*きみが奏でる物語*

17


 腕を掴む吉羅の力は、今までで一番強かった。
 恐らくは痣が出来てしまうだろう。
 香穂子が戸惑った表情を浮かべて立ち止まると、吉羅は半ば苛々したように見つめてくる。
「どうしたのかね…? 一緒に来るんだ」
 吉羅に咎めるように言われても、香穂子は動くことが出来ない。
「…お連れの方はどうされたんですか…?」
 香穂子はつい嫉妬を滲ませた声で言う。
 すると吉羅は険しい表情をした。
「…君には関係ない。来るんだ」
「…私が…嫌だと言ったら…どうしますか…?」
 香穂子は初めて吉羅を睨み付ける。
 切なさの余りにこころが崩れ落ちてしまうのを感じる。
 胸が痛くて、呼吸が上手く出来なかった。
 それでも香穂子は涙目で吉羅を睨み付けた。
 初めての抵抗。
 香穂子にもきちんとこころがあるということをー吉羅には教えたかった。
 こころがあるからこそ、吉羅に恋をしたのだから。
 こころがあるからこそ、ずっと逆らわなかったのだから。
「…君に選択の余地はない」
 吉羅はキッパリと言うと、香穂子を強引に連れていく。
 それを見兼ねた土浦が、ふたりの間に入り込もうとしてきた。
 だが、吉羅がナイフよりも切れ味の良い視線で土浦を威嚇する。
「香穂子は私の女だ。君にはとやかく言われる筋合いはない」
 吉羅は冷たくさらりと言う。
 吉羅の言葉に、こころが跳ね上がったのは香穂子だ。
 流石に驚いてしまう。
 吉羅の女。
 確かにそうだろう。
 香穂子は身もこころも、吉羅だけのものだからだ。
 香穂子から一瞬、抵抗する力が弱くなる。
 その隙を見てか、吉羅は香穂子としっかり手を繋ぐと、そのまま引っ張っていく。
「…おい、あんた…!」
 土浦が何を言おうとも、吉羅は全く無視をする。
 それは徹底的に冷たかった。
「あ、あの、つ、土浦君…、ま、またっ…!」
 吉羅に連れていかれながら、香穂子は挨拶をする。
 このまま吉羅に連れて行かれたい。
 その想いが、香穂子には勝っていた。
 吉羅は、世間体など全く気にしておらず、香穂子の手を引いて堂々と駐車場まで歩いていく。
 香穂子も吉羅も知り合いが割と来ているコンサートで、しかも見知ったひとが多い。
 だが吉羅は香穂子を堂々と連れていた。
「…人に見られて、困らないですか…?」
「困らない。君は困まるのかね?」
「…困りません…」
「だったらこのままで構わないだろう」
 吉羅はピシャリと言うと、そのまま駐車場まで堂々と歩いていった。
 吉羅の車に乗り込んだ途端に、香穂子はいきなり覆い被さるようにキスを受ける。
 乱暴なキス。
 唇も口腔内も凌辱されるような激しいものだ。
 口の中や唇にほんのりと血の味が滲むほどに激しいキスをされて、香穂子は痛みと快楽に涙を滲ませた。
 どうしてこんなにも激しく暴力的なのだろうか。
 なのに逃げられない自分がいるのが切ない。
 ようやく唇を離した後、吉羅は香穂子にシートベルトを手早くして、車を出した。
 どうして怒っているのだろうか。
 何の疚しいこともしていないと言うのに。
「…香穂子…」
 吉羅が低い声で名前を呼ぶ。
「…これからは私の許可なしで、私以外の男と出掛けるな」
 吉羅は命令口調で冷たく言い放つ。
「…今回はちゃんと吉羅さんの許可を取りました…。音楽の勉強をするために、私は…このコンサートに来ただけです。吉羅さんは…デートで来られているじゃないですか…。なのに私には行くなとおっしゃるんですか…?」
 香穂子は硬く震える声で呟く。
 吉羅は黙っている。
 だが、その表情は厳しさを増していることは確かだ。
 香穂子は呼吸が出来ないと感じながら、この重苦しさに目を閉じた。
 やがて吉羅邸に着くと、車から降りるなり香穂子は、吉羅に抱えられた。
「…吉羅さんっ…!」
「君にはおしおきが必要なようだね」
 吉羅は紳士的ないつもとは違い雄だった。
 香穂子はどうして吉羅が怒っているのかが解らない。
 吉羅は、香穂子を抱えたまま、寝室へと向かう。
 どのような仕置であるかは、香穂子にも解る。
 思わず震えてしまうのに、何処か逃れられない自分がいた。
 ベッドに投げられて、そのまま組み敷かれてしまう。
 身動きが取れない。
 本当はこんなことをしてはいけないことぐらい解っているというのに、本能がそうさせてはくれない。
 香穂子はもがきながらも、吉羅からは上手く逃げられやしないし、逃げない自分を知っていた。
「…止めて下さい…」
「…止めない…。君には私をしっかりと刻み付けておかなければならないからね」
 吉羅はいつもとは違う、乱暴な愛撫をする。
 香穂子の熱い場所に手を伸ばすと、直ぐに潤わせる。
「…私以外の男にこんなに熱くなるな…。私以外の男に脚を開くな…」
 まるで嫉妬をしているかのように吉羅は呟くと、香穂子の熱い場所を激しく愛撫する。
 いつもはとても紳士的だというのに、今日に限ってはかなり激しい。
「…やっ…あっ…!」
 乱暴な激しさは嫌いな癖に、どうしてこんなにも気持ちが良いのだろうかと、香穂子は想う。
 香穂子は、吉羅の危険な指先の愛撫に翻弄されながら、快楽の縁に墜ちて行く。
 いつもの楽園のような愛撫とは違っているのに、どうしてこんなにも感じてしまうのだろうか。
 香穂子はくらくらするのを感じながら、崩れ墜ちるしかなかった。
 いつもよりも早急に、吉羅が胎内に入ってくる。
「…君には私そのものを何度も刻み付けなければならないね…」
「あっ、吉羅さんっ…!」
 吉羅に胎内に入られて、香穂子はハッとする。
 吉羅を直接感じている。
 今まではそんなことはなかったのに、吉羅の熱と形をダイレクトに感じた。
「…あっ…!」
 直接感じているからだろうか。
 それとも、いつもよりも吉羅が乱暴だからだろうか。
 香穂子はいつも以上に快楽を感じている。
 快楽で全身が痺れてしまいそうになった。
 香穂子は吉羅に強くしがみつくと、総てを委ねる。
 熱い吉羅自身を胎内の奥深く激しくに感じながら、香穂子は意識を飛ばした。

