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バスタブになみなみと湯が貯められた後、ふたりで一緒にバスタイムを過ごす。 吉羅とふたりでバスタブに漬かるという行為は、耳が熱くなるぐらいに恥ずかしかった。 「…あ、あの…、恥ずかしいので…」 「…もう何度もそれよりも恥ずかしい行為はしているだろう…? 愛でるのは私だけなのだから、気にしなくて良い…」 「大好きな暁彦さんだからこそ、…その…恥ずかしいんですけれど…」 香穂子が複雑な女心を吐露すると、吉羅は苦笑いを浮かべた。 「…しょうがない…、とは…なかなか言えないね…。君が可愛いから」 吉羅は苦笑いを浮かべた後、裸の香穂子を抱き上げて、バスタブへと入る。 バスルームはマジックミラーになっていて、中からはみなとみらいの見事な夜景を見る事が出来るが、外からは中の様子が見えなくなっている。 そのため思う存分夜景を楽しむことが出来るのだ。 バスタブの中から、みなとみらいの見事な夜景を見る。 なんて美しくて、まるで近未来を眺めているようだ。 人工的な灯の美しさではあるが、そこにも人々の様々な想いが息づいていて美しいと思っていた。 「…綺麗ですね…」 香穂子がうっとりとした声で呟くと、吉羅は背後からしっかりと抱き締めてくる。 「私は君のほうがずっとずっと綺麗だと思うがね…。君以上に綺麗な女性はいないよ…」 官能的でくぐもった声に、香穂子は甘い吐息を吐く。 「君が欲しい…」 「…あ…っ!」 バスタブに躰を凭れさせる体勢にになり、香穂子は様々な情熱的な愛撫を受ける。 吉羅の愛撫に肌を小刻みに震わせながら、香穂子はのぼせてしまうことなどすっかり忘れ去っていた。 情熱と欲望が生まれるのは、ひとえに愛があるからだ。 吉羅への激しい想いがあるからだ。 香穂子は吉羅への愛をしっかりと感じながら、夜景を見ることすらも忘れ去って、熱情的に、ロマンティックに吉羅と愛し合った。 キングサイズのベッドでも、また激しく愛し合う。 お互いにお互いのことを忘れないように。 ふたりは想いを刻み付けるように愛し合った。 香穂子の白い肌には、吉羅が刻み付けた所有の痕の数々が、しっかりと刻み付けられる。 こんなにも幸せで激しい嵐のような時間は、他にはない。 香穂子は吉羅を激しく感じながら、また直ぐにこの温もりが感じられると信じて疑わなかった。 愛し合った後、ふたりはただただ抱き合って眠りに落ちる。 柔らかくて優しくて満たされた時間。 愛されていると実感することが出来る素晴らしい時間だった。 満月の朝、香穂子はいつもよりも早く、そしてスッキリと目が覚めた。 いよいよ別れの朝だ。 切なくはあるが、意外と落ち着いている自分がいることに気がついた。 吉羅もそれは同じようだった。 お互いに淡々と朝の身仕度を整えて、海が見えるラウンジで朝食を取る。 清々しいのに何処か切ない朝だ。 ふたりは余り語らなかった。 語ってしまえば、感情が激しくなることを解っていたからだ。 朝食を終えると、ふたりで手を繋いでホテルの中庭を散歩し、海を静かに眺めた。 別れたくない感情が去来する。 だが、ふたりの輝かしい未来のためには、別れなければならないのだ。 この先には更なるふたりの幸せが待っているのだから。 いよいよ時間だ。 「行こうか」 「はい」 振り返ってはならない。 前には幸せな未来が待っているのだから。 ホテルを出て、車で学院に向かう。 また逢えるのは解っているのに、泣きそうになる。 ノスタルジックな胸の痛みに、香穂子は何も言えなかった。 吉羅もまた同じようで、一切何も話さなかった。 二年後と何も変わらない風景。 だが過去なのだ。 車はゆっくりと学院の職員用駐車場に停車した。 香穂子は何とか想いを掻き集めて、車から降りる。 帰らなければならない。 気丈にならなければならないのだ。 香穂子は、自らを奮い立たせるために、背筋をピンと伸ばして、前を向いた。 「森に向かいます」 「解った…」 香穂子の手を吉羅が取ると、一緒に歩き出す。 握り締めてくる吉羅の力の強さは凄くて、放したくはないと思ってくれていることが解った。 それはとても嬉しい。 香穂子もまたその想いに応えるように、しっかりと手を握り締めた。 ふたりはゆっくりと森の奥へと向かう。 「アルジェントリリは待っているだろうね」 「恐らくは。居眠りしているかもしれないですけれど」 香穂子がくすりと笑うと、吉羅もまたくすりと笑った。 ふたりで背筋を伸ばして、ただ前を向いてその先を歩く。 未来が待っている。 帰らなければならない未来が。 香穂子は、覚悟を決めて涙を浮かべることなく歩いた。 森の奥深くまで入ったところで、リリが神妙な顔をして待っていた。 「よく来たな、日野香穂子。正直…、来ないかと思ったが、こうして来てくれたことに感謝する。この満月を逃せば、お前と言う人間がこの時間軸ではふたりも存在出来なくなる。だから…どちらかが消えるか…、どちらとも消えるか…。そんなことがあるから、お前には…、ここに来て貰いたかった」 リリは苦しげに呟く。 帰ると決めて良かったと、香穂子は心から思った。 過去の自分を、未来の自分のわがままで消してはならないから。 「…リリ…、そろそろなのかな…?」 「そのあたりが我輩にも…おわっ!」 リリが叫ぶのと同時に、香穂子は吉羅に抱き締められる。 「あ、暁彦さん…!」 「有り難う、香穂子…。未来で逢おう…」 「…はい、未来で…」 これ以上は言葉が続かない。 あれだけ堪えていたのに、香穂子は熱い涙を一筋零す。 「…有り難うございます…。未来で逢いましょう」 「ああ…」 香穂子が泣き笑いの表情を浮かべたタイミングで、吉羅はそっと離れる。 タイムリミットであることは、お互いに感じ取った。 香穂子は真っ直ぐ森の奥に進む。 吉羅に見送られるのを背中で感じ取った。 その瞬間、香穂子は全身に光を感じた。 「香穂子……!!!」 吉羅が壮絶な愛が滲んだ声で、名前を呼ぶのが聞こえる。 同時に意識が一瞬だけ遠くなり、香穂子は無になった。 どれぐらい無の時間があったのかは、香穂子には解らない。 目をゆっくりと開けると、先ほどと同じ風景だった。森の奥。ただそれだけだ。 ただ、吉羅もリリもいない。 自分がいるべき時空へと戻ったのだろうか。 それともまた違う時間軸に飛ばされてしまったのだろうか。 そのあたりが解らない。 香穂子は、今が一体いつなのかを確認するために、森を出ることにした。 生徒達が集まる広場も静まり返っていて、授業中か夏休みなどちらかと思った。 香穂子が広場を通り抜けると、音楽科の生徒達とすれ違った。 「日野先輩、こんにちは」 「こ、こんにちは」 先輩と挨拶をされたところをみると、どうやら元の時間に戻っているようだ。 だが、若干ずれているかもしれない。 それを確認するために、香穂子は現在の日時が解る場所に向かった。 学院の職員室近くにある日付が解るデジタル時計を見る。 すると、確かに、飛ばされてしまう前の、元の時空に戻ってきていることが解った。 しかも時間を見れば、殆ど変わらない時間だ。 「…ねえ、吉羅理事長、いよいよ結婚するって噂だよ」 「だろうね。指輪を用意しているのを目撃したり、教会の手配をしているのを目撃したりしているひとがいるものね」」 生徒達の噂話を耳にする。 結局、未来なんて少しも変わってはいなかった。 |