27
吉羅は大学病院に行くと、直ぐに都築の部屋に通された。 「お待ちしていました。今日は香穂子さんの定期検診の日だったんですが…、残念なお知らせがあります…」 「残念な…?」 背筋が凍るように冷たくなるのを感じながら、吉羅は眉根を寄せた。 「香穂子さんの細胞種ですがかなり大きくなっています。このままだと近いうちに血流を阻害し、彼女は死に至ります。発作は…起こせて後二回。二回目の後は命の保障は出来ないかもしれません…。しかも近々起こる可能性がかなり高いです。手術をして頂ける先生には、そのあたりをきちんとお話致しました。手術の手配をかけるように言われました。こちらでいつでも手術をする準備をします。…ですから、吉羅さん、香穂子さんに手術をしなければならないことをお伝え下さい。彼女は、手術をしないという書類を書いて捺印をしています。それを破棄するように説得下さい。その書類は、お渡し致します」 「…解りました」 心臓が冷や汗をかいているのではないかと、吉羅は思う。 香穂子がそれほどまでに深刻な状況だとは。 吉羅は直ぐに書類を受け取ると、頭を下げた。 「先生、お願いがひとつございます。訊いて頂けますか?」 「私が出来ることであれば」 「あの…結婚式に出て頂きたいんです。…私と…香穂子の…。式で何かあった場合…」 吉羅はそこまで言うと、軽く唇を噛む。 「解りました」 皆までは訊かなくても大丈夫だとばかりに、都築は頷いてくれた。 担当医師がいれば、応急処置を施すことが出来るだろうから。 「良い結婚式になると良いですね」 「はい。こちらが招待状になります。宜しくお願いします」 「はい」 都築は招待状を受け取ると、再度、頷いてくれた。 吉羅は今度、香穂子の実家に向かった。 きちんと話をしなければならない。 香穂子と一緒に暮らして良いと認めてくれている、有り難い両親にも了解を得なければならない。 吉羅が訪ねて行くと、香穂子の両親が笑顔で出迎えてくれた。 それが何よりも嬉しい。 「わざわざ有り難うございます」 「こちらこそ時間を取って頂きまして、有り難うございます」 吉羅がしっかりと挨拶をし、頭を下げると、香穂子の両親も頭を下げてくれた。 「有り難うございます」 リビングに通されて、吉羅は早速、話を始める。 「お父さん、お母さん、香穂子さんと正式に結婚させて頂けますでしょうか」 吉羅のストレートな申し出に、香穂子の両親はかなり驚いているようだった。 「…本当によろしいのでしょうか…。香穂子はあのような躰です。いつ、あなたの前から消えてもおかしくはない存在です。それでも香穂子と結婚されたいと思われますか?」 香穂子の両親は、吉羅に切なそうなまなざしを向ける。 「香穂子さんだから良いんです。私は香穂子さん以外の女性とは結婚する気はありませんから…」 「吉羅さん、本当に有り難うございます。本当に…香穂子を大切に思って下さっていることを深く感じています。有り難うございます…。香穂子は短い間しか、吉羅さんと一緒にいられないかもしれません。それでも構わないのですか…?」 香穂子の両親は、結婚を反対しているというよりは、結婚すれば吉羅が不幸になるかもしれないことを、かなり心配してくれていた。 それは有り難いとは思う。 だが、吉羅はずっと香穂子のそばにいたかった。 「香穂子と…、たとえ短い時間だったとしても、一緒にいられただけで、私は幸福だと言い切ることが出来ます」 本当に吉羅にとっては素直な気持ちだった。 香穂子といられればこれ以上の幸福なんて有り得ないのだから。 香穂子の両親は今にも泣きそうになって吉羅を見つめている。 「解りました。香穂子を宜しくお願い致します」 香穂子の両親は吉羅に深々と頭を下げてくる。 その一言に、吉羅もまた「有り難うございます」と、感きわまった挨拶をした。 「式は香穂子には内緒にして下さい。彼女に最高のプレゼントを贈りたいので」 「解りました」 香穂子の両親は涙ぐみながら頷く。 「…まさか…娘の花嫁姿が見られるとは思ってはみなかったですから…」 香穂子の父親はしみじみと呟いた。 「あなたに出会えて香穂子は幸せだと思います」 香穂子の母親は何度も噛み締めるように呟いた。 「…いいえ。私こそ、香穂子に出会えたのはとても幸運でした。本当に幸せだと思っています」 吉羅は魂の底からそう思っていた。 香穂子と出会えたのは奇蹟だ。 このような奇蹟に感謝するしかなかった。 吉羅は香穂子の両親に挨拶を終えた後、とても気分良く、自宅へと戻った。 こんなにも素晴らしい気分は他にはない。 自宅に帰ると、いつもよりも覇気がかなりない香穂子がいた。 吉羅が帰ってきた。 香穂子は落ち着くようにと深く深呼吸をしてから、玄関先へと出て行った。 すると吉羅はいつもよりもかなり機嫌が良さそうだった。 当然だ。 天羽と一緒にいたのだから。 香穂子はそう思いながら、なるべく笑顔で対応をしようと頑張った。 だが、それは上手くいかなかった。 「香穂子、話があるんだが、少し構わないかね」 「…はい…」 恐らくは別れ話を切り出されるのだろう。そうされてもしょうがないぐらいの状況なのだから、スッパリと吉羅を諦めるしかない。 だが、諦められない自分がいる。 「…話って…何ですか…?」 「君の病気のことだ」 「私の…」 香穂子は唇を噛むと、俯くことしか出来なかった。 「香穂子…、実は…、君の心臓の手術をしてくれりかもしれない医師が見つかったんだよ」 全く考えもしていなかったことを吉羅に言われて、香穂子は驚いてしまう。 手術なんてリスクも高い上に、してくれる外科医もいないことから、とうの昔に諦めていたことなのに。 「…手術をしてくれるって…成功確率が低いのに…?」 「そうだ。かなりの腕の外科医だ。君の病状が進んでギリギリのところで手術をしてくれると言っている。…私としては…、君には手術を受けて貰いたいと思っているよ。君とずっと一緒にいたいからね…」 吉羅は香穂子に真摯なまなざしを送ってくれている。 だが、死亡するリスクも高いのだ。 それに、手術に成功したとしても、亡霊のように吉羅のそばにいることなんて、香穂子には出来なかった。 吉羅は吉羅の愛する女性と、これからの人生を送るべきなのだから。 「…私は…手術は受けません」 香穂子はキッパリと言い切ると、迷いのないまなざしで吉羅を見た。 「どうしてそんなことを君は言う!? それこそ自殺行為ではないのかね!? 君は、手術を受けるべきだ。そうすればすこしは君がいなくなるリスクを回避することが出来るかもしれないんだ!」 吉羅の論旨は激しくなり、本当に心配して思ってくれているのが解った。 だが香穂子はかたくなに手術を受けたくはない。 「私は自分の判断でそうしたいんです!」 「私はずっと君のそばにいたいんだよ!」 いつもクールな吉羅には珍しく、論旨がいきり立った。 「吉羅さんは、菜美とこそこそ逢って、デートして、本当は私なんかいらないんじゃ!」 「何を言うんだ…!」 吉羅の表情が今までで一番冷たくて恐ろしくなる。 負けないように更に強く言い切ろうとした時だった。 「そんなことはある…」 心臓が今までで一番苦しくて痛くて堪らなくなる。 このまま鼓動が止まる。 「香穂子…!」 香穂子はそのまま崩れ落ちて、闇に向かった。 |