25
ウェディングドレスのカタログを見ているだけで、香穂子は蕩けるほどの幸せを感じる。 こんなに幸せなことは他にない。 もし吉羅のために着られるのであれば。 「本当に綺麗だね…。私だったらどれでも着たいよ」 香穂子は素直に自分の気持ちを伝える。 吉羅の為に着ることが出来るウェディングドレスならば、どのようなものでも良かった。 「…だけど…しいて言えば…どれ…?」 天羽が香穂子の表情を伺うように見る。 明確な答えを待っているように見えた。 「…うん、そうだね…」 吉羅と一緒に並んで一番綺麗なウェディングドレスはどれだろうか。 シンプルなのにラインが美しく、しかもヴェールがとても綺麗なウェディングドレスを選ぶ。 「私なら…これかな? これだったら品があってカサブランカのブーケが似合うそうで綺麗だと思うよ」 「これだね? うん、解った、有り難う」 天羽はカタログに入念に印を入れている。 それを見ながら、この美しくウェディングドレスを着て、天羽のカメラに収まる幸運な女性は誰だろうかと、香穂子は思った。 「…綺麗だね…ホントに…」 香穂子はカタログをうっとりとした気分で見つめた。 「有り難う、非常に参考になるよ」 「こちらこそ、楽しい気分にさせて貰えて嬉しいよ。有り難う、菜美」 香穂子が笑みを零すと、天羽も笑ってくれた。 「…そうだ、香穂子、話したいことって何…?」 「…あ、ううん、また、言うよ…」 ここではテンションの低い話なんて出来ない。 香穂子は気を取り直して、デザートを頬張ることにした。 翌日、天羽から報告を聞く為に、吉羅は一緒にランチを取ることにした。 「吉羅さん、香穂子が選んだドレスはこれです。どれも好きだと言っていましたが、このデザインが一番気に入ったみたいです。カサブランカのブーケが似合うと言っていましたから、ブーケはカサブランカでいきましょう」 「そうだね。色々と有り難う」 「いいえ。大切な香穂子の為だから協力するんです。でなかったらあなたなんかに協力しません」 香穂子の一番の親友だからから、天羽は手厳しいことを言う。 それは当然のことだと、吉羅は思っていた。 「…香穂子を傷つけないで下さい。あの子は良い子だから…。あなたのことであの子がかなり傷ついて苦しんでいたことを、私は知っていたから、正直、不安でした。だけど…吉羅さんが香穂子のことを心から思ってくれていることが解ったからこそ、協力することにしたんです」 天羽は芯が通った声で言うと、吉羅を真っ直ぐ見た。 「解っている。香穂子を二度と傷つけやしない」 「なら良いです」 天羽はそう言いながら、ランチで出されたローストビーフを頬張る。 香穂子を幸せな気持ちにしたいのは、吉羅も天羽も一致するところだ。 「吉羅さん、今は休戦です。だけど、香穂子に何かがあった時は、覚えておいて下さい。あなたから香穂子を連れて逃げますから」 「解っているよ」 吉羅はフッと笑いながら頷く。 そうならないように香穂子を傷つけないようにしたい。 吉羅は心の中で強く誓った。 吉羅は天羽と店を出た後、ふたりで今度はパーティを行う予定のレストランへと向かった。 香穂子が大好きで憬れている老舗のレストランだ。 そこで入念な打ち合わせをする。 香穂子が好きそうな料理やケーキ、装飾、そして音楽まで。 細かく打ち合わせをした。 「すまん、遅れた!」 金澤が遅れてやってきて細々とした打ち合わせをする。 本当に急遽入れた予約ではあったが、レストラン側もしっかりと頑張ってくれていた。 インスタントかもしれないが、なるべく素晴らしいパーティにしたくて、入念に話をする。 普通、お祝いごとをするための打ち合わせは楽しいはずなのに、切なくて幸せで、そして胸が痛かった。 最近、吉羅によく似た男と天羽がよく一緒にいると、香穂子は耳にした。 まさかいくら吉羅であっても、恋人の親友に手を出したりはしないだろう。 香穂子はそう思いながらも、かなり不安でしょうがなかった。 吉羅のことを信頼していないわけではないが、好きであるが故に、疑心暗鬼になってしまっていた。 吉羅と天羽がもし、自分に嘘を吐いて裏切っていたとしても、怒ることが出来る立場ではないのだ。 吉羅も天羽もこれから未来があるふたりなのだ。 香穂子のように、間も無く時間が消えてしまうわけではないのだから。 もしそうだとしたら、ちゃんとお祝いをしてあげることが一番だと香穂子は思った。 吉羅と天羽。 自分よりもお似合いのふたりだと香穂子は思った。 ちゃんと割り切ることが出来ていると、自分自身では思っているというのに、本当に割り切っていない自分がいる。 その証拠に認められなくて、吉羅にはダイレクトに訊けなかった。 天羽に再びお茶に誘われて、香穂子は複雑な気分になる。 もし天羽と吉羅が付き合っていたとしたら…。 そんなことばかりをぐるぐると考えてしまう。 「あのさ、この間言っていたウェディングドレスの下見があるんだ。いかない?」 「ウェディングドレス…」 確かにあのウェディングドレスならば見てみたいとも思う。 香穂子はそれを見たくて、つい誘惑に負けてしまいドレスを見に行くことにした。 「ここなんだ」 「へえ…」 香穂子は美しいサロンのような建物にうっとりとしてしまう。 「お借りするのに現物を見るんだけれどね、香穂子には見て貰いたくてね。あ、モデルさんがさ、香穂子と同じサイズだから、出来たら試着もしておいて貰いたいんだ。それでだいたいの雰囲気が解るから。協力して貰っても良い?」 「うん、嬉しいよ。ウェディングドレスなんてなかなか着られるものじゃないから…」 「有り難う! 恩に着るよ。こんなことは香穂子にしか頼めないから」 「大丈夫だよ。どうも有り難う…」 「こちらこそ有り難うだよ」 天羽のさり気ない心遣いが嬉しい。 こんな天羽だからか、香穂子は吉羅の浮気相手だとは認めたくはなかった。 ウェディングドレスを作るサロンに連れて行かれて、香穂子はいきなり細かくボディラインを計られてしまった。 女性のスタッフがかなり細かく香穂子の躰を計っている。 「…あ、あの…」 「…綺麗なボディラインをされていますね」 「有り難うございます…」 香穂子ははにかみながら躰を計って貰えてもらう。 まるでオーダーメイドでウェディングドレスを作って貰うかのようだ。 これには香穂子も驚いた。 たかが試着をするだけではないかと思う。 「あ、あの…、試着だけをする必要なのでしょうか…?」 香穂子が恐る恐る訊くと、デザイナーは甘く笑った。 「必要よ」 デザイナーは香穂子の記録をきっちりと取ると、デザイン画をさらりと紙に描きつけている。 どうしてそのようなことをするのか、香穂子には全く解らなかった。 「ではウェディングドレスを試着して頂いて構わないかしら?」 「え、あの…、良いんですか? そんなことをして…」 「ええ。試着したあなたを見てみたいの」 戸惑う香穂子とは裏腹に、デザイナーはにっこりと微笑む。 それが出来るのならば嬉しいと思いながら、香穂子はウェディングドレスを試着することにした。 ウェディングドレスを着ると、何だか夢見ているような気分になる。 「化粧を直しましょうか」 デザイナーに言われてメイク室に連れて行かれる時、天羽の携帯が鳴る。 「菜美、電話!」 香穂子が手を取り渡そうとした携帯電話のディスプレイには、吉羅の名前が表示されていた。 |