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日曜日であることを意識したからか、昨日よりは少しだけ寝坊をした。 吉羅はと言えば、昨日のように早起きはしていないようだ。 香穂子は手早く寝具を片付けると、着替えをする。 こんなにもお世話になっているのだから、朝食ぐらいは作ってあげたいと香穂子は思った。 簡単なものしか作れないが、形になる朝食を造りたかった。 香穂子は張り切ってお茶を沸かし、食事を作る。 美味しそうなベーグルがあったのでそれを焼く準備をする。 後は冷蔵庫には美味しそうな野菜があり、香穂子はそれを使ってサラダを作ることにした。 簡単なオリーブオイルを使ったドレッシングを作ってみた。 後はベーグルを焼いて、卵とハムのメインを焼くだけの状態にしたところで、吉羅がガウン姿でやってきた。 「こんなにも早くから何をしているのかね?」 「あ、あの、折角だから朝ご飯を…」 「私がしよう。君の指先は大切だからね」 「本当に大丈夫ですよ。家ではいつもやっている事ですから…。吉羅さんは過保護すぎです」 「…そうか。じゃあ指先に気をつけて作りたまえ」 「はい。有り難うございます」 香穂子は美味しいものが出来るように祈りながら、吉羅のために出来る限りのことをしたかった。 「出来ました。代わり映えのしない朝食ですが」 吉羅に美味しいと言って貰いたいと思う。 香穂子はそれだけを思いながら、そっと朝食を差し出した。 「有り難う。では食べようか」 「はい」 ふたりで一緒にいただきますをして、朝ご飯を食べる。 サラダとプレーンオムレツにハムを焼いたもの。 本当に何処にありそうな朝食だから、恥ずかしい。 吉羅が作ってくれたものは、栄養バランスが整ったものだったのに。 香穂子は恥ずかしかった。 味は我ながら悪くはないと思う。 美味しいと思う。 だが吉羅からは一切の反応はなかった。 ドキドキしながら殆ど食べ終わった時だった。 「日野君」 「は、はいっ!」 吉羅に呼ばれて、心臓が固まる。 「悪くはない」 吉羅はあっさりと言うと、綺麗に朝食を平らげてくれた。 吉羅の“悪くはない”は、イコール良いことなのだということは、香穂子も解っている。 だから笑顔になるぐらいに嬉しかった。 「片付けは私がしよう。その後、何処かへ行こうか」 「本当ですか!?」 吉羅に誘って貰えるなんて、これほどまでに嬉しいことはない。 香穂子は本当に嬉しくて、吉羅を笑顔で見た。 「手早く片付けるから、君は出かける準備をするんだ。ドライブにでも出かけるか。行きたい場所を考えておきたまえ」 「はいっ!」 吉羅に用意をして貰った中で、一番気に入っているワンピースに着替えて、香穂子は笑顔でドライブへと向かう。 本当に嬉しくて楽しくて言葉に出来ない。 少しで良いから背伸びをしたお洒落がしたい。 香穂子はそれだけを強く思っていた。 髪は下ろすしかないから、なるべく綺麗に見られるようにブラシで髪を梳いた。 メイクは、最近知った、東洋人が美しくマチュアに見える“スモーキー・アイズ”にする。 吉羅のために、ただ大人の女性になりたかった。 誰よりも綺麗になりたかった。 「日野君、準備は出来たのかね?」 「はい」 いつもよりもかなり意識してメイクをする。 これに、わっかのシンプルなピアスがあったら最高だが、そんな贅沢は言ってはいられない。 香穂子は吉羅の前に姿を出すと、一瞬、驚いたように目を見開かれた。 「…吉羅…さん…?」 「ああ。普段は高校生の君ばかりを見ているものだから、つい驚いてしまった」 吉羅は一瞬動揺を見せたが、またいつも通りのクールな表情になる。 「行こうか。