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吉羅に連れられてサロンの駐車場に行くと、既にリムジンが停まっていた。 「さあ乗りたまえ。教会まで行こうか」 「有り難うございます」 吉羅にエスコートされ、天羽に手伝って貰い、香穂子はリムジンに乗り込む。 なんて幸せなのだろうかと、思わずにはいられなかった。 本当にシンデレラそのものだと思う。 香穂子は吉羅に寄り添いながら、そっと笑みを浮かべた。 「何だか夢みたいです。ずっと夢見ていたんですけれどね…。夢を見ていたからこそ、こうして叶うことが嬉しいです」 香穂子の言葉に、吉羅もフッと微笑む。 ふたりはリムジンに乗り込んだ後も、しっかりと手を握り合う。 香穂子は感じる。 リミットが近付いていることを。 僅かな希望しかないのは解っているから、きっと神様が最高のプレゼントを下さったのだろうと、香穂子は思った。 「最高に嬉しいです。どうも有り難うございます」 「私も人生最良の日だと思っているよ」 ふたりはそっと寄り添いながら、幸せを噛み締めていた。 「…菜美、金澤先生、本当に有り難うございます」 香穂子が声を掛けると、二人とも何処か切ない笑みを浮かべていた。 きっと解っているのだ。 ふたりでこうしていられる時間が僅かだということを。 だからふたりとも泣きそうな顔をしているのだ。 香穂子は、こうしてプレゼントのようなこの奇蹟に感謝をしながら、生きていて一番幸せな気分を、しっかりと味わっていた。 リムジンは、山手カトリック教会へと入っていく。 そこで香穂子はまた驚かされる。 教会には、香穂子の両親を始めとする家族や、多くの友人たちが待ち構えていた。 吉羅側の家族や友人も来ていて、かなり賑やかなことになっていた。 誰もがフラワーシャワーでふたりを出迎えてくれる。 両親を見ると、涙を見せながら香穂子を見つめてくれていた。 こんなにも綺麗な光景は他にないのではないかと、香穂子は思う。 魂に刻み付けておきたいシーンだった。 香穂子が吉羅にエスコートされてリムジンを降りると、誰もが笑顔で「おめでとう」と言ってくれている。 幸せだ。 本当に幸せでしょうがない風景だと思った。 吉羅にエスコートされながら、先ずは教会の控室へと向かった。 少し座って休憩をするようにと言われたが、早く式をしたくてそわそわしてしまう。 控室にいると、程なく両親がやってきた。 父親も母親も涙でぐちゃぐちゃになっている。香穂子がこうして花嫁になることはないだろうと思っていたからだ。 当然だ。 余命の宣告を受けていたのだから。 「香穂子…、今日は本当に綺麗よ…」 「お母さん…」 母親が手を握り締めてくる。 香穂子は泣き出したくなるのを何とか堪えた。 「そうよ。花嫁さんは泣くものじゃないからね。香穂子、本当に綺麗よ」 「有り難う、お母さん」 香穂子が涙ながらに言うと、母親は更に涙を零した。 「香穂子…」 「お父さん…」 父親ともまた、手をしっかりと繋ぐ。 「今日の晴れ姿を見られて何よりだと思っているよ」 「…有り難うございます…」 香穂子は両親の手を強く握り返すと、深々と頭を下げた。 「こんな私を…、今まで育てて下さいまして、有り難うございました…!」 香穂子は魂の奥底から、両親に対して感謝を述べた。 こんなにも素晴らしい両親はいないのではないかと、香穂子はつくづく思った。 「私からも、こんなにも素晴らしい娘さんを産み、育てて下さいまして、本当に有り難うございました…!」 吉羅もまた深々と頭を下げて礼を言った。 「吉羅さん、香穂子をくれぐれもくれぐれも宜しくお願い致します」 両親は深々と頭を下げた。 