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現れたのは、ゴージャス系の雑誌でトップモデルを務めている女性だ。 本当に綺麗で、ついうっとりと見つめてしまう。 キラキラと輝くように美しい女性で、吉羅だけをじっと見つめていた。 本当に綺麗だ。 吉羅の横に立てば誰よりもお似合いのふたりになるだろう。 生憎、香穂子には持ち合わせてはいないものを持っているような気がした。 本当に綺麗だ。 吉羅のようなセレブリティと噂になっていたことを、香穂子は耳にしたことがあった。 ひょっとしてその相手は、本当に吉羅だったかもしれない。 香穂子はふたりを見つめながら、そう感じずにはいられなかった。 「…暁彦さんもこちらに見えていたんですね。とっても嬉しいです」 女性はちらりと香穂子を見る。まるで値踏みでもしているようだった。 それが気に入らない。 嫉妬しているからかもしれない。 きちんと女性を受け入れることが出来るほど、人間が出来ていないと、香穂子は反省するしかなかった。 「また、ご一緒しましょう…。近いうちに。連絡をお待ちしていますから」 相手は女性と一緒にいるのに、それに関わらず声を掛ける。恐らくはそれだけ自分の美しさに自信があるのだろうと、香穂子は思った。 吉羅をちらりと見る。 いつも以上にクールだ。 彼女の視線を撥ね付けているのが解る。 「…機会があれば…」 吉羅はさらりと言うと、女はフッと妖艶に微笑んだ。 「ええ。ではまた」 女は背筋を伸ばしてとても綺麗に歩いていく。 香穂子はその後ろ姿を見つめながら、苦い敗北感を味わった。 再び食事に戻ったが、先ほどのようなほわほわとした幸せは得られない。 あの女性と吉羅の関係ばかりを考えてしまう。 解っている。 そんなことを考えても無駄なことぐらいは。 香穂子は深呼吸をすると、自分の気持ちを落ち着かせるために踏ん張るしかなかった。 吉羅にはとてもお似合いの女性だ。 これ以上ないほどに綺麗に女性だ。 自分にはないものを沢山持っている美しい女性。 香穂子は益々卑屈な気分になっていくのを感じていた。 香穂子の食事のスピードが急に下がるのを見兼ねたのか、吉羅が声を掛けて来た。 「どうしたのかね? 気分が悪いのかね?」 「…大丈夫です。…あ、あの」 訊いてはいけないことぐらい解ってはいるが、つい訊かずにはいられなくなる。 「…先ほど方は本当に綺麗な方ですね…」 「ああ。モデルだからね」 吉羅の言葉はあくまでさらりとしている。 解っている。 気にしてはいけないことぐらいは。 なのに嫉妬してしまう。 それが辛かった。 「…お付き合い…されていたんですか…?」 香穂子がストレートに訊くと、吉羅は軽く溜め息を吐いた。 「それが何か君と関係があるというのかね?」 吉羅の言葉に香穂子は唇を噛んだ。 「いいえ…ありませんね…。ごめんなさい」 香穂子はそれだけを言うと、黙々と食事をする。 今は何も言えなかった。 ここで癇癪を起こしてもしょうがないと、充分に解っていたから。 食事を済ませる頃には、あれは過去のことだと思えるようになった。 だが、ロビーで吉羅を待っていると、女性と吉羅が親しそうに話しているのが見えた。 ふたりは本当に親密そうだ。 それを思うと切なくて苦しかった。 ふたりで手をつないでミッドタウンを横切るように歩く。 心地良い風を受けながら、本当に気持ちが良かった。 「今日は有り難うございます。ご馳走さまでした」 「途中で、余り食欲がなかったようだが、大丈夫かね?」 「大丈夫です。きちんと食べられましたし」 「なら…良いのだがね…」 吉羅は香穂子の手をギュッと握り締めてくる。 まるで放さないと囁いているかのようだ。 「香穂子、君は気になることでもあるのだろう?」 「…何でもありません…」 香穂子が俯いていると、吉羅は更に心配そうに覗き込んでくる。 「何かあるなら、本当に言いなさい。気分が優れないとかはないのかね?」 「…躰は大丈夫だと思います。ただ…」 香穂子は大きな深呼吸をすると、吉羅を見た。 「本当の意味で、今まで恋をしたことがなかったから…、…私…、不安なんです…。あなたが誰かを好きになって、私の元から去ってしまうのが…。…だから…、私…」 香穂子は唇を軽く噛むと、また俯く。 「…あなたがあの綺麗なひとと…、…一緒になって…私から去ってしまったらどうしようかと…」 香穂子は惨めな気分になりながら呟く。 だが次の瞬間、吉羅に強く抱き締められた。 「…君を…見限るなんて有り得ないよ…。私こそ、君に見限られてしまうかもしれないのにね…」 吉羅は低い声で呟くと、香穂子を宥めるように背中を柔らかく撫でてくれる。 「…吉羅さん…」 吉羅の言葉に、香穂子の心は、締め付けられるような切ないときめきに支配された。 「…吉羅さん…」 「…過去は君に余り知られたくないんだ…。今は君だけを愛しているから…」 「吉羅さん…」 吉羅は香穂子の頬をそっと持ち上げて顔を近付けて来る。 「愛しているよ…。君だけを誰よりも」 「吉羅さん…。私もあなただけを愛しています…」 ふたりで見つめあった後、唇を重ね合う。 切ない甘さに、香穂子は胸が痛くなる。 もうすこしだけで良いから、こうしていられたら良いのに。 別れが迫り来ることを、香穂子は感じていた。 お互いの温もりを確かめ合うように愛を交わした後で、吉羅は香穂子を柔らかく抱き締めてくれた。 「君に誤解を生んでしまうようなことは、慎まなければならないね…。過去は消せやしないが…、今は君だけだから…」 「…吉羅さん…」 香穂子は、吉羅の誠実な愛情を感じて、柔らかな表情になる。 「…私も嫉妬してしまうなんてダメですね…。今が大切なのに…」 香穂子は本当にそう思う。 恋の初心者であるから、どうして良いのかが解らないのだ。 「ゆっくりと育てて行こうか…。私たちの恋を…」 「そうですね…、少しだけスピードはあげなければなりませんが…。私はもたもたしてはいられないですから…」 「大丈夫だ。君はずっと私のそばにいるんだから、良い愛を育てて行こう」 「…吉羅さん…」 香穂子は、吉羅の躰を抱き締めると、もうこれ以上は何も言えなかった。 そのまま目を閉じる。 吉羅には早く他の良い女性を見つけて貰わなければならないことは解っている。 だが、気持ちはそれを許してはくれない。 解っている。 吉羅にはまだまだ長い人生が残されていて、自分には余り残されていないことを。 吉羅に素晴らしい本当の意味での人生の伴侶が見つかればと、祈らなければならないのに、そうは出来ない自分がいた。 いつの間にか眠っていたらしい。 真夜中に目が覚めて、吉羅は先ずは香穂子の吐息を確かめる。 きちんと呼吸をしていることを確かめて、ホッとした。 香穂子を失いたくはない。 香穂子を離したくはない。 どうか香穂子の病が綺麗に消えてしまうようにと、祈らずにはいられなかった。 香穂子をギュッと抱き締める。 また痩せてしまったような気がする。 香穂子がか細く弱って行くのが、吉羅は一番嫌だった。 今日の香穂子の言動を思い起こす。 過去は色々とあり、とてもではないが香穂子に話せるようなものではない。 知って欲しくない。 それで香穂子がいなくなることが不安で、吉羅はあんなことを言ったのだ。 |