24
香穂子のために“ジューンブライド”を是非にでも経験させたかった。 そのためにも吉羅は細々とした準備に追われる。 香穂子には、出来る限り“ジューンブライド”を経験させたかった。 そのためにも、吉羅は、金澤や天羽としっかりと連携を取っている。 ふたりとの連絡もかなり取っていた。 香穂子とふたりで甘い時間を過ごしている時、不意に携帯電話が鳴る。 天羽だ。 吉羅はこっそりとリビングから抜け出す。 「はい吉羅です」 「天羽です。招待状を作りました。後、ウェディングドレスの手配をしないといけませんが、香穂子の好きそうなデザインをさるげなく見せますね」 「有り難う…。だが、香穂子には気に入ったデザインをオーダーする形にしたいんだよ。彼女には最高の式をプレゼントしたいんだよ」 吉羅は素直に自分の気持ちを言う。すると電話の向こうから、天羽が啜り泣く声が聞こえた。 「…香穂子は幸せものだよ…」 香穂子の友人にこのように言って貰って、吉羅は心から嬉しいと感じた。 「香穂子をこちらから誘うようにしますね。オーダーだったら、採寸も必要でしょうから」 「頼みました」 吉羅はそれだけを言うと、電話を切った。 香穂子のところに戻ろうとして、また電話が鳴り響く。 今度は金澤だ。 「吉羅、朗報だ。日野ゆかりのメンバーに声を掛けたら、アンサンブルに参加して良いと、皆言ってくれてな。アンサンブルのほうは手配が出来たから心配するな」 「有り難うございます、金澤さん」 吉羅は誰もが香穂子のために奔走してくれているのが、とても嬉しく思う。 これも香穂子の人徳だろうと思わずにはいられなかった。 「有り難うございます、金澤さん。細かい手配は天羽君がしてくれています。本当に助かります」 「…いや…。俺も天羽も、日野のために出来ることは、本当にたかが知れているんだよ。だから、自分が出 来る範囲内で頑張らなければならんと思っているだけだ。あいつには何かしてやりたいんだよ…」 「金澤さん…」 改めて香穂子はなんて幸せなのだろうかと思う。 だが、それは本人の優しく前向きな気質によるものだと、吉羅は強く感じていた。 電話を終えてリビングに戻ると、香穂子がサッと吉羅から目を逸らす。 ずっとこちらを見ているのは解ってはいたが、宥めるような言葉は、生憎、見つからなかった。 当然だ。後ろ暗いことなど、何もしてはいないのだから。 吉羅は深呼吸をすると、香穂子のそばに何事もないように座る。 最高のサプライズのための隠し事なのだから、しょうがないと思っていた。 最近、吉羅がコソコソしている。 自分と暮らしていながら、他の女性と綿密に連絡を取り合っているのだろうか。 しょうがないとは思う。 一年後にはここには存在することが出来ないのだから。 出来れば吉羅の傷は最小限のほうが良い。 来たるべき日が来た時には、吉羅を慰めてくれる存在は必要なのだから。 そのためにも、これぐらいのことは容認しなければならない。 それはしかたがないと思っている。 なのに、どうしてこんなにも胸が痛いのだろうかと、香穂子は思わずにはいられない。 いまわのきわになって、愛する男性を束縛したくはないというのに。 それなのに胸が痛いほどに苦しい。 だが、今は何も訊けなかった。 もう少しして気持ちが落ち着けば、もしかしたら聞き出すことは出来るのかもしれないが、それをしたところで、どうにもならないことぐらいは、香穂子が一番よく解っていた。 「…吉羅さん…」 香穂子はそのまなざしが曇っていないかを確かめるために、敢えて吉羅に視線を向ける。 「何かね?」 香穂子の瞳の中を覗き込む吉羅の瞳は、一片の曇りもなく、また澱んでもいなかった。 本当に綺麗な瞳だ。 こんな瞳をしている吉羅が他の女性も大切にしている事実が、他にあるとは思えない。 香穂子は不安な気持ちを、吉羅につい向けてしまう。 「どうしたのかね…?」 優しく深みのある声。香穂子はこころが柔らかく満たされるのを感じる。 たゆたゆとした大きな海のような声だと、香穂子は思わずにはいられなかった。 「…抱き締めて下さい…」 自ら求めて吉羅を見る。 吉羅は優しい笑みを浮かべると、香穂子の全身をしっかりと抱き締めてくれた。 ふわりと吉羅のコロンの香りがする。 その香りを感じながら、甘く切ない感情を、香穂子は抱いていた。 幸せな香り。 だが後どれぐらいこの香りを嗅ぐことが出来るのかと、香穂子は思わずにはいられなかった。 自分からも吉羅を抱き締める。 肉体が滅んでも、魂はずっと吉羅のことを覚えていられるように。 香穂子は心ごと、吉羅を抱き締めた。 やがてふたりは触れるだけのキスを何度か交わした後、官能性が深いキスへと移行してゆく。 ふたりはお互いの熱情を激しく絡ませると、そのまま愛を確かめた。 傍らで眠る香穂子の寝顔を見つめながら、吉羅はその頬を優しく撫でる。 最近、かなり弱っているような気がする。 生命力が感じられなくなってきているのだ。 そんなことは切な過ぎるし、吉羅は認めたくもなかった。 香穂子にはまだまだそばにいて欲しい。 願わくば生涯ずっと。 ここまで愛することが出来る存在は、他にはいないと思っていた。 吉羅は出来ればずっと香穂子とは一緒にいたいと思う。 だからこそずっと一緒に生きて行くためには、手術を受けさせなければならないと考える。 手術の手配が整っていることを、まだ香穂子には話してはいなかった。 ギリギリのところで手術をする予定ではあるから、吉羅話さなければならないと思っていた。 香穂子の理解を得られなければならない。 どのタイミングで話さなければならないか、吉羅は考えあぐねていた。 ふと香穂子が目を開く。 その瞬間は本当に美しい。 「…目が覚めたのかね…?」 吉羅は改めて香穂子をしっかりと抱き締める。すると香穂子も幸せそうに躰をすり寄せてきた。 「…このまま…ずっと一緒にいられたら良い…」 吉羅は思わず本音を口にしてしまう。 香穂子はフッと寂しそうに笑った。 「…出来る限り長くあなたのそばにいたいです…。私の願いはそれだけです…」 「香穂子…」 どうか香穂子がいつまでもこうして腕の中にいてくれるように。 吉羅はそう祈らずにはいられなかった。 最近、吉羅の様子が気になってしょうがない。 何故だかこそこそとしているようにしか、見えないのだ。 香穂子は悶々としながら、大学の帰りに天羽とお茶をすることにした。 場所は近くのカフェだ。 親友と逢うだけで、胸の支えが晴れるような気がした。 悩みをストレートに話すことが出来なくてうじうじとしていると、天羽が他愛のない話をしながら1冊の本をバッグから出した。 「そうだ香穂子、今度さ、結婚式風景を撮影させて貰えることになって、その時のウェディングドレスをどれにするか、今、現場で揉めているんだよ。どのようなドレスが良いかな? 私よりもあなたの意見が良いかなあって思って」 「うん。じゃあ見せて貰って良い?」 「お願い」 香穂子は嬉しくて、カタログを丁寧に捲っては見る。 まるで夢みたいに綺麗で、香穂子の好みそうなドレスばかりだ。 自分が着ることなどないというのに、つい夢を見てしまう。 ウェディングドレス。 それは香穂子にとっては見果てぬ夢だった。 |