何処に行きたいか決まったかな?」 「海に行きたいです」 「解った。じゃあ海に行こうか」 「はい、お願いします」 吉羅は駐車場で車を乗せてくれる。 乗り慣れたフェラーリ。 なのに新鮮で流石にドキドキしてしまう。 香穂子は隣に座る吉羅の横顔を、うっとりと見つめるしか出来なかった。 なんて綺麗で整った顔立ちのひとなのだろうかと思う。 吉羅を見つめているだけで、香穂子は幸せな気分になった。 「湘南方面で構わないかね? ベイブリッジを渡って行こうか」 「はい。有り難うございます。とても嬉しいです。私のことをよく分かって…、あ、当然ですよね。何だか変な気分です」 「…どうしてかね?」 「確かに吉羅さんなんですけれど…、何だか新鮮なんです」 「私は二年間でそんなに変わってしまったのかね…?」 「いいえ。変わってはいらっしゃらないと思います。きっと今までで一番近くにいるからそう感じてしまうのかもしれませんね」 「そうかもしれないね」 吉羅は静かに言うと、香穂子を見つめた。 こんなにも吉羅のそばにいたのは、本当に初めてなのだから。 香穂子はこの不思議な幸せに感謝をする。 「ベイブリッジが本当に大好きなんです」 「そうだね。帰りは夜景でも見るかね?」 「吉羅理事長を一日中独占しても、構わないのですか…?」 「ああ」 「だったら嬉しいです」 「それは良かった」 吉羅暁彦を独占することが出来るなんて、こんなにも素敵なことはないのではないかと思う。 本当に吉羅暁彦を独占することが出来るのが、香穂子には嬉しくてしょうがなかった。 ベイブリッジを渡る時には思わず燥いでしまう。 まるで子どものように車窓から景色を眺めて、香穂子は笑顔になった。 「…こんなにも楽しい時間は他にはないです。有り難うございます」 「君はドライブが好きだからね」 「はい。だけど吉羅さんのドライブは最高に楽しいです。だって運転がお上手ですから」 「ああ。どうも有り難う」 香穂子は景色を見るのと、吉羅を見るのとで忙しくてしょうがなかった。 やがて横浜を過ぎて湘南へと入る。 海沿いの道を通りながら、香穂子は気分が華やいだ。 湘南の海の輝きはとても美しい。 香穂子はこの海を吉羅と肩を並べて見つめられたらと思う。 吉羅とふたりでいつまでもこうしていられたら良いのにと、思わずにはいられなかった。 吉羅は湘南の海の幸が沢山食べられるレストランへに連れていってくれた。 ランチで食べるには最高に幸せだ。 吉羅と海を見ながら食事をするなんて、こんなに幸せなことはない。 ランチコースもかなり美味しくて、香穂子は何度も「美味しい」と呟いた。 「私もここのランチはかなり気に入っていてね」 「とっても美味しいです。何だかスペシャルな時間を頂いたようです」 「それは良かった。高校生の君を連れて行ったら、さぞかし喜ぶだろうね」 「そうでしょうね。だけど、吉羅さんにこのレストランに連れていって頂いたことはないです」 「…そうか。未来の私はどうして連れていってあげなかったのかな…」 「解りません。何か事情があったからかもしれませんね…」 「…そうだね…」 吉羅は理由を探しているようだったが、見つからなかったようだ。 「再来週あたりに高校生の君と一緒に行こうかと思っていたのだがね」 「…有り難うございます。だけど…」 「行くことはなかったんだね」 「はい」 吉羅とふたりで行った店はちゃんと覚えているから、香穂子はこんな素敵な店を忘れる筈はないと思った。 「ひょっとすると、吉羅さんはこの頃から、綺麗なひとと一緒にいたという噂が出始めていたから、その方と来られたのかもしれません」 「…それは違うと思うがね。私には恋人はいないから」 香穂子は驚いて目を丸くした。 |