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再び暮らすようになってから、香穂子の透明感のある美しさに磨きがかかっている。どんな美女でも太刀打ち出来ない美しさだと、吉羅は思う。 本当に美しい。 だからこそ、またいなくなってしまいそうな危惧に襲われる。 病気が良くなれば、香穂子は今度こそ吉羅の前からいなくなるのではないかと思う。 そんな雰囲気を漂わせているのだ。 香穂子を閉じ込めている以上、息が詰まりそうになっていることは解っている。 だが、それでも自由にすることを認められない程に、吉羅は香穂子を放せなかった。 消えてしまったことへのトラウマが消せないのかもしれない。 香穂子をもう喪いたくはないのだ。 吉羅は、香穂子が見送ってくれる様子をじっと見つめながら、このまま抱き締めてしまいたくなる。 「君が食べたい物は伝えておく。だから今日もゆっくりするんだ。今日は早く帰れるから、何か見たいDVDや聞きたいCD、読みたい雑誌や本はないかね?」 「…だったら…、月刊クラシックが出ますから、それを読みたいです」 「解った。買って帰ろう」 「有り難うございます」 香穂子が子どものような純粋な笑みを浮かべるものだから、吉羅は愛しさに歯止めが掛からなくなり、抱き締めてしまう。 「あ、あのっ、吉羅さん」 相変わらず初々しい反応に、吉羅はこころを温かくする。 こんなにも癒してくれる存在は他にないのだから。 「楽しみにしてくれたまえ。では、行ってくる」 「…はい。行ってらっしゃい…」 香穂子が小さく手を振ってくれるのが嬉しい。 吉羅はほんのりと温かな気分で仕事へと向かった。 吉羅の部屋は完全防音がされているのを知っているから、香穂子はヴァイオリンの練習を少しではあるが再開した。 ヴァイオリンの音色は、こころを穏やかに満たしてくれるのが嬉しい。 吉羅と一緒にいた時は、時々大学まで送って貰っていたのを思い出していた。 思えばベストな状況でサポートをしてくれていた。 今もそうだ。 愛の言葉はなくても、吉羅は吉羅なりに気遣ってくれていた。 そう思うと、離れてしまうことはないのではないかとも思う。 毎日、気持ちが揺れている。 それは愛するが故と、恐れからなのだろう。 傷つくことを恐れているから。再びこのような仕打ちは受けたくはないから。 だから、全面的に幸せになる方向でしか、吉羅と共にいることは選択出来ないでいた。 時間がぽっかりあき、無理も出来ないので、香穂子は何気なくテレビを見ていた。 よくあるゴシップを扱った番組だ。流して見ようとして、香穂子は目を疑う。 昨日行われた、財界のチャリティーパーティの様子が映され、そこには吉羅が美しい女性と仲睦まじい雰囲気で、一瞬ではあるが映し出されていた。 昨日、吉羅が遅かったのは、こういうことなのだ。 吉羅は綺麗な女性とあんなにも親密な雰囲気を漂わせて、パーティとはいえ一緒にいたのだ。 「…吉羅さん…」 結婚したとしても、こんなにも切ない想いをしなければならないのだろうか。 公式な場所に、ああして華やいで現れるのは無理だとでも思っているのだろう。 今は病気だから、公然の前には姿をあらわすわけにはいかない。 相手を変えるのであれば、せめて、あんなにも仲睦まじそうな態度を見せつけないで欲しかった。 見ていないからとでも思っていたのだろうか。それならば余りにも切ない。 吉羅は結婚した後は後悔するかもしれない。 そんなことを目の当たりにはしたくなかった。 香穂子は唇を噛み締める。 病気が治る見通しが立ったら、吉羅にちゃんと伝えた上で出て行こう。 強く決めると、香穂子は唇を噛み締めていた。 吉羅は、ただ香穂子の喜ぶ顔を見たい。 その一心で、欲しがっていた雑誌と、プリンを買って帰った。 香穂子の笑顔が、どれ程吉羅に威力を与えているかを、きっと本人は気付いていないはずだ。 あの笑顔が永久に欲しい。 それには結婚することが、一番良い方法のように思えた。 吉羅が家に帰ると、香穂子がいつも通りに迎えに出てくれる。 「おかえりなさい、吉羅さん」 「君へのおみやげだ」 吉羅が差し出した雑誌とプリンを受け取ると、香穂子は儚さが滲んでいるのに、最高にチャーミングな笑顔を向けてきた。 「嬉しいです。有り難うございます」 香穂子は、ギュッとプレゼントを抱き締めると、吉羅を見上げた。 「嬉しいです。本当に有り難うございます。大切に読みますね」 香穂子は早速雑誌を開けて読み耽る。 楽しくも幸せな横顔に、吉羅は思わず微笑んだ。 こうして香穂子が幸せそうな顔をしているだけで、吉羅には幸せでしょうがない。 この幸せそうに笑う横顔を、吉羅は守っていかなければならないと強く思った。 不意に吉羅の携帯が鳴り響き、素早く出る。 「…ああ。君か…? この週末に出掛ける? それは出来ないよ。用があってね…」 吉羅は、電話の相手である女にキッパリと断りを入れる。 週末は、香穂子のそばにいようと考えていたから、どんな誘いも受ける気はなかった。 「…じゃ」 吉羅は無情にも電話を切ってしまうと、香穂子の様子を見た。 まだクラシック雑誌を熱心に読んでいる。その熱心ぶりが何だか可愛くてしょうがなかった。 吉羅はそっと見守るように見つめる。 いつまでもこうしていれたら、こんなに良いことはないと思いながら、吉羅はいつまでも見つめていた。 穏やかな日々が続く。 吉羅は、香穂子を以前よりも大切にしていた。 病気ゆえにはあるかもしれないが、それでも優しくしてくれるのは嬉しかった。 吉羅は以前のようによく仕事やパーティで遅くなっていたが、それでも朝にはちゃんと家にいてくれる。 真夜中に吉羅の気配がして、香穂子は意識を少しだけ戻す。 吉羅に気付かれないようにそっとうっすら目を開けると、じっと香穂子の様子を見ている。暗くて見えない 筈なのに、どこか男の妖艶さを感じる。 香穂子はドキドキする余りに、唇と肌を震わせていた。 「香穂子…」 吉羅は名前を呼ぶと、そっと頬にキスをくれる。 ほんのりと白百合の香水の香りがした。 吉羅が立ち去った後、香穂子は大きく目を開く。 きっとまた綺麗な女性と一緒だったのだろう。 香穂子はいつまでこんな想いを抱かなければならないかと思いながら、再び目を閉じた。 眠ることは難しかった。 吉羅には他に女性がいる。 だから病院での検査が上手くいけば、香穂子は出て行こう。 そう決めて病院へと向かう。 横にいる吉羅はサングラスを掛けていて表情が見えない。 香穂子は、ようやく解放してあげられるからと、こころのなかで囁いていた。 今日、香穂子は朝から消えてしまうのではないかと思うほどに綺麗だった。 ここまで清らかな女には、今まで出会ったことはない。 本当に言い尽くされた言葉ではあるが、息を呑むほどに美しい。 これほどまでに美しいひとに、吉羅は出会ったことがないと思う。 パーツを見れば、普通よりも少しだけ綺麗なぐらいだ。 だが持っている豊かな感性が、香穂子を美しく見せている。 今日はそれが一際輝いて見えた。 こんなにも美しい瞬間はないぐらいだ。 だからこそ。 香穂子が何処かに行ってしまうかもしれない不安が、吉羅のこころに影を落す。 放したくはなかった。 |