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ワンピースを見た時に、一目で香穂子に似合うと思った。 実際にワンピース姿を見ると、想像以上に美しいことが解る。 本当によく似合っている。 その姿を見ているだけで、幸せな幸福に満たされた。 まるで春に現われた妖精のようだ。 いつまでも眺めていたいと思うぐらいに、香穂子は本当に綺麗だった。 じっと見つめていると、香穂子はほんのりと不安そうに見つめる。 「…暁彦さん…?」 「行こうか」 「はい」 吉羅はしっかりと香穂子の手を取ると、握り締める。 本当に綺麗でどうして良いのかが解らないぐらいだ。 このまま手をしっかりと握り締めて、離さないようにしなければ。 そうしなければ吉羅が不安に思ってしまう。 香穂子がすり抜けて何処かに行ってしまうのではないかと思ったから。 綺麗だと、似合っていると言いたいのに、吉羅は上手く言えない。 素直に香穂子に言えたら良いのにと、思わずにはいられなかった。 車に乗り込み、パーティに向かう。 車の中で、吉羅は香穂子に気遣ってくる。 ずっと離さないとばかりに、手を握り締めてきた。 その力強さに、香穂子はときめきと安堵を感じずにはいられない。 だが、吉羅の横顔は、相変わらず冷たいものだった。 吉羅の気持ちはどうなのだろうか。 不安になってしまう。 香穂子は吉羅の想いが解らなくて、迷子になっているような気分だった。 車から降りる時も、吉羅はエスコートをしてくれる。 それはとても嬉しい。 香穂子にとっては、何よりもの行為だ。 「有り難うございます」 「今日は君のお披露目ではあるが…、余り無理をしないように。気分が悪ければ、いつでも言うんだ」 「有り難うございます」 吉羅に手を繋いで貰いながら、香穂子は甘い幸せを味わう。 “お披露目”ということで緊張してしまうが、吉羅がそばにいるから何とか頑張れるような気がした。 パーティ会場に入り、香穂子は息を呑む。 度々吉羅と一緒にいるところを目撃した、あの美しい女性がいた。 本当に綺麗だ。 カジュアルパーティだとはいえ、きちんと綺麗にしている。 カジュアルと言っても、品が良いカジュアルだ。 「…まあ、暁彦さんと可愛らしい方は、奥様?」 品のある微笑みは天使のようで、香穂子は思わず息を呑んだ。 この世界にこれほど綺麗なひとがいるのかと思うほどに綺麗だ。 吉羅と同じ世界に住んでいる女性。 太刀打ち出来ないと、香穂子は思った。 そばに来ると、あの妖艶な香水の匂いがする。 吉羅の本命だということが、間接的ではあるが思い知らされた。 美しいひと。 何処を取っても、香穂子よりも上をいく女性だ。 こころが萎縮するのを感じた。 「…本当に可愛らしい方ですね…。暁彦さんが選んだ方ですから、間違ないわ。幼馴染みとして、あなたたちに祝福を送ります」 なんて人間的に出来ている女性なのだろうかと、香穂子は思った。 それに比べて自分は…。 考えるだけで泣きたくなる。 「じゃあ、また…」 フッと笑った女性の笑みは妖艶過ぎて、香穂子は益々萎縮した。 香穂子はふと吉羅の横顔を見る。 冷酷な横顔のままだ。 だが瞳はこの上なく優しい。 恐らくは彼女のことを深く愛しているのだろう。 幼馴染み。 吉羅と育んだ素晴らしい時間は、ふたりにとってはかけがえのないものなのだろう。 香穂子は孤独になったような気分だった。 吉羅から離れてひとりになりたい。 手を繋いでいるのに、ひとりに思える気分から離れたかった。 だが、手をさり気なく離そうとしても、吉羅は香穂子をいっこうに離してくれなかった。 吉羅とふたりで手を繋いだままで、様々な挨拶をする。 こんなにも吉羅が手を離さないなんて、今まではなかった。 にこやかに微笑みながら、吉羅とふたりで挨拶を繰り返す。 ようやく挨拶を終えて、吉羅が椅子に座らせてくれた。 「無理をさせて申し訳がなかったね」 「…大丈夫です」 「料理を取ってこよう。少し食べながら休憩をすると良い」 「はい」 香穂子がひとりになると、ほんのりと棘のある言葉が聞こえてきた。 それは狙っているかのようで、痛かった。 「吉羅さんがまさかあのように若い女性と結婚されるとは、思いませんでしたわ。旧華族の出身である銀行 頭取のお嬢さんとご結婚するとばかり思っていましたわ。同じ旧華族の家柄ですからね…」 「おふたりは幼馴染みですし、いつもお似合いでしたのに…。まさか、あんな若い女性とは…!」 「うちの娘と同じ大学ですのよ…。何でも妊娠したから結婚したとかで…」 「まあ! 吉羅さんは罠にでもかかったんでしょうね!」 気にしてはならない。 そんなことは解っている。 だが動揺してしまうのは事実だ。 香穂子が今にも泣きそうな気分でいると、吉羅が戻ってきた。 「…私の妻を動揺させるのは止めて頂きたい」 噂話に花を咲かせていた女性たちに、吉羅はピシャリと言い放った。 吉羅の気遣いが嬉しくて、香穂子は涙を滲ませた笑顔になる。 「…有り難うございます」 吉羅に声を掛けると、吉羅はいつもと同じクールな表情になる。 「有り難うございます…。本当に…」 「胎教に悪いことはしたくはないからね。君にはかけがえのない子どもがいるんだから…」 「…はい…」 子どもが最優先。 それはしょうがない。 子どもが出来なければ、ふたりが結婚することはなかったのだから。 こころから愛している。 だから愛されたい。 そう思うのは贅沢なのだろうか。 香穂子は吉羅を見上げて静かに微笑んだ。 「お気遣い有り難うございます…」 痛い一言だと思った。 吉羅は香穂子をなるべく守るように着いてくれている。 ふと吉羅の横顔を見ていると、視線であの女性を追っているのが解った。 未練があるというよりは、本命は君だからと言っているような気がしてならない。 同じ世界にいるふたりが愛し合っていて、何も障害がないのに結婚出来ないなんて切ないと、香穂子は思った。 あの女性は、別の男性と本当に幸せそうに笑っている。 あの笑顔は切ない気持ちの裏返しではないかと、思わずにはいられなかった。 「どうしたのかね? 挨拶は一通り済んだから帰っても良いのだが」 「大丈夫ですよ」 香穂子が作り笑顔を浮かべると、吉羅は更に心配そうな表情を浮かべていた。 ふとじっとしていると、お腹がチクチクするのを感じた。 赤ちゃんに何かあるのだろうかと、不安になってしまう。 だが、少し種類の違う痛みのように思える。 不安になり過ぎたせいの胃の痛みなのだろうか。 気のせいだ。 香穂子は深呼吸をして何とか痛みをやり過ごそうとした。 大丈夫だ。 きっと大丈夫。 気のせいに違いないと、香穂子は自分自身に言い聞かせる。 だが、痛みはかなりひどくなってくる。 明らかに赤ちゃんがいる場所ではないところだ。 差し込むような痛みに冷や汗が出てきた。 それでも大丈夫だと思いたい。 大切な大切な子どもに影響があるようなことは、極力避けたい。 「香穂子…具合が悪いんではないかね…?」 「…だ、大丈夫…です…」 差し込むような痛みに、香穂子は耐えきられなくなる。 「香穂子…?」 息が出来ないぐらいに痛くて苦しい。 香穂子はそのまま意識が遠くなっていく。 「…香穂子…っ!」 吉羅が名前を読んでいるのを遠くで聞きながら、香穂子はその場で崩れ落ちた。 |