*Limited Lovers*

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 最近、天羽が年上のセレブリティと付き合っているという噂が、香穂子の頭の中でぐるぐると巡る。
 まさか吉羅であるはずはないと、ずっと思い続けていた。
 それなのに、やはり相手は吉羅なのだろうかと思うと、それだけで泣きそうになった。
 香穂子は胸の奥がしゅくしゅくと痛むのを感じながら、それをきちんと訊くことが出来ない。
怖い。
 吉羅と付き合っているのかと、一番の友達にはやはり訊けない。
 結局、電話は切れてしまい、香穂子はそっと天羽の携帯電話を、先ほどあった場所に渡した。
 吉羅と付き合うようなことは、天羽ならしないはずだ。
 そうは思ってはいても、香穂子はかなり不安になってしまった。
 吉羅と天羽がもしそのような関係ならば、祝福をしてあげなければならないのに。
 そこまで人間が出来ていない自分が切なかった。
「さあ、日野さん。綺麗にメイクをしましょうか? あなたなら本当に綺麗に仕上がると思いますから」
「有り難うございます」
 こんな切ない想いを抱いていてはいけないと、香穂子は思う。
 折角、綺麗なウェディングドレス姿になることが出来るのだから。
 ちゃんと笑おう。
 生きているうちにそのようなチャンスなんてずっとないと思っていたのに、天羽のお陰でそのチャンスにも恵ま れたのだから。
 香穂子は笑顔で頷くと、綺麗にメイクをして貰うことにした。
 プロのメイクアップアーティストがやってきて、香穂子に本格的なメイクを施してくれる。
 横に吉羅がいたら良いのにと、思わずにはいられなかった。
 メイクも完成し、香穂子は仮撮影のモデルまで務めることになった。
 天羽は最初の一枚を何故か携帯電話で撮る。
 その後はポラロイドや一眼レフのカメラを使って、丁寧に写真を撮ってくれた。
 真剣に写真を撮っている天羽を見ていると、泣きそうになる。
 有り難いと思う気持ちと、苦しくて切ない気持ちが交差していた。
「香穂子、物凄く綺麗だよ。これだったら、いつでも結婚出来るね」
「もう」
 天羽は香穂子をからかいながら、何枚もポートレートを撮影してくれた。

 撮影が終わり、ウェディングドレスを脱ぐのが、とてももったいない気分になった。
 泣きそうになるぐらいに切ないウェディングドレスだと思う。
 もし、天羽と吉羅が本当に付き合っているのならば、吉羅の横でウェディングドレスを着るのは彼女だ。
 自分が死んだ後なら、そのほうが良いかもしれないと、香穂子は思っていた。

 ちょうどランチを取ろうとしていたところで、天羽からメールが入った。
 香穂子の様子が知りたくて先ほど電話を入れてしまったのだが、恐らくはそのことなのだろうと、吉羅は思った。
 メールを受信すると、そこには息を呑むほどに透き通った美しさを持った香穂子が写っている写真が添えられていた。
 本当に美し過ぎて、吉羅はしばし見惚れてしまう。
 同時に、なんて儚げな美しさなのだろうかと、吉羅は思わずにはいられなかった。
 本当にこのまま透明になって、最期は光の粒となり消えてしまうのではないかと思う。
 それほどまでに香穂子は綺麗だった。
 吉羅はランチを食べるのを忘れてしまうぐらいに、香穂子の美しさに見惚れてしまっていた。
 香穂子のウェディングドレス姿を、隣で見ることが出来るならば、こんなにも嬉しいことはないと思う。
 だが、香穂子の透明過ぎる美しさは、吉羅の不安を煽る。
 一刻も早く、香穂子との結婚式を挙げなければならないと思った。

 着替えた後、香穂子は天羽と一緒に食事へと向かう。
 折角のフレンチのランチだというのに、香穂子は余り食べることが出来なかった。
「香穂子、もっと食べなきゃ駄目だよ?」
「うん…、解っているよ。ね、菜美、好きな人、最近、出来た?」
「まえと同じ。昔から好きな人だよ」
 昔から同じという相手は金澤のことだ。
「もし…ね…、新しいひとを好きになっても…、それが誰でも私は応援するからね」
 香穂子は泣きそうになりながら、素直な気持ちを伝えた。
「余り長い間…応援は出来ないかもしれないけれど…」
「バカッ!」
 いきなり天羽に叱責され、香穂子は躰をびくりと震わせる。
「ごめん」
「…大丈夫」
「とにかく。そんなことを考えないんだよっ! 良いね」
「菜美…」
 天羽の言葉が温かくて、香穂子はまた涙ぐんでしまう。
 こんな友達だから、切なくても許せてしまえるのかもしれないと、香穂子は思った。

 オフィスでの仕事を終えようとしたタイミングで、天羽からメールが届いた。

 香穂子が何だか元気がありません。
 余り体調が良くないのかもしれません、
 迎えに来て下さい。
 銀座のカフェにいます。天羽

 天羽のメールを読んだ吉羅は、直ぐに香穂子を迎えに行く。
 やはり計画は前倒しにしなければならないのだろうか。
 そんな不安が過ぎった。
 暫くすると、吉羅が迎えに来てくれた。
 恐らくは天羽が連絡を入れてくれたのだろう。
 それは有り難い。
 ひょっとして先ほどの電話も、香穂子のことを心配してくれた吉羅が天羽に入れたものなのかもしれない。
「天羽君、今日は有り難う」
「こちらこそ、香穂子にはお世話になって。有り難うと言わなければなりません。香穂子、有り難う。気をつけて帰るんだよ」
「うん、有り難う、菜美」
 香穂子は帰っていく天羽を見送りながら、吉羅とふたりを交互に見る。
 ふたりを信じたかった。

 楽譜が必要になり、香穂子は買い求めることにした。
 通院の帰りだったお陰で、都心の楽器店に行けるのが嬉しい。
 都心だけありかなり種類も抱負で、沢山の楽譜の中から選ぶことが出来るのが嬉しい。
 香穂子は欲しかった楽譜を買い求めた後、休憩を取る為に、カフェに入ることにした。
 カフェに入ったところで、香穂子は見慣れた姿を見掛ける。
 吉羅と天羽だ。
 思わず見間違いと思い何度も見たが、やはり二人には違いなかった。
 やはりあの噂は本当だったのだ。
 香穂子はそのまま休憩を取ることは出来ずに、カフェを後にした。

「吉羅さん、ちゃんと現像をしたから」
「ああ。有り難う」
 吉羅は天羽から、香穂子のウェディングドレス姿の写真を受け取り、それを大切な気分で見た。
「物凄く綺麗だ」
 吉羅が思わず言った一言に、天羽はくすりと笑う。
「吉羅さんは本当に香穂子が好きなんだね。あの子は本当に良い子だし、人を傷付けるようなことを一番嫌がる子だからね。だから、どうか傷付けないで欲しい…」
「解っている」
 吉羅は静かに言うと、香穂子の写真をじっと見つめた。
 本当にかなり美しい。
 香穂子のウェディングドレスを写真ではなく間近で見つめたい。
 さぞかし美しいことだろう。
 吉羅は早く香穂子の美しい姿が見たくてしょうがなかった。
「…あれ…? 香穂子じゃ…」
「…え…?」
 天羽の言葉に吉羅は反応し、辺りを見渡す。
「人違いかな? もういないや」
 天羽はそれだけを言うと、スウィーツを食べ始めた。
 吉羅は香穂子が近くにいるような気がして、キョロキョロと探す。
 だが、香穂子の影は見当たらなかった。
 不意に吉羅の携帯電話が鳴響く。
「はい、吉羅です」
「都築です。お話したいことがありますから、直ぐに病院にお越しください」
「はい、解りました」
 香穂子のことに違いない。
 吉羅は代金だけをテーブルに置くと、直ぐに病院へと向かった。



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