その光景は、香穂子にとっては、何よりもの素晴らしいものにうつった。 香穂子の両親への挨拶を終えると、今度は吉羅の両親がやってきた。 「暁彦、香穂子さん…」 「お父さん、お母さん」 吉羅の母親は香穂子の手をしっかりと握り締める。 「香穂子さん初めまして。そして有り難うございます。これからも宜しくお願いしますね」 「こちらこそ、宜しくお願いします」 香穂子が今度はしっかりと挨拶をする。 これは結婚の予行演習なんかじゃない。 夢を叶える為の模擬的な結婚式でもないのだ。 この結婚式は本物だ。 香穂子はそれが嬉しくてしょうがない。 「さてと、両家のご両親がそろったところで、ここで正式に婚姻届にサインをして頂きます。準備をしていますのでこちらへ。立会人は私金澤と天羽です。そして、神父さんにも同席をして貰います」 今度は神父までやってきた。 「…それでは婚姻届に記入して下さい」 テーブルの上に婚姻届が置かれる。 そこには、殆ど記入されており、後は吉羅と香穂子の名前を入れるだけだ。 本当にこんなにも幸せなことなんて、他にないのではないだろうかと、香穂子は思った。 「香穂子、正式に一緒になろう。だから、この結婚は有効だよ」 「吉羅さん…! 有り難うございます!」 まさか、吉羅ときちんと結婚出来るなんて思ってもみなかった。 香穂子が涙ぐんでいると、吉羅は頬を撫で付けてくれる。 「…君ももう吉羅さんなのだから…、“吉羅さん”はおかしい」 「…徐々に慣れるようにしますね」 香穂子は笑顔を浮かべると、改めて婚姻届を見た。 まるでふたりの旅立ちを祝ってくれているような気がした。 保証人として、金澤と天羽のサインも書かれている。 吉羅が先ずはサインをし、香穂子がそれに続いた。 サインをする時、香穂子はかなり緊張したのと同時に、どうしようもないぐらいに幸せを感じていた。 本当に幸せだ。幸せでしょうがないと思う。 ふたりがサインする様子は天羽がカメラに収め、金澤がDVDに録画してくれている。 サインをし終えると、そこにいる温かな人々が拍手をしてくれた。 「じゃあこれは、俺と天羽が式とパーティの合間に役所に出してくるからな。お前さんたちは晴れて夫婦だ」 金澤は婚姻届を丁寧に受け取ると、にっこりと微笑んだ。 「有り難うございます」 香穂子はまた嬉しくて、涙ぐんでしまう。 すると吉羅がごく自然に寄り添ってくれ、香穂子は甘えるように躰を預けた。 「では、私たちは教会で待っているので」 天羽たちは笑顔で手を振りながら控室から出て来る。 教会の関係者がやってきて、吉羅は一足先にスタンバイをしに行く。 香穂子は両親と水入らずになった。 「…お父さん、お母さん、本当に有り難うございます」 「幸せになれ」 「はい。幸せになります」 香穂子は笑顔で言うと、両親にギュッと抱き付いた。 「そろそろ花嫁さんとご両親はスタンバイをして下さい」 「はい」 父親が腕を貸してくれる。 香穂子がその腕を取ると、父親はフッと微笑んだ。 「香穂子、良い伴侶を見つけたね」 「はい。お父さん、私、とっても見る目があるでしょう?」 「ああ」 香穂子は、父親に自慢をするかのように微笑むと、ゆっくりと教会の入口へと向かった。 いよいよ式が始まる。 先ずは父親と腕を組んで、愛する男性がいるところまで歩く。 今日の吉羅はなんて素敵なのだろうかと思った。 父親から吉羅へと引き継がれる。 香穂子は背筋を伸ばすと、祭壇の前に進む。 ステンドグラスから柔らかな光が降り注ぎ、なんて厳かなのだろうかと、思わずにはいられない。 様々な温かなまなざしに見守られて、香穂子は吉羅と永久の愛を誓った。 |