 吉羅に激しく愛されてから、毎晩のように強く求められる。
 吉羅の激しさに、香穂子は毎晩、意識を飛ばしていた。
 直に吉羅を感じて抱かれるのは、愛されていると錯覚をするような行為だと、香穂子は思わずにはいられなかった。
 相変わらず吉羅はあの美しい女性と逢っているから、香穂子は本命ではないのだろうと思う。
 こんな惨めな気分になる生活は、早く止めなければならない。
 なのに止められないのは、それだけ愛しているから未練があるということなのだろう。
 だが、解っている。
 吉羅とはもう離れなければならないことを。
 きちんと精算しなければ、苦しいだけなのだ。
 香穂子は吉羅と離れるために、先ずは大学に相談することにした。
 再び入寮が出来るだろうかと。
 香穂子が使っていた部屋はそのまま使えると知って、再び手続きをとることにした。
 そして奨学金については、審査があるが申し込みが出来ることを知り、こちらも手続きをする。
 これで元の生活に戻る術が出来た。
 手続きが上手くいっているというのに、どうしても蟠りが残る。
 ひとりでカフェテリアで紅茶を飲もうとしてテラスでぼんやりとする。
 最近は本当にぼんやりとばかりする。
 躰は怠くて香穂子は、外を見て溜め息を吐いていた。
「日野、どうした?」
 心配そうな声に、香穂子は顔をあげる。
 そこには金澤がいた。



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