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ゼリーを食べ、風邪薬を飲んで、香穂子はようやく眠りに落ちた。 顔色を見ると、本当に苦しそうに見える。 風邪薬が効かなければ、往診してくれる医師を呼ぼうと思っている。 香穂子を余り苦しい気分にさせたくはなかった。 吉羅は香穂子が眠りに墜ちているのを確認した後、そのそばで仕事をすることにした。 香穂子の様子をきちんと把握をしたかったからだ。 香穂子の呼吸は最初は苦しげだったが、段々と穏やかなものになっていく。 吉羅はそれに安心をしながら、仕事を続けた。 いつの間にか眠ってしまっていた。 熱があってふわふわしているのに、とても心地が好い夢だった。 誰かに見守られている。 そのような温かさすら感じる。 このまま眠っていれば、風邪も快適に良くなるのではないかとぼんやりと考えながら、眠りを貪っていた。 お腹が空いて、目が覚める。 うっすらと目を開けると、吉羅が横で仕事をしているのが見えた。 吉羅に見守られている。 そう感じるだけで嬉しい。 家族なのか、それとも恋人なのか。 考えながらも答えなんて解っていた。 家族として、吉羅は香穂子を見守っているのだ。 まともに考えればそれしかない。 不意に吉羅がこちらを見た。 「目が覚めたんだね」 「はい…。先程よりも気分はかなりマシですよ…」 香穂子が何とか笑顔で言うと、吉羅がまた顔を近付けてきた。 またドキドキしてしまう。 吉羅に近付かれるだけで、心臓が踊り狂った。 吉羅は香穂子の額に再びつけて来る。 「先程よりは熱は下がっているようだね」 「…はい」 「茶粥でも作ろう。消化が良いものが良いだろう」 吉羅はあくまで香穂子を義務的に家族として面倒を見てくれているのは感謝しなければならないが、それは苦しかった。 香穂子はつい暗い気分になる。 俯くと、吉羅は顔を覗き込む。 「どうしたのかね?」 「…吉羅さんは…、私のことを…家族としか思っていない…んですよね…?」 香穂子が熱と切なさで熱く潤んだ瞳を向けて、じっと見つめた。 「…あの時のことなんて…、忘れて…」 吉羅が切れるような瞳で見つめてくる。 その瞳が冴え渡った月のように輝いていて、香穂子は思わず息を呑んだ。 余りに綺麗で香穂子は思わず引き込まれてしまう。 「…忘れるわけがない…」 「…え…?」 吉羅は香穂子の手を握り締めると、その胸に抱き寄せてきた。 「…あっ…!」 こんなに力強く抱き締められるなんて思ってもみなかった。 力強くて息苦しいのに幸せでしょうがない。 熱い涙が零れ落ちてくる。 夢だと思い込もうとした。 一目逢った瞬間に、運命を感じて恋に落ちるなんて、そんなことは物語の中でしか起こらないと思っていた。 「…私が忘れると思っていたか…?」 吉羅の低くよく通る甘い声に、香穂子はうっとりと酔っ払ってしまう。 吉羅はゆっくりと顔を近付けてきた。 初めて出会った時よりも更なるときめきを感じて、何も見えなくなる。 「…好きです…。吉羅さんが…」 想いを告げなければ心が爆発してしまうような気がして、香穂子は呟いた。 「…香穂子…、もう“家族ごっこ”は終わりだ…」 吉羅は掠れた艶のある声で呟くと、香穂子に唇を重ねてきた。 深く、深く唇を重ねられて、抱き締められる。 こんなにも幸せなことは、他にないのではないかと香穂子は思った。 吉羅にキスをされて抱き締められている。 それだけで幸せだ。 何度もキスをした後で、吉羅は香穂子の口腔内に舌を侵入させて激しいキスを繰り返す。 どうして呼吸をして良いのかも分からなくて、香穂子は息を激しく乱した。 もう少しで息がおかしくなってしまう。 ギリギリのところで吉羅が唇を離してきた。 香穂子はぼんやりとした頭で吉羅を見る。 それが熱のせいなのか、それとも官能的なキスのせいなのかは分からない。 ただ熱くてぼんやりとしていた。 「…私は出会った時から君を離す気なんて、さらさらないよ…」 「…私も離れる気はさらさらありませんでした」 香穂子が喜びと官能を滲ませた笑顔を浮かべると、吉羅は抱き締めてきた。 「…香穂子、これから私たちの間には色々あるだろう…。だが、その総てを乗り越えていけると、私は信じているよ」 「はい、私もそう信じます」 色々と乗り越えなければならないことは、沢山ある。 叔父と姪。 理事長と生徒…。 総ては禁忌な恋であることを示している。 それでも恋をしたかった。 それでも乗り越えたいと思った。 それぐらい恋がしたかった。 運命の相手。 大袈裟ではなく、本当にそう思える。 本物の相手に出会えて、香穂子は幸せだと思った。 「…私…、どんな障害でも乗り越えて、吉羅さんが大好きだと言える自信がありますから…」 「私もだ。理事長と生徒という障害も時間が経てばなくなる…」 「そうですね…」 だが、“叔父と姪”というところは、乗り越えることは出来ない。 香穂子が深刻な気分でふと俯くと、吉羅は髪を撫でてくれた。 「…私たちは血は繋がっていないから、本当の意味での足枷はない…」 「…え…?」 香穂子は驚いて吉羅を見つめる。 血が繋がらないなんて、どういうことなのだろうか。 「…それは…」 「私と君のお母さんは義理の姉弟にあたるんだよ。私の母と君のお母さんの父親が一時期結婚していたことがあってね…。それで私たちは姉弟なんだよ」 初めて聞いた話に、香穂子は驚かずにはいられなかった。 「…じゃあ…私たちは…血は繋がってはいないってこと…?」 「そうだ。私たちは血は繋がってはいないよ。だが、私が学院の理事であることと、家には家政婦さんも通っているところから、君のお母さんは安心して私に君を預けたんだよ。私も…君でなければ…、普通に接してしただろうね。“姪”として」 「…あ…」 本当の意味で家族じゃない。 血の繋がりがない。 それがこんなにも嬉しいなんて、香穂子は思いもしなかった。 禁忌じゃない。 それがどれほど救われるかと思わずにはいられない。 「…良かったです…」 「ああ…。だが…、私たちが信頼しているひとを裏切るのは違いないかもしれない…」 「…そう…ですね…」 本当に吉羅の言う通りだ。 両親は吉羅と香穂子を信頼して預けてくれたのだから、それを裏切ることになってしまうのだ。 それだけは辛い。 だが、それを乗り越えたいと思うぐらいに、香穂子は吉羅に恋をしてしまった。 恐らくは吉羅も同じだろう。 香穂子が色々と百面相で考えごとをした後で、吉羅に笑顔を向けると、フッと柔らかい笑みを浮かべてくる。 「これから君には色々と成長して貰わなければならないね」 吉羅の何処か意味深な笑みが、香穂子をあたふたとさせる。 「あ、あのっ! だ、だって、その、私!」 「これからじっくりとステップアップをしていって貰わなければならないね。先ずは、キスから上手くなって貰わなければ…」 「あ、吉…っ!」 吉羅は意地が悪いのに魅力的な笑みを浮かべると、香穂子の唇を奪ってくる。 何度も何度もキスをされて、次第に香穂子の頭がぼんやりとしてくる。 数えきられないキスをしたところで、ようやき唇を離された。 「キスは毎日すれば慣れるだろうから、これから慣れて貰わなければならないね」 吉羅のからかうような一言に、香穂子ははにかむことしか出来なかった。 |