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クリスマス前のワイナリーはとても忙しい。 伝統的なクリスマスケーキやクリスマスプディングを作ったり、クリスマスのデコレーションを頑張ったりする。 こうして心置きなくクリスマスの準備をするのは、とてもロマンティックだ。 香穂子にとっては素敵な時間の過ごし方でもある。 今年も吉羅は来てくれるのだろうか。来てくれたら、これほど嬉しいものはないのにと、香穂子は思った。 吉羅とワイナリーで過ごすクリスマスは、幾分かロマンティックで温かい。 もう一度、それを経験出来たらこんなにも嬉しいことはないのにと、思わずにはいられない。 ワイナリー夫妻ならば、吉羅がここに来るかどうかを知っているだろう。 吉羅のために用意をしたクリスマスプレゼント。 シックなワイン色のマフラー。吉羅はいつも高級品を使うから、香穂子が買える範囲内のものなど必要としないだろう。 香穂子はそう思うと、何処か重い気分の自分を感じていた。 吉羅は、香穂子なんかただの保護すべき子どもとぐらいにしか思ってくれてはいないだろう。 それを解っているからこそ、香穂子には痛かった。 吉羅は何とか時間を作り、クリスマスイヴ前夜にワイナリーへと着いた。 深夜をまわっており、香穂子はとうに寝静まった状態だ。 吉羅は静かにワイナリー夫妻の出迎えを受けた。 「ぼっちゃん! わざわざ来て下さって有り難うございます。香穂子ちゃんは寝ていますよ」 「有り難うございます。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」 「いいえ。私たちもとても嬉しいですから。私たちよりも香穂子ちゃんのほうがもっと嬉しいのかもしれませんけれどね」 奥さんは微笑みながら吉羅をリビングに通してくれる。そこでホットワインを出してくれた。 その気遣いがとても嬉しい。 リビングには立派なクリスマスツリーが置いてあり、きらびやかに飾られている。 思わずにっこりて笑ってしまう風景だ。 ツリーの下にはクリスマスプレゼントが置いてある。 吉羅がそれを見ていると、奥さんがほっこりと笑った。 「香穂子ちゃんはぼっちゃんの分までプレゼントを用意しているんですよ。来られるかどうかも解らないのに…。彼女は、ぼっちゃんが来るのかどうかを私たちに訊きたかったみたいですよ。ですけど訊けなかったみたいですね…」 吉羅は思わず笑顔になる。 吉羅もまた、クリスマスプレゼントをツリーの根元に置く。 香穂子に喜んで貰えるように。 生涯で最も愛しているという想いを込めて。 吉羅は香穂子にティファニーのダイヤモンドとハートをモチーフにしたペンダントを選んだ。 プレゼントを置いた後、吉羅は胸がいっぱいになるのを感じる。 香穂子への想いが滲むのを感じた。 吉羅は部屋に入ると、シャワーを浴びて眠りにつく。 不思議と疲れは感じなかった。 こんなにも幸せだと眠りも上質なものを得ることが出来た。 翌朝、香穂子は早目に目を覚まし、支度を素早くして、朝の手伝いに行く。 今日は朝ご飯を作った後に、クリスマスのご馳走作りを手伝うのだ。 「おはようございます」 香穂子がキッチンに入ると、いつもよりも皿がワンセット多く出ていた。 ひょっとして、吉羅が来ているのかもしれない。 香穂子は嬉しさのドキドキに、思わず震えてしまう。 「香穂子ちゃん、ヨーグルトに入れるドライフルーツを刻んでくれる?」 「はい」 香穂子は言われたようにドライフルーツを刻み、プレーンヨーグルトに混ぜる。 「スクランブルエッグを作ってくれる?」 「はい」 ワイナリーに来るようになってから、スクランブルエッグを作るのが随分と上手くなった。 バターたっぷりでふわふわに仕上げるのだ。 香穂子がスクランブルエッグを作り終えると、サラダとミニハムステーキが焼き上がって、セッティングされていた。 「香穂子ちゃんはこちらを持っていってね」 「はい」 ドキドキしながら、香穂子は朝ご飯セットを二つ持っていく。 するとやはりダイニングには、大好きでたまらない吉羅がいた。 吉羅の前に朝ご飯を置いて、香穂子はドキドキしながら挨拶をする。 「おはようございます、吉羅さん。ようこそ」 「おはよう、日野君」 香穂子の言葉に、吉羅はニッコリと笑ってくれた。 「さあご飯を食べましょうか」 「はい」 ふたりでテーブルを挟んで向かい合わせになる。 香穂子はスクランブルエッグを頬張りながら、今直ぐ踊りたくなる。 食事の後のクリスマスのご馳走も、張り切って作ることが出来る。 食べている時に話をするのは不躾なような気がして、ニコニコしながらも話さないようにしていた。 朝食の後、香穂子は後片付けをする。 吉羅がいるというだけで、どのようなことも楽しく思える。これぞ恋の魔法だと思った。 香穂子はニコニコと笑いながら、忙しいクリスマスイヴの作業に没頭をした。 吉羅が本当に好きだ。 吉羅が喜んでくれることなら、何でも頑張れる。 香穂子は機嫌よく準備をすることが出来た。 クリスマスイヴの温かなディナーの席に、とっておきの別珍ワンピースを着る。 ほんのりとリップグロスを塗って、恋する乙女らしいお洒落をした。 クリスマスイヴのディナーは本当にロマンティックで楽しい。 いつもよりも食事が美味しく感じられるのは、自分でいつもよりも手をかけて作ったからということ、吉羅が一緒にいるからということ。 これらが相乗効果を生んでいた。 デザートの時間になり、香穂子はヴァイオリンでクリスマスゆかりの曲を演奏する。 吉羅を始めとするワイナリーの夫妻が、とても幸せな気分になりながら聴いてくれていた。 ヴァイオリンを奏で終わると、三人は温かな拍車をくれる。それが香穂子には何よりものクリスマスプレゼントになったような気がした。 「さてとクリスマスプレゼントの交換の時間ですね。ツリーの前に集まりましょう」 四人でクリスマスツリーの前に集まって、それぞれのスペシャルなクリスマスプレゼントを渡しあう。 香穂子からは、奥さんには温かなムートンスリッパ、旦那様には足を冷やさないようにと靴下のセット、吉羅にはマフラー。 香穂子が頂いたのは、奥さんからは可愛いカフェエプロン、旦那さんからは小さく可愛いミルクパン、そして吉羅からは…。 小さな正方形の箱をプレゼントされる。 「開けてみなさい」 「…はい…」 香穂子は指先を僅かに震わせながら、そっとパッケージを開く。 そこには、ティファニーのダイヤモンドが美しいハートをモチーフにしたペンダントが入っていた。 「…これ…。こんな高価なものを構わないのですか…?」 香穂子は驚いて、吉羅を見上げた。 「構わない。これはご褒美だ。君は本当によく頑張ったからね」 「有り難うございます」 プレゼントの嬉しさに、香穂子は洟を啜りながら、涙ぐむ。 本当に嬉しくてたまらなかった。 「…有り難うございます」 吉羅はフッと微笑むと、ペンダントを手に取る。 「私がやろう」 「…はい…」 香穂子は長い髪をかき上げて、首をむき出しにさせる。 吉羅はそっとペンダントを掛けてくれた。 嬉しくて堪らなくて、とうとう涙が零れ落ちてしまう。 泣いてはいけないと思っているのに、つい泣けてしまう。 「…有り難うございます…」 礼を言う声が震える。 本当に最高に幸せなクリスマスだった。 |