かったよっ!」 吉羅の冷たい表情が見えて、香穂子はいきなりしまったと思った。 「…合格したのかね? それはおめでとう」 吉羅はクールに言うと、静かに立ち上がる。 「では金澤さん、私はこれで」 吉羅は静かに言うと、立ち上がって部屋から出て行く。 最初に「おめでとう」と言ってくれたのが吉羅だったのが、香穂子には嬉しくてしょうがなかった